第44話 くんかくんか
「いや、悪かったって。だからいい加減、機嫌を直してよ」
「ふーんだ。レイナード様は私があんなに泣いて謝ったのに、全然やめてくれなかったじゃないですか。なんですか五百連射って。よく途中で飽きませんね! ほら、私の代わりにキリキリ働いてください!」
昨日、俺は気の迷いでマフレナに五百連射した。
回復魔法でなんでも回復できるからできる芸当だ。
実際、こうして冷静になってから思い返すと、我ながら凄まじいことをしたと思う。
しかし、やっている最中は夢中なのだ。やめようなんて微塵も思わなかった。
「マフレナの反応が可愛かったから仕方ないんだよ」
「はっ! そんなこと言って機嫌を取ろうとしたって駄目です! もう昼過ぎなのに下半身に全然力が入らないんですよ。これって虐待じゃないですか!? 私が明日になっても歩けなかったら車椅子買ってきてくださいね!」
マフレナは寝間着姿でソファーに寝転んでいる。
サボっているのではなく、どうやら本当に下半身の感覚がないらしい。
寝間着に着替えさせたのも、ここまで運んできたのも俺だ。
回復魔法でマフレナの下半身を復活させるのは簡単だけど、それで働かせたら、本当に虐待な気がする。
なので彼女が寝転がる大義名分をそのままにして、今日は俺が代わりに家事をやることにした。
「本気で私の機嫌を取りたいなら、メイド服に着替えてくださいよ!」
仕方ない。
マフレナが史上最高に怒っているので、その程度の願いは聞いてやらないと。
「ほら、これでいいかな」
メイド服に着替えてリビングに戻る。
すると、つり上がっていたマフレナの目と眉が、ふにゃふにゃと垂れ下がった。
「んああああ可愛いいいいぃぃぃっ! 抱きしめたい……抱きしめたいのに立ち上がれない……レイナード様、私の足と腰に回復魔法を!」
「いやぁ、マフレナはそのまま寝ててよ」
抱きつかれたら家事なんてできない。
「抱きしめたい抱きしめたい」と咽び泣くマフレナを放置し、俺はテキパキと床をモップで綺麗にし、窓ガラスを雑巾で拭く。
「ふう。かなり進んだな」
「うぅ……レイナード様……レイナード様ぁ」
マフレナはソファーから転げ落ち、そしてミミズみたいに床を這って俺の足下まで来た。
そこまでするか?
「ああ、可愛い足首……さわさわ……なんてきめ細かな肌触り……スカートをチラ……御御足! 御御足! この美脚、抱きつくしかない!」
マフレナは俺の足に鼻息をかけながら、ふんすと上半身を起こし、俺のスカートに頭を突っ込んで、太ももにしがみついてきた。
「やめてよ。割とガチめに気持ち悪いよ」
俺はマフレナを引き剥がして逃げる。
支えを失った彼女は、また地面に伸びた。
ところが。
「ぬおおお……寝転がってる場合じゃありません!」
マフレナは膝をガクガクさせながらも、自力で立ち上がった。
そしてゾンビみたいな動きで俺に近づいてくる。
「追いつきました。そして抱きしめました!」
「執念に負けたよ。もう好きにしていいよ」
「許しを得ました! これで合法! いい匂いです! くんかくんか! くんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんか! んほぉぉぉぉっ脳が痺れるぅぅぅぅぅっ!」
好きにしていいなんて言うんじゃなかった……ここまでくると若干怖い。
「なにはともあれ。歩けるようになったなら、家事の残りはマフレナがやってね」
「はあ……はあ……仕方ありません。くんかくんかした分は働きます。なので、もうちょっとこのままでいさせてください。すーはー……すーはー……」
「なんか危ない薬キメてるみたいだ」
「なに言ってるんですか。五百連射中のレイナード様とかもっとキマッてましたよ。私がこのくらいやり返しても、文句を言われる筋合いはありません」
なんてこった。自覚があるから反論できないぞ。
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