第43話 首輪のお手入れ
マフレナを買ったとき、その奴隷市から奴隷スターターキットと称したメイド服をもらった。
なかなか頑丈で、洗ってもシワがつかない。しかもフリルやリボンで装飾されていてデザインがいい。マフレナには好評だし、俺もいいと思っている。
そんな可愛らしいメイド服に身を包んでいるのに、マフレナの首には、無骨な首輪がつけられていた。アンバランスというしかない。
その首輪も奴隷市でつけられたものだが、メイド服と違ってサービスでもプレゼントでもない。
義務なのだ。
ここヴォルニカ王国は、奴隷の売買も所持も法的に認められている。しかし、だからといって、買った奴隷になにをしてもいいわけではない。
主人は奴隷に衣食住を提供しなければならないし、理不尽に殺傷するのも禁止されている。
首輪は、奴隷の証明である。首輪をしたメイドは、主人の命令には逆らえない。そういう魔法術式が刻まれている。
と同時に、首輪は、奴隷の生体反応を調べる装置だった。奴隷が死んだのに届け出がないと、役所が調査に動く。その結果、主人が殺したと分かれば、殺人罪になる。他人の奴隷を殺しても同じだ。
奴隷の自由を縛ると同時に、生存権を守る。それが首輪だ。
当然、簡単には外せないようになっているし、無理に破壊すれば、やはり役所が動く。
だというのに――。
「ふんふふふ~~ん♪」
俺の目の前でマフレナは首輪をいとも簡単に外した。ブラシとタオルで丁寧に汚れを落とし、オイルを塗って艶出しまでする。
「え、いや、なんで? なんで外してるの?」
「なぜって。この首輪は、私がレイナード様の奴隷であると示すものです。それが汚れていたら嫌じゃないですか。定期的な手入れをするのは当然です」
「そうじゃなくて。それって外せないようになってるんでしょ」
「ふふん。首輪にかけられた術式ごとき、とっくに解析完了しています」
「そうなんだ。じゃあ俺の命令には、もう強制力がないんだね」
「いえ。そこは残してますよ。レイナード様がどんなえっちな命令をしてきても従わなきゃ行けない……そんな自分の立場にドキドキしちゃうので!」
「そうか……にしても、奴隷の首輪を無効化したなんて聞いたことない。おまけに一部だけ残して術式をイジるなんて、かなり高度な技な気がするけど」
「ええ、なかなか大変でした。まるごと消去するほうがずっと楽ですね。けれど、やらねば気が済まなかったのです!」
「凄い執念だなぁ」
「もっと褒めてください。そして、えっちなご褒美ください!」
「しないよ。そもそも褒めてるんじゃなく、呆れてるんだ」
「え!? すると、えっちなお仕置きですね!」
「……分かった。三百連射に挑戦しよう」
「あ、ごめんなさい。調子に乗りました。私が悪かったです」
マフレナはソファーの上で正座し、ペコペコ土下座する。
三百連射と聞いてすぐ青ざめる程度の覚悟で、なんで俺のこと煽ったんだ?
「さて、と。手入れが終わったので、レイナード様、私に首輪をつけてください」
「自分でつけなよ」
「嫌です。レイナード様につけてもらいたいのです。ほら、私を支配してください、ご主人様♥」
マフレナは首輪を差し出してきた。
仕方ないなぁ、と俺は受け取り、彼女の首に腕を伸ばす。
とても白く細い首だった。
この綺麗な体に、大型犬を拘束するような首輪をはめる。
なんだか、もの凄く背徳的な気がしてきた。
思い返してみると、この首輪はマフレナを買った時点でつけられていた。だから『マフレナを奴隷にした』という気分がさほどなかった。
しかし、こうして俺自身の手で首輪をつけるとなると話が変わってくる。
マフレナがいつも『えっちなお仕置き』とか言ってくるから、俺にはその権限があるのだと意識してしまう。
「あれあれ? レイナード様、どうしたんですかぁ? 顔がちょっと赤いですよぉ? もしかしてぇ、えっちな妄想しちゃってますかぁ?」
「うるさいな。お望み通り、お仕置きしてやるよ。今夜は五百連射な」
俺はマフレナに首輪をつけてから、真面目な声で呟いた。
「うふふ、やっぱり意識しちゃいましたね。狙い通り……って、ごひゃ、ご、ごひゃくれ……五百連射!?」
「そういうことされたかったんでしょ?」
「え、ええっと……そうだ、小麦粉を切らしていたんでした。買いに行かないと! 私、今から方向音痴になるので三日くらい迷子になってるかもしれません!」
「主人レイナードの名において、奴隷マフレナ・クベルカに命ずる。五百連射が終わるまで俺のそばから離れるな」
「ひぇぇ……足が勝手に……」
「五百連射だと徹夜しても終わらないな。よし、今からやろう」
「心の準備がまだです!」
「日頃から俺を煽ってるくせに心の準備が必要なの?」
「必要です! だって五百連射ですよ、怖いじゃないですか! ま、まずお風呂に入りましょう!」
「駄目だ。まずここで百連射。次は風呂場で百連射。そこまでが準備運動。残りの三百連射は寝室でフィニッシュだ」
「準備運動だけで死ぬんですが!? え、ちょ、本当に駄目です……あ、あああああっ!」
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