第42話 公爵と空中散歩

「レイナードにマフレナよ。さっきからなにをしているのだ? その丸い奴と揉めているようだが」


 洞窟から赤いドラゴンが顔を出した。


「彼はウォリナー公爵。この湖を買って俺を追い出し、ヴェルミリオンを自分のものにしたいらしいんだ」


「我を自分のものに? わはは! 久しぶりにそこまで愚かな考えを聞いたぞ! 我は誰のものでもない。人と仲良くしているのは気に入ったからで、飼われた覚えはないぞ。丸々と肥えた公爵よ。我を舐めるなよ」


 ヴェルミリオンは公爵に顔を近づけ、鼻息を荒くする。

 その風圧で公爵の贅肉がたわむ。全身が贅肉だから全身がぶるんぶるんだ。ちょっと面白い。


「す、するとお前は、あのガキを気に入ったからここにいるのか……? 気まぐれではなく……?」


「当然だ。我を空飛ぶトカゲとでも思ったか? 不愉快な人間だ。踏み潰してくれようか」


「気持ちは分かるけど、送り届けると約束したんだ。痛めつけるのはいいけど、殺しちゃいけない。見せしめのためにもね」


「なるほどな。即死させては恐怖が伝わらんか」


 ヴェルミリオンは俺の意図を察して笑った。

 このレイバール湖が、人の住める土地になった。その事実はこれからもっと周知されていく。ならばこの公爵のような奴も増えるだろう。

 公爵に恐怖を与えて家に帰すのは牽制だ。

 ここでどんな目に合ったのか噂を広め、同じような考えに至る者を一人でも減らしてもらいたい。


「では空中散歩をしてから送り届けるとしようか。この者の家は分かっているのか? まあ、分からんのなら王都のどこかに捨て置けばいいか。では出発しよう」


 ヴェルミリオンは公爵の服に牙を引っかけて頭を上げる。

 空高く持ち上げられた公爵は絶叫した。

 が、これからその百倍以上の高度に行くのだ。今から肝を冷やしていたのでは、家に着く前に恐怖で死んでしまう。


 俺とマフレナはヴェルミリオンの背に乗り、赤い羽毛を掴んで体を支える。

 次の瞬間、巨大な翼が羽ばたいて、あっという間に雲の世界に辿り着いた。

 宙返りしたり、錐もみ回転したり、実に激しい空中散歩だ。

 とても楽しい。口に咥えられて振り回されている公爵も楽しいかは知らないけれど。


「ウォリナー公爵の家は確かあれです」


 と、マフレナが王都のとある場所を指さした。

 ヴェルミリオンはその庭に降りたって、公爵をぽいっと捨てる。


「ワシに……こんなことをして許されると思っちょるのか……ワシには王家の血が……」


 公爵め、まだ反抗する意思があるのか?

 いや、白目だ。気絶している。今のはうわごとだ。

 気絶してもこんな呟きをするなんて、よっぽど血筋が自慢なんだろう。ほかに自慢できることがないのかな?


「おい!」


 ヴェルミリオンが低い声で叫ぶ。

 公爵は「ひっ!」と跳ね起きた。


「二度とあの湖に近づくな。分かったか? 次はレイナードがどう言おうと殺すぞ」


「は、はい! 絶対に近づきませ……う、げぇぇげぼぉぉっ!」


 公爵は言葉の途中で吐いた。あれだけ振り回されたのだ。当然だろう。


「信じよう。ではさらばだ」


 俺たちは湖畔に戻ってきた。

 俺より一足先にマフレナが優雅な仕草で草むらに降り立つ。そして――。


「うっ、げろろろろろろ!」


 吐いた。

 マフレナ、お前もか。


 後日。

 アリアから聞いたのだが、公爵は俺とマフレナを処刑するよう国王に進言したらしい。

 もちろん国王は取り合わなかった。

 ありがたい話だ。

 これで「大貴族の言うことだから」と国王が俺とマフレナを排除するようなら、こっちから国を見捨てる。しかし、そうはならなかった。

 この国とは、これからも仲良くやっていけそうだ。

 ウォリナー公爵の心は、いずれ改めてへし折る必要がありそうだけど。

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