第41話 失礼な公爵

「ドラゴンレイク伯爵とかいうのは貴様か?」


「はい。国王陛下よりその名と爵位を下賜されたのは確かに俺です。レイナード・ドラゴンレイクと申します。あなたはウォリナー公爵とお見受けしますが?」


「ほう。ワシを知っているか。一応、無能ではないらしい。いかにも、ワシはウォリナー公爵家の当主、モーリスだ。ウォリナー公爵家は、かつて王家と婚姻を結んだことさえある大貴族だぞ。跪け」


「いいえ、ウォリナー公爵殿。あなたは俺の上司でも君主でもありません。爵位が上だからといって、俺が跪く理由がありません」


「なんだと? 礼儀を知らぬガキめ。これだから新興の貴族は嫌いなのだ。まあ、いい。本題に入るぞ。この湖と屋敷と、それから……」


 ウォリナー公爵はマフレナに視線を向け、下品に舌なめずりする。


「湖と屋敷とその奴隷をまとめてワシが買ってやろう」


「お断り申し上げます」


「は?」


 ウォリナー公爵は断られたのが心底から意外という声を出す。

 いきなり家とマフレナを売れと言われた俺のほうこそ「は」と言いたいのだが。


「なぜだ。ワシは王家の血さえ流れている公爵だぞ」


「理由はいくつかあります。まず俺はこの場所を気に入っています。金に困っていないので、いくら積まれても売るつもりはありません。彼女に関しては尚更です。なにがあろうと売りません」


 俺は言葉を句切り、公爵がまるで納得するつもりがないのを確かめてから、再び口を開いた。


「そして俺は国王陛下より、真竜ヴェルミリオンを託されています。だからこそドラゴンレイク伯なのです。なのに真竜が住まうこの土地を他人に売ってしまったら、陛下に対する裏切りになります。ヴェルミリオンに対しても同様です。彼は俺を慕ってここに来ました。ゆえに俺はここを離れるわけにいかないのです」


 俺は湖の対岸を見つめる。

 そこには俺の魔法で作った洞窟があり、その中でヴェルミリオンが丸くなっている。

 共に邪竜と戦った戦友だ。これから更に友好を深めたい。袂を分かつなど思いも寄らぬことだ。


「ふん。どういう方法で男爵家の息子がいきなり伯爵になったのかと思っていたが、やはり詐欺師の才能があるようだな。湖の魔物がいなくなったのを目ざとく知って、土地を安く買ったのだろう。そこにたまたま真竜が来たのを、さも自分の実力のように語り、陛下に取り入ったのだろう。ワシの目は誤魔化せんぞ」


「湖の魔物を倒したのは俺です。ヴェルミリオンが来たのはたまたまではありません。邪竜との戦いの顛末、ご存じないのですか?」


「お前のような子供が邪竜討伐に貢献したなど、信じるのはただの阿呆だ。貴様の嘘が世間にバレる前に、真竜ごとワシに譲ったほうが身のためだぞ。王族の血縁たるウォリナー公爵家ならば、真竜ヴェルミリオンとも格が釣り合うだろう。貴様や、ホシノ家とかいう獣人どもより余程な」


 なるほど。

 つまりこの公爵の狙いは、湖ではなく真竜なのか。

 そして彼がどういう人格の持ち主なのかも分かった。


「公爵。あなたは取引どころか会話するにも値しない御仁のようです。あなたに朝のひとときを邪魔されて平然とできるほど、俺とマフレナは忍耐強くないのです。さあ、お引き取りください」


「マフレナ、か。奴隷にマフレナ・クベルカを名乗らせるとは稚拙な詐欺だ。それを信じる陛下もどうかしている。やはり我がウォリナー公爵家が手綱を握らねば、この国は迷走してしまう。最近は王都の治安も怪しいようだし……小僧、その奴隷を一人で歩かせぬほうがいいぞ。それほどの美人なら、よからぬ男にいつ狙われるか分かったものではないからな。そして大人の男に抱かれたら、二度と貴様のような子供では満足できぬ体になってしまうだろうなぁ。おお、そうだ。貴様の前でその奴隷をよがらせるというのは、なかなかいいアイデアだ!」


 公爵は本当に自分の考えに感動しているらしく、力強く語った。

 しかし当然、俺たちは怯えない。それどころか冷ややかな視線を送る。

 特にマフレナは、氷の刃のような殺気を煮えたぎらせている。その殺意が実行されていないのは、公爵が客人だからだ。

 愚鈍そうな公爵も、さすがにマフレナの殺気には気づいたらしい。


「な、なんだ、貴様ら、その目つきは! 今日のところは大人しく帰ってやろうかと思ったが、やはり身の程を教えておく必要がありそうだな! 痛い目を見れば、この土地を手放す気にもなるだろう!」


 公爵は叫び、そして電撃魔法を放ってきた。

 こちらを動けなくして、なぶるのが目的なのだろう。殺傷力は低い。ならば無論、俺とマフレナからすれば避けるまでもない。


「ぬぅ……結界で防いだか……少しはやるようだな。ならばこれはどうだ! 手足が千切れれば己の愚かさが分かるだろう。大声で命乞いするがいい!」


「マフレナ。もう、そいつを客扱いしなくていいよ」


 俺そう呟いた瞬間、マフレナは無言で飛び出した。

 魔力で強化された肉体が、ネコ科の猛獣の如くしなやかに動き、掌底撃ちが公爵の腹に突き刺さる。

 公爵の体はゴムボールのように跳ね飛び、馬車の荷台に突っ込み、反対側から飛び出して湖に落ちる。


「えっ!?」


 驚いた声を上げたのは馬車の御者だ。


「公爵は俺が責任を持って送り届けます。あなたは一足先にお帰りください」


「いや、しかし」


「お帰りください」


 俺は言葉と指で促す。

 公爵への忠誠と、俺たちへの恐怖。天秤は簡単に傾き、御者は怯える馬をなだめながら馬車を走らせた。


 その頃、マフレナは公爵の髪を掴んで湖から引き上げ、草むらに放り投げていた。


「あなたは私とレイナード様を侮辱しました。あまつさえ、私をレイナード様の前でよがらせる? 汚らわしい。想像さえしたくありません。よくも私の前でそのような妄想を口にしましたね。万死に値するとはこのことです」


「マフレナ。即死さえ避けてくれたら、俺が何度でも回復させるから好きに痛めつけていいよ。だけど一万回はよしてくれ。時間の無駄だ」


「貴様らァ! ワシにこんなことをして許されると思っているのか!? ワシは王家の血も引くウォリナー公爵だぞぉぉ!」


「公爵。あなたは歴史ある大貴族で、かつては栄華を極めたのでしょう。しかし全ては過去。今のあなたは国家にとって重要な地位にいない。だから俺たちを噂でしか知らないんだ。要職に就いていれば、噂ではなく事実として知っているはずだ。真竜を手に入れれば、かつての栄光を取り戻せるとでも考えましたか?」


「ワシを見下すなぁぁっ!」


 公爵は爆発系の攻撃魔法を放ってきた。さっきのような手加減を感じない。本気で殺しにきている。

 意外なことに、結構な威力だった。

 魔法は貴族の嗜みとされているらしいけど、大貴族としての誇りが、真面目に訓練させたのだろうか。


「ははは……馬鹿どもめ! ワシに言うことを聞いていれば金を得られたというのに!」


「あなたこそ。軍の魔法兵団に入るとか、魔法庁で研究者をやるとかすれば、こんな真似をせずとも自分を肯定できたんじゃないかな? いや、血筋とか家柄にこだわる人は、汗水垂らして働くなんて絶対にしないか。それにしても惜しい才能だなぁ。俺たちだから無傷なんだ。アンディあたりだと死んでいたかもしれない」


「無傷だと……馬鹿な! どれほど強力な防御結界を張ったのだ……まさかそのメイドは本当にマフレナ・クベルカなのか……?」


「そうですが」


 マフレナは風魔法で公爵を転がす。たまに電撃を撃って痙攣させる。

 そうやって湖の対岸まで運んでいく。

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