第40話 朝のひととき
俺とマフレナが住むこの屋敷は、もともと金持ち向けの別荘として売り出されたものだ。
しかし目の前にある湖に魔物がいて、不動産屋が雇った冒険者たちは討伐に失敗。
普通、魔物を隣人にはしたくない。
湖畔を別荘地として開発する計画は頓挫した。
そうして放置されていたレイバール湖を、俺が安く買った。
毎朝、寝室のカーテンを開けると、美しい湖と森が広がっている。
最高の景色だ。
魔物さえいなければ、きっと不動産屋の計画通りに、別荘が何軒も立ち並んだのだろう。
そうならなくて本当によかった。
「ほら、マフレナ。起きて。君はメイドなんだから、俺より先に目を覚まして朝食を用意しとくもんだろう?」
俺はベッドに視線を戻し、寝転がっているエルフに声をかけた。
「うぅ……少し待ってください……下半身に力が入らなくて……」
エルフはシーツにくるまりながら弱々しく答える。
「昨日はちゃんと手加減したつもりだけど」
「はい。レイナード様は夜のベッドで手加減できるようになって偉いと思います。ですが私はレイナード様が大好きなので、少し触れられただけでビクンビクンと感じて、体から力が抜けてしまうのです。なので致した次の日に動けなくなるのは当然なのです。決して仕事をサボろうとしているのではありません」
「本当に? それを口実にすれば、午前中は寝ていても許されるとか思ってない? 俺の目を見て言って、マフレナ」
「お、思ってません……よ」
マフレナは目をそらした。
「回復!」
俺の回復魔法は効果てきめんだ。
大怪我だろうと疲労困憊だろうと瞬く間に治してしまう。
「ほら。これで口実がなくなったね」
「いじわるです……」
起き上がったマフレナは頬を膨らませて俺を見つめ、それからシーツを頭から被ったまま自分の部屋に歩いて行った。
そして数分後。
「いかがですか、レイナード様。今日の私も見事なメイドっぷりでしょう」
ロングスカートのメイド服に着替えたマフレナが帰ってきた。
その着こなしには隙がなく、銀色の長い髪は美しく整えられている。
どこから見ても非の打ち所のない清楚な美人だ。
実態がスケベエルフだなんて、誰も想像しないだろう。
「着替えるとき、この首輪が少々邪魔なのですが、首輪を意識するたび『ああ、私は身も心もレイナード様の所有物なのだ』と再認識できるので興奮しちゃいます。レイナード様の奴隷ってシチュエーション、いまだに胸がドキドキしますよ。本当、最高……はぁはぁ」
彼女、マフレナ・クベルカは、三百年以上昔に活躍した剣聖の相棒として結構な知名度がある。
そして俺、レイナードは、剣聖の記憶を受け継いだ、いわゆる生まれ変わりである。
俺がマフレナと再会したのは、とある奴隷市だった。
彼女は邪竜との戦いで瀕死の重傷を負い、奴隷として売られていたのだ。
それを俺が買い、回復魔法でもとの姿に戻した。
マフレナが首輪をつけているのは、そういう理由だ。
奴隷として彼女を買ったからといって、そういう扱いをするつもりは俺にはない。
ところが当のマフレナが奴隷として扱われたがっている。
三百年前はまさかこんな変態エルフだとは思っていなかったので最初は面食らった。今は慣れたけど。
「今日は天気がいい。外のテラスで食べたいな」
「いいアイデアです。準備するので少々お待ちください」
俺とマフレナは同じテーブルにつき、そよ風に揺れる湖を眺めながら、サンドイッチとコーヒーで朝の栄養を取り、穏やかな時間を過ごした。
だが、その穏やかさを邪魔する無粋者が現れた。
二頭立ての立派な馬車が、俺たちの家の前にやってきたのだ。
「あの紋章は……確かウォリナー公爵家のものです」
さすがマフレナ。
俺に『有力貴族の紋章くらい覚えてください』と前世から説教しているだけあって勉強熱心だ。俺なんかウォリナー公爵なんて聞いたことさえない。
そして馬車から降りてきたのは、丸々と太った男だった。年齢は三十代か四十代、あるいは五十代。なにせプクッと顔がむくんでいるせいでシワが伸ばされ、年齢不詳の面白い容姿になっている。そのくせ服装だけは立派。
貴族を間抜けに描けと指示してこれが出てきたら、その画家に勲章を授けたい。そんな駄目貴族のお手本のような男が、のそのそと俺たちに近づいてきた。
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