第39話 祭りのあと
祭りが終わってから数日後。
俺は自宅の玄関に飾ってある置物に回復魔法をかけた。
その置物は握り拳サイズの氷漬けになったスライムである。
かつて湖の魔物と恐れられた存在だが、いまやインテリア扱いだ。それどころか、この前マフレナが漬物石にしていた。
「よし。これでまた一週間は凍ったままだ。マフレナ、そろそろ出発しよう」
俺はマフレナを連れて実家に行く。
ブライアンは大魔法師マフレナ・クベルカを家に招けたことに、いたく感激していた。
アンディもマフレナのファンだったはずだけど姿が見えない。俺はあいつの様子を見に来たのに。
「兄様……」
「アンディ、いたのか。別にお前に会いに来たんじゃないけど……って、どうしたんだ、その恰好……」
アンディはメイド服を着ていた。髪をロングにして、まるっきり女の子だ。
いや、俺も屋敷を抜け出すための変装としてメイド服を何度も着たので他人を笑えない。しかし弟がこうなった理由を想像できなくて戸惑ってしまう。
「僕は兄様にだけじゃなく、メイドたちにもずっと酷いことを言っていた……だからメイドの仕事をして、その大変さを知ろうと思って……」
そうはならんやろ。
「ふふふ。私が提案したんですよ。口だけの謝罪なら誰にでもできますからね。私たちと同じ恰好をし、同じ仕事をする。それでこそ真の謝罪であると!」
メイドのエリスが現れ、なにやら演説を始めた。
「ああ、それにしても、今までアンディ様になにを言われても顔がいいから許していたところがありますが……やはり美少年の女装はいいものです! ポケットマネーで髪を伸ばすポーションを買った甲斐があるというものです!」
そう言えば俺に最初にメイド服を着せたのもエリスだったな。とんでもねぇ性癖のメイドだ。
俺が呆れていたら、ほかのメイドもドタドタとやって来て、アンディの髪を結ったりアクセサリーを取っ替えたりして、もっと可愛くしようと手を尽くす。
「この屋敷のメイドさんたち……やりますね……」
と、マフレナは戦慄したように呟く。
もしかしてメイドって全員こうなのか?
「アンディ。お前、ちょっとは抵抗しろよ」
「いや、抵抗したらメイドたちへの謝罪にならないし……それに僕は兄様みたいに強くなりたい。兄様に少しでも近づくため、兄様がしたことを真似るんだ!」
俺の弟は、カミラの呪縛から解き放たれた反動で、別方向のアホになってしまったのだろうか。
しかし祭りのとき「自由にしろ」と言ったのは俺だ。強く否定できない。
「父上はこれでいいの? たった一人の跡取りがこんなことしてて」
「私はカミラのように子供を束縛したくない。これがアンディの選択ならば……」
うん。カミラを反面教師にするのは結構だけど、だからって、なにもかも好き勝手にさせるのも違うんじゃないか?
「それに実は娘も欲しいと思っていたのだ」
そんな思い詰めた顔で言わないでくれ。
当主がいいなら、もういいよ。
「アンディ様。さすがはレイナード様の弟ですね。とっても可愛いですよ!」
「大魔法師マフレナ・クベルカに認められた! ありがとう、マフレナさん! 僕、頑張ってもっと可愛くなる……そうしたら立派な魔法師になれるよね!?」
「はい、なれます!」
マフレナがそう言うと、アンディは夏のヒマワリみたいな笑顔を浮かべた。
なんだこいつ。カミラがいないとこんな朗らかに笑うのか。これが素の表情なのか。
不覚にも可愛いと思ってしまった。くそ。アンディのくせに。
「あのエリスさんというメイド。かなりデキる人ですね。あの憎たらしかったアンディ様をあそこまで仕上げるとは……レイナード様も負けてられませんよ。もっと可愛いメイドになりましょう!」
湖畔の屋敷に帰ってからマフレナは、張り切った声を上げる。
「ならないよ」
「えー、もったいない。レイナード様とアンディ様が切磋琢磨すれば、男子メイド界のチャンピオンを狙えるのに」
「なんだよその界隈は。あんまり俺の弟に変なこと吹き込むなよ。あいつマフレナに憧れてるから、全部真に受けちゃうんだ」
「うふふ。レイナード様はアンディ様をちゃんと弟として認識してるんですね」
「そりゃ……血の繋がった弟なのは事実だからね」
「私のように血縁のない者と家族になるのもいいですが、血を分けた家族が近くにいるのは、また別の安心感があるでしょう?」
「別に、そんなこと」
ない、と言いかけたけど、言えなかった。
父上と弟がいる実家が、いつでも行ける距離にある。
悪い気分じゃないのは確かだ。
前世では家族を捨てたまま顧みることはなかった。それでいいと思っていた。
今世はちょっとだけ血縁を大切にしてみるか。
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