第38話 邪竜との戦いに決着を
「この気配は……邪竜だ!」
俺が叫ぶとホタルが真っ先に動いてヴェルミリオンに飛び乗った。
「レイナードも乗れ!」
と、ヴェルミリオン直々に指名されたので、俺も赤い羽毛にしがみついた。
「靴を脱ぎな、レイナード。足の指で羽毛を挟むのが体を固定するコツだぜ」
「なるほど、さすが真竜の巫女だ」
次の瞬間、二枚の翼が叩きつけるように羽ばたく。あっという間に地上の人間が豆粒になるまで上昇した。
雲の中から黒い光線が俺たちに迫ってきた。ホタルが防御結界で弾く。続いてヴァルミリオンが炎のブレスを吐いて雲を吹き飛ばす。すると邪竜の黒い姿が無傷で現れた。
前脚が二本とも生え替わっている。こんなに早く再生するなんて完全に予想外だった。マフレナと魔法庁で防衛計画を練っていたのに、それが間に合わないとは邪竜恐るべし。
「はっ!」
俺は双剣を振り下ろして、真空波を飛ばした。だが、さすがに空飛ぶ相手には当てづらい。
「レイナード。今の攻撃をもう一度やれ」
ヴェルミリオンの指示。千年以上もこの国を守ってきた真竜だ。根拠があると信じ、俺はなにも問わずに従う。
邪竜は当然のように避ける。が、避けた先にヴェルミリオンが放った火球が激突。それで生じた爆発で、邪竜の片翼が根元から千切れそうになる。
凄い。空中での先読みは、ちょっと及ぶ気がしないな。
俺は感心しながらも真空波を放って、ヴェルミリオンが抉った傷口を広げる。結果、邪竜の片翼は完全に切断された。
いかに強大な力を持つドラゴンであろうと、翼が片方では落ちるしかないだろう。
と、思いきや。
「一瞬で再生したぜ!?」
ホタルが驚くのも無理もない。彼女が声を出さなければ、俺が代わりに叫んでいた。
まるで俺の回復魔法みたいな再生っぷりだけど、おそらく別種の力だろう。魔力を感じない。肉体がもともと持っている治癒能力を限界以上に高めたかのようだ。
前世で、投薬によって再生能力を持たせた兵士と戦ったことがある。邪竜の奴、薬の成分が入ってるものでも食べたのか?
「いくら再生能力があっても、首を切り落とせば死ぬだろう。多分」
「うむ! 次は斬首狙いでいくぞ!」
方針が決まった。が、こちらが仕掛けるより早く、邪竜が黒いブレスを放った。さっきよりも強い。ホタルの防御結界に亀裂が走る。
「や、ヤバい!」
ホタルが悲鳴を出す。そして貫通。黒いブレスが迫ってくる。俺は剣に魔力をまとわせ振り下ろし、ブレスを斬り裂いてことなきを得た。
「ふぅ。間一髪だった」
「レイナード……お前、マジに凄いんだな!」
邪竜にとって渾身の攻撃だったのだろう。放ったあとに動きが鈍っている。そこに光の輪が襲い掛かり、四肢と翼を縛り上げた。
マフレナが地上から拘束魔法で支援してくれたのだ。
前よりも技が洗練されていて、使った魔力が少ないのに拘束力が強い。マフレナ自身の魔力だって成長している。
さすが酔っ払っても大魔法師!
が、やはり邪竜も侮れない。
翼を拘束されて落下しながらも、首を真下に向けてブレスを吐いた。
狙いは俺たちがさっきまでいた広場だ。大勢の人がいる。国王だっている。マフレナが防御してくれるはず。だが拘束魔法を使いながらでは彼女とて難しいか。この位置からでは俺が助けに行っても間に合わない――。
「やっ!」
空まで聞こえるアリアの気迫の声。
俺があげた剣で邪竜のブレスを一刀両断。ああ、凄い。やっぱりアリアは天才だ。
「ヴェルミリオン! 背中を蹴るぞ! 備えろ!」
「承知!」
人間だったら挽肉になるほどの勢いで俺は蹴飛ばした。足の裏に伝わってきたのは大地のような頼もしさ。俺は加速して邪竜に接近。距離はゼロ。
まずは右手の剣を首に叩きつける。硬い。弾かれた。だが血が噴き出した。傷は深い。再生する暇を与えない。俺は体を回転させて左手の剣を同じ場所に振り下ろす。手応えあり。両断せしめた。
邪竜の胴体と、首と、俺。同時に広場に落下。
見守っていた人々は無言だ。勝利を称える歓声はない。状況に追いついていないのだろう。
それに実際、首を斬っても死なない奴は稀にいる。まだ勝利を確信するわけにはいかないのだ。
「レイナード……」
ほら見ろ。邪竜が言葉を発したぞ。
しかし、なぜ俺の名前を知っている。それにこの声は……カミラ、か?
「ああ、レイナード。私よ。あなたの母よ。血は繋がっていなくても私はあなたを愛していたわ。私はこの邪竜に食べられて、取り込まれてしまったの。でも、まだ意識はある……まさか母親を斬ったりしないでしょう? 助けて! 今まで色々あったけど、全てレイナードを愛していたから厳しくしてしまったのよ!」
俺は邪竜の片目に剣を突き刺して抉り取った。
邪竜はカミラの声で絶叫する。
「どういういきさつか知らないけど、確かにカミラの魂を取り込んだみたいな。本当にカミラの意識が喋っているのか、邪竜が記憶を読み取って適当なことを言ってるのか知らないけど……どっちみち関係ない。助ける方法はないんだ。助けるつもりもない。王都を守るためだ。死んでもらう」
「そんな! お願い! 今までのことは全て謝るから!」
邪竜が懇願した、そのとき。
「お母様はそんなこと言わないぞ!」
アンディが現れ、叫んだ。
「お母様は兄様を『妾の子』と呼んでいた。人前だろうと、国王陛下の前だろうと。たとえ自分の命がかかっていても、レイナードなんて呼びかけるものか! お前はお母様じゃない……お母様はお前が殺したんだ!」
「違うのよ、アンディ。私はまだ生きてるの!」
「黙れぇぇっ!」
アンディは火球を放った。何度も何度も。
それは邪竜の口に飲み込まれていき、喉の奥を焼いていく。
俺が目玉を抉ったところから炎が噴き出す。
強靱な生命力を持つ邪竜も、首だけになり、更に口内に火を放たれれば、死からは逃れられないようだ。
頭部は炎に包まれ、もう言葉を発しない。胴体も動かず、新しい首が生えてくる様子もない。邪竜の全てが沈黙した。
マフレナを半殺しにし、ヴェルミリオンに致命傷を負わせ、祭りを襲撃した、この恐るべき黒い竜が、ついに死んだのだ。
今度こそ広場で歓声があがる。
降りてきたヴェルミリオンやホタル、アリアやマフレナ、俺とアンディを取り囲んで、人々は熱狂的に騒いだ。
功績を立てて賞賛される。それはアンディがいつも望んでいたことのはずなのに、虚しい顔をして、人々の輪から抜け出した。
俺は追いかけ、その背に声をかける。
「泣いてるのか?」
「……当たり前だろ。あんな人でも、僕にとっては母親だったんだ。邪竜はお母様を殺した……だから仇討ちをした。お母様はとっくに殺されていたんだ」
アンディは自分に言い聞かせるように言葉を絞り出す。
邪竜の最後の声。あれがカミラを模したものなのか、カミラ自身のものなのか、今となっては確かめるすべはない。確かめる意味もない。
アンディは母親の仇をとった。それでいいのだろう。
「まあ、なんだ。お前は偉いよ。母親の名誉を守ったんだから」
「同情はやめてくれ。兄様からしたら宿敵を倒したようなものだろ。僕は勝手に泣いて、勝手に立ち直る。放っておいてくれ」
「そうか……確かにそうだ。俺は自由にする。お前も自由にしろ」
俺はカミラを家族と思ったことは一度もない。
さっきのが本物のカミラだったら、その無様な死に様を見られて嬉しい。そういう立ち位置の人間だ。そんな俺の同情なんて軽すぎて、むしろムカつくだろう。
俺は泣いているアンディを放置して、マフレナたちのところに戻った。
男兄弟の距離感なんて、このくらいで丁度いいはずだ。
俺は祭りを楽しむぞ。
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