第37話 ヴェルミリオン祭

 今日はヴェルミリオン祭の当日だ。

 これは初代国王が真竜ヴェルミリオンからこの土地に建国する許可を得た日である。つまり真竜ヴェルミリオンを讃えると共に、建国記念日も兼ねた重要な祭りなのだ。


 一週間以上も準備をしてきた王都の民たちは、街のいたるところで飲めや踊れやの大騒ぎを繰り広げている。

 まるで明日世界が終わってしまうので今日楽しまねば損とでも言いたげだ。しかし明日以降も世界は続くので、二日酔いに苦しみながら散らかった王都を掃除するという苦行が待っている。

 その事実から目をそらしたいから、より一層騒ぐという悪循環に陥っていた。今日が楽しければいいのだろう。祭りとは、きっとそういうものだ。


「ヴェルミリオン! 今年の酒は特に出来がいいって里のみんなが言ってたぜ!」


 巫女のホタルが広場まで巨大なリアカーを引っ張ってきた。

 小柄な少女なのに、まるで苦にした様子がない。猫耳族は見た目以上に力持ちと聞いたことがあるけど本当のようだ。


 ホタルはリアカーから酒樽を降ろし、これまた巨大な皿に中身を注いでいった。

 甘い花のような香りが広がる。

 酒を飲まない俺でさえうっとりしてしまう。酒好きの大人たちが目を輝かせるのは当然だろう。

 しかしこの広場で最も興奮しているのは人類ではない。赤いモフモフの羽毛に覆われたドラゴンだ。


「おお……普段の酒もいいが、やはり祭りのときだけ出してくれる吟醸酒が格別なのだ! う、美味ぁぁいっ!」


 ヴェルミリオンは皿に注がれた酒を舌でチロチロで舐め、それはそれは嬉しそうな声を出す。ドラゴンの表情は分かりにくいけど、それでも笑っているように見えた。


「気に入ってくれてよかったぜ。沢山持ってきたから、みんなも飲んでくれ!」


 ホタルは酒樽を次々と降ろす。

 みんなはマイコップで酒を飲みながら楽しそうに談笑する。マフレナもその一人だ。どっかのオジサンと「うぇーい」と盛り上がっている……って、あれ国王じゃん。無礼講にもほどがある。

 そんな王都の様子をヴェルミリオンは満足げに見つめる。


「祭りのとき、ヴェルミリオンが王都に来るのは知ってたけど、こんなに盛り上がってたんだね」


「なんだ、レイナードくんはこの輪に加わるのは初めてか。まあ、酒盛りだから子供は別のところに行くか。私とて今年でようやく三回目だし」


 アリアは俺の隣でちびちびと酒を飲みながら語る。頬が赤らんでいて色っぽい。

 飲酒可能な年齢を法で定めている国もあるが、ヴォルニカ王国は特に決めていない。

 それでも、あまり小さい子供が飲むのは不道徳とされていて、おおむね十五歳くらいからなら白い目で見られなくなる。

 なので俺が酒を飲むのは、まだちょっと早い。

 この雰囲気と香りだけを楽しむとしよう。


「アリア姉! それと、レイナード。相変わらず仲がいいな」


 ホタルも酒を片手に話しかけてきた。


「ホタル。随分と飲みっぷりがサマになっているな。お前、実は何年も前から飲んでるんじゃないだろうな?」


「そ、そんなことはないぜ……!」


 アリアに指摘されたホタルは、目をそらして呟く。そして猫耳が申し訳なさそうにしおれた。顔だけでなく耳まで感情に合わせて動くとは、嘘をつくのが大変そうな種族である。


「アリアとホタルって仲がいいんだね。ヴォルニカ家とホシノ家は、それぞれ政治と竜守たつもりという重要な役目を持ってるから、通じ合うとこがあるのかな?」


「そうだな。建国以来、ずっとこの国を担ってきた二つの家だ。同格とされているゆえ、私が王女でも気負わずに話しかけてくれる。ホタルは歳も近いし、なにやら気も合う。とはいえ、私は王族としての役目をほとんど果たさず、ホタルは巫女になってヴェルミリオン様のお相手をしている。家が同格でも、向き合い方は逆だな。私はホタルを尊敬しているよ」


「オレはオレで、自由なアリア姉を凄いと思ってるぜ。けれど巫女になったのは押しつけられたからじゃない。ホシノ家の歴史を誇りに思ってるし、ヴェルミリオンが好きだ。だから巫女になったんだ」


 二人とも、色々なことを考えてるんだな。若いのに偉い。


「おーい、お前たち。せっかくの祭りなのに、真面目な話などするな。マフレナを見習って酔い潰れろ。わははは」


 ヴェルミリオンが話に加わってきた。

 視線を向けると、なんと真竜にメイド服のエルフがよじ登り、頭の上でぐーすか寝ているではないか。そして寝返りを打って転げ落ち、地面にびたーん。それでも目を覚まさない。

 マフレナってこんなに酒癖悪かったんだな……。


「なんか、ごめん、ホタル。あれは俺のメイドだ」


「いや、まあ、祭りだし……ヴェルミリオンが嫌がってないからいいよ。里のばあちゃんたちに見つかったらメッチャ怒られるけどな」


 ホタルは苦笑いを浮かべながら許してくれた。

 なんとも穏やかな時間だ。

 これがずっと続いて欲しいというのは贅沢だけど、せめて祭りが終わるまでは平穏であってくれ。

 俺のそんなささやかな願いを引き裂くように、上空から唸り声が聞こえた。

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