第34話 実家に独立を宣言する
俺は湖畔に家を買い、マフレナという家族も得た。
それでも毎日ではないが、ちゃんと実家に帰っている。ウォンバードという姓にまだ利用価値があると思ったからだ。あと、いきなり行方不明になってメイドたちに心配をかけたくないというのもあった。
しかしドラゴンレイク伯爵という身分を国王陛下から下賜された。
そして今、俺の父ブライアンが、魔物討伐の任務を終えて久しぶりに帰ってきている。
独立を宣言するには、いい頃合いだ。
「父上、母上。お話があります」
二人がリビングで談笑していたので、俺は声をかけた。
するとカミラがいきなりティーカップを投げつけてきた。破片と紅茶が床に散らかる。
「夫が武勲を立てた話を聞いていい気分になっていたのに、妾の子に話しかけられたら台無しよ!」
「ご安心を。あなたが俺の顔を見る機会は、これから激減するでしょう。俺はこの家を出ていくことにしました」
「へえ……本当は虐め殺してあげたかったけど、出ていくってなら、それでもいいわ。あなた、止めちゃ駄目よ。自分の子だから面倒を見るなんて理屈、私が許さないわ。だって本人が出ていくって言ってるんだもの。追放したことにならないから、世間から後ろ指をさされなくて済むし」
「止めんよ。そしてカミラ。レイナードに失礼な口を利くな。ウォンバード男爵家の存続に関わるぞ」
「はあ? 言ってる意味が分からないわ」
「任務終了を陛下に報告した際に告げられた。レイナードにドラゴンレイクという姓と、伯爵の位を授けたと。つまり今のレイナードはドラゴンレイク伯であらせられる。男爵の妻などとは格が違うぞ」
ブライアンに対する国王の評価がそれなりに高いのは知っていたけど、直接話をするほどだったのか。
実際、俺が知っているブライアンの明確な欠点といえば『妻がカミラ』くらいだし、かなり有能なのだろう。
「……は?」
ブライアンの言葉を聞いて、カミラは固まってしまう。
「いや、なんで? なんで!? なんで妾の子が伯爵なのよ!」
「レイナードは、ヴェルミリオン様が邪竜との戦いで負った怪我を治した。瀕死の重傷で、レイナードがその場にいなければヴェルミリオン様は死んでいた。この国を救ったと言っても過言ではない。そしてヴェルミリオン様はレイナードをいたく気に入り、レイナードの土地に住むことにしたという。伯爵になるのも当然の功績だ」
「待ってよ。レイナードの土地ってなによ」
「レイナードが所有している土地という、そのままの意味だ」
「だから! なんで妾の子が土地なんか持ってるのって聞いてるの!」
「働いて金を稼いで買ったんだ。俺の能力なら簡単だよ。レイバール湖を丸ごと買ったんだ。とても綺麗な場所だけど、あなたのようにやかましい人が来たら台無しだから、互いのために近づかないで欲しい」
「はあ!? レイバール湖って、私のお父様が別荘を買う予定だった場所じゃない! 返しなさいよ!」
「買う予定だった、ということは結局買ってないんでしょ。一度も自分のものになっていないのに返せだなんて、知性と品性を疑われるよ。前から思っていたけど、そういう発言は控えたほうがいい。国王陛下にも叱られたでしょ」
「うるさいわね! どうせあんたのことだからインチキしたんでしょ! インチキして金を稼いで、インチキで真竜を治して……私の目は欺けないわよ!」
カミラはブライアンのティーカップまで投げつけてきた。
俺は砕け散ったそれに回復魔法をかけ新品同様にし、テーブルに戻す。
「これもインチキかな?」
「そうよ!」
駄目だ。話が通じない。呆れ果てた。カミラとの会話は時間の無駄にもほどがある。
「いい加減にしろ、カミラ!」
俺の代わりに口を開いたのはブライアンだった。
彼が妻を怒鳴るところを俺は初めてみた。カミラにとっても初めてだったらしく、目を丸くして驚いている。
「お前は陛下主催の武闘大会でも、レイナードをそうやって罵ったらしいな。王宮ですれ違った者たちがヒソヒソと噂していた。お前はウォンバード男爵家に泥を塗ったのだぞ。分かっているのか?」
「私は悪くないわ! 妾の子が全部悪いのよ!」
「陛下にもそう主張するのか? 謁見したとき、お前のことをたしなめられたぞ。確かに私は情けない男だった。妻の言いなりだった。お前がレイナードを嫌っているのは知っていたが、まさか残飯を食わせたり、アンディに攻撃魔法を撃たせたりしているとは見抜けなかった。家を留守にしていたとはいえ、夫としても父親としても失格だ。レイナード、済まなかった」
「いいよ。ご覧の通り、五体満足だからね。父上が気に病むことじゃない」
「まだ私を父上と呼んでくれること、嬉しく思う。ありがとう」
ブライアンはしみじみと呟いた。
やはり俺のことを、ちゃんと息子だと思っているんだな。
メイドに手を出したり、妻の尻に敷かれたりしても、基本的には善人なので嫌いになれない。ブライアンとなら、これからも親子関係を続けてもいい。
「なにを仲良くしてるのよ! 早く妾の子を追い出して!」
「断る」
「なっ……私の言うことが聞けないの!? あなたが投資で作った借金を払ってあげたのは、私のお父様なのよ! 私と結婚するって条件でね。あなたが私に逆らうなら離婚してやるわ! そうしたら、あなたはお父様にお金を返さなきゃいけないのよ!」
「確かに、そういう契約だったな。いいだろう。払ってやろう。それでお前と縁が切れるなら安いものだ。そちらから離婚を言い出してくれて、むしろ助かったぞ」
「払うって……そんな金、どこにあるのよ……」
「今回の任務で、陛下から報奨金をいただいた。毎月の給与も増えた。少々キツいが払えない額ではない」
「……どいつもこいつも私を馬鹿にして……いいわよ、別れてやるわよ! 私はまだ若くて美しいわ。まだまだ子を産める年齢よ。お父様に頼めば、もっと爵位が高い相手を見つけてくれる。ええ、そうよ。もっと早くそうするべきだったのよ。今すぐ実家に帰るわ。正式な離婚手続きは明日にでもやりましょう!」
そう叫んでカミラは部屋から出て行く。
すると廊下からアンディの叫び声が聞こえてきた。
「お待ちください、お母様! どうか考え直してください!」
「うるさいわね! あんたが妾の子に勝てないからこういうことになったのよ! 次はもっとマシな子を産む。あんたは用済みよ!」
酷すぎる。
アンディは褒められた奴じゃないけど、母親の期待に応えようと必死だった。アンディをああいう人間に育てたのはカミラだ。
そのカミラに捨てられたら、アンディはなにに縋って生きていくのだろうか。
「愚かな女だ。武闘大会の一件は、王都にいる貴族なら全員が知っている。カミラと結婚したがる者などいるわけがない」
「それにしても、なんだって爵位とか家柄とかにあんなこだわるんだろう。俺には理解できないな」
「……レイナード。私だって伯爵にしてやると陛下から言われたら、踊り出したいほど喜ぶぞ」
「そうなんだ。俺も嬉しかったけど、踊るほどじゃなかったな」
「私たちのような凡人は、誰かに存在価値を保証してもらいたいのだ。爵位というのは国から保証された地位だ。喉から手が出るほど欲しい。しかしお前は国に頼らずとも、自分の能力で全てを手に入れられる。だから爵位などに価値を見いださないのだろうな」
そうかもしれない。そんな自己分析をしたことがなかった。
「勉強になったよ。父上が父親らしいことを言ったの、初めてかもね」
「私は父親らしいことを言えたのか。それは嬉しいな」
俺は父上と握手してから実家を出た。
思っていたより、ずっと円満な独立になった。
父上やメイドたちの顔を見に、たまに遊びに来よう。
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