第33話 国王から伯爵位をもらった

 紅茶はマフレナにいれさせた。

 アリアが初めて来た頃に比べたら上手になっている。この国でトップクラスに舌が肥えているはずの国王が、しかめっ面もせず飲んでくれた。それを見てマフレナは小さくガッツポーズする。


「マフレナ殿。どういう経緯であなたがメイド姿で給仕しているのか分からないが、数百年を生きる大魔法師を立たせたままというのは、余が心苦しい。どうかソファーに腰かけてくれないだろうか」


 言われてみると、マフレナは歴史的な人物だ。それがお茶くみなんて、俺がメイド服を着るより変な話かもしれない。

 マフレナ本人もそれに気づいたらしく、ちょっと赤面しながら俺の隣に座った。


「さて。今日ここに来たのはヴェルミリオン様の引越しを確認するためだが、それとは別に、マフレナ殿とレイナードにも話があるのだ。まずはマフレナ殿への要件を話そう。邪竜が再び襲ってきたときに備えたい。余の信頼する魔法庁長官と話し合い、なにか対策を立ててもらえぬだろうか?」


「ヴォルニカ王国の魔法庁は精鋭揃いという噂、私も聞き及んでいます。その魔法庁と協力し合うののは望むところです。共に邪竜に備えましょう」


「助かる。では明日にでも長官をここに来させよう。そしてレイナード。そなたの姓はいまだウォンバードのようだが、それに未練はあるか?」


「微塵も」


「ならばこの場で捨てよ。そして今よりレイナード・ドラゴンレイク伯爵を名乗るがいい」


「ドラゴンレイク、伯爵……? それはつまり俺に、伯爵位を叙勲してくださるということですか?」


「そうだ。そなたは真竜ヴェルミリオンの家主となった。それが平民では困る。肩書きというのは馬鹿馬鹿しい側面もあるが、物事に説得力を与えるのだ。そなたはもしかしたら爵位など興味ないかもしれない。それでも伯爵くらいにはなって欲しい」


「新たな苗字と伯爵位、謹んでお受けいたします」


 伯爵位と一緒に巨大な町を渡され、領主としてそこの住民の面倒を見ろと言われたら首を横に振るが、ただ肩書きだけもらえるなら断る理由はない。

 国王陛下のお墨付きでウォンバード家と縁を切れるし、なにより「このたびは伯爵になりました。おやおや文句がおありですか、陛下のご意志ですよ」とカミラに言ってやるのが楽しみだ。


「ありがたい。今この瞬間から、そなたはドラゴンレイク伯爵家の当主レイナードだ。仰々しい叙爵の儀式をやりたいか? やりたいのであれば王宮を使うが」


「いえ。肩が凝りそうなので遠慮します」


「そう言うだろうと思った。ところでレイナード。余がどういう打算でそなたをドラゴンレイク伯にしたか分かるか?」


「俺が平民ならこの国へ義理立てする理由がなく、ふらふらとよその国へ行ってしまうかもしれない。だが伯爵にしてやれば国への帰属意識が生まれ、少しは尽くそうという気になるだろう。と、そんなところでしょうか?」


「その通りだ。分かっていて伯爵になったのなら、期待してもよいのだな?」


「俺は陛下が思っているよりもこの国を気に入っていますよ」


「よき回答を得られて嬉しく思う。しかし聡明なレイナードも、もう一つの理由には気づいていないようだな」


「もう一つ、ですか」


「十三歳という幼さに似合わぬ洞察力を持っているが、さすがに千里眼や読心術までは持っていないようだな。安心したぞ。もう一つの理由は余から言うようなものではない。いずれ自分で察するがいい」


 国王はそう言って屋敷から去った。

 馬車はヴェルミリオンのところに向かっていく。アリアとホタルを回収して王都に帰るのだろう。


「マフレナ。もう一つの理由ってなんだと思う?」


「そりゃあ、アリア様に関することでしょう。アリア様とレイナード様が結婚すれば、その才能を受け継いだ王族が生まれる、とか考えてるんでしょうよ。そういう打算を抜きにしても……アリア様って明らかに問題児ですからね。剣にしか興味なかった娘が、男子のところに通っているんです。なら、その男子を伯爵にして、王女に少しは釣り合った身分にしてやろうって親心が働いたのかもしれません」


「ああ……」


 子供を使って家の力を強化する。政略結婚の道具にする。それは王族や貴族ならやって当然のことで、恋愛感情に任せて結婚させるほうがどうかしている。

 俺は、自分で言うのもなんだけど将来性の塊だ。先見の明があれば、確かに取り込みたくなるだろう。

 国王がアリアを利用するのは当たり前だ。しかもアリアは俺に好意を抱いている。政略になる上に娘の初恋が実るなら、王としても父としても頑張りどころだろう。

 国王は有能で優しい人なのだなぁ。


 俺は、自分が恋愛に疎い朴念仁でよかったと思った。

 もし国王の第二の狙いに気づいていたら、表情に出していたかもしれない。

 そして俺がすでにアリアを押し倒しているのを勘づかれたかもしれない。もう許してと泣いて懇願するアリアに百連射したのがバレたかもしれない……。


 今更ながら罪悪感が湧いてきた。

 次は五十……八十連射くらいにしておこう……九十くらいなら許されるか? いや、もう初めてじゃないんだから百二十くらいなら……。

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