第32話 湖畔に真竜の家を作る

 俺の家の後ろには広葉樹の森がある。そこをマフレナと散歩するのは実に心地いい。小鳥の声や葉擦れの音に耳を澄ましたり、甘酸っぱい木の実を探したりすれば夢心地な時間になる。


 そして家の前にはレイバール湖が広がっている。

 レイバール湖は空の色を映す鏡だ。

 昼間は青と白の模様が変化していく様を楽しむことができ、夕方になるにつれ赤いグラデーションに覆われていくのも美しい。晴れた夜は星々が地上に降りてきたかのように幻想的だ。風が吹いて水面が揺れると、それらの景色が波打ち、万華鏡のように変化した。


 その水の鏡に、赤い物体が映り込む。

 今日は雲一つない青空のはずなのに、炎のようなものが横切った。風圧で水面を歪ませ、自分の姿を溶かしてしまう。

 見上げれば、鏡に映った姿ではなく本物を見ることができる。

 赤い羽毛のドラゴン。

 真竜ヴェルミリオンである。

 俺は空中散歩をするその自由な姿を微笑ましく眺めてから、地面に向かって魔法を放つ。


「はっ!」


 土魔法で地面に穴を掘って、洞窟を作っていく。

 ただ穴を開けただけだとすぐ崩落するから、圧縮して壁を固くする。

 掘ったら当然、土砂が出る。美しい湖畔に放置するわけにいかないので、洞窟の入口に積み上げ、これも岩のように硬くする。

 よし。これで天然の洞窟っぽい入口になったぞ。


「上出来ですね。私が手を加えるところは特にありません」


「マフレナがそう言うなら安心だ。おーい、ヴェルミリオン! 家ができたよー!」


 空に向かって叫ぶと、真竜は急降下してきた。


「おお、玄関まで作ってくれたのか! 素晴らしいぞ、レイナード!」


 ヴェルミリオンは嬉しそうに言って、俺が作った洞窟に尻尾から入っていく。


「どう? 狭くないかな?」


「このちょっと窮屈な感じが丁度いいのだ。身じろぎすると背中がこすれて気持ちいい。『こういうのでいいんだ洞窟』というやつだな。目の前に湖があるから、いつでも水浴びできるし。レイナードがいなかったとしても、ここはいい場所だ」


 ヴェルミリオンは頭だけ外に出し、ゴリゴリと胴体を洞窟に擦りつける。

 気に入ってもらえてよかった。


「ヴェルミリオン様がいきなり空から降りてきて『我、ここに住む』って言い出したときは、どうなることかと思いましたが、どうやら丸く収まりそうですね」


「おお、さすがはエルフ。上手いことを言うではないか。確かに我は洞窟に収まって丸くなっているぞ。わははは」


 この王国を千年守ってきた真竜なのだから、もっと厳格な性格かと勝手にイメージしていた。けれど実際に話してみたら、お喋りと散歩が好きな陽気ドラゴンだった。


 長く生きたからといって、悟りの境地に至るとは限らないのだ。

 俺は前世と合わせたらかなりのジジイだけど心がガキのままだと思っているし、マフレナなど五百年生きているのにスケベエルフである。


「にしても、お前たちの家の対岸というのは遠くないか? もっと近くのほうが我は嬉しかったなぁ」


「いやぁ……ヴェルミリオンほど大きいと、近くで歩いただけで家が揺れるからね。そこは勘弁してよ」


「なるほど。我が後ろ足で直立したら、あの屋敷より大きいものな」


 納得してくれてよかった。

 本当の理由は『スケベエルフの喘ぎ声が大きくて、家の近くだったら聞かれてしまうから』なのだけど、そんなのは恥ずかしくて言えない。


「ここからなら、お前たちの家に怪しい奴が近づいたら、すぐに分かる。むしろ適度な距離と言える。レイナードよ。お前の回復魔法は、得がたい才能だ。お前と同じ能力を持つ存在は、二度と生まれないかもしれん。ゆえに我はレイナードを守るぞ。それがこの国を守ることに繋がる」


「真竜に守ってもらえるのは心強いよ。そして友達になれて光栄だ」


「友達? わはは、いいぞレイナード。やはりお前は最高だ。この千年、我を敬ってくれる人間は大勢いたが、我を友達と言ってくれたのは、ホタルとレイナードの二人だけだ」


「そうなんだ。ますます光栄だ」


 俺はヴェルミリオンの爪を握って握手した。


「では、せっかくなので私も」


 マフレナも握手する。

 こうして二人と一匹は友達になった。めでたしめでたし。あとは晩御飯を食べて風呂に入って寝るだけだ。

 俺はそう考えながらマフレナと一緒に対岸の家に帰った。そこに丁度、馬車が走ってきた。

 王家の紋章が刻まれた馬車だ。

 降りてきたのは、アリアと、ホタルと……そしてなんと国王陛下だった。

 俺たちは慌てて跪く。


「急に押しかけて申し訳ない。楽にしてくれ。それで……ヴェルミリオン様がここに引っ越したというのは本当か?」


「はい、陛下。たった今、湖の対岸に魔法でヴェルミリオンの家を作ったところです」


 俺は視線で洞窟を指し示した。

 ヴェルミリオンは前脚をブンブンと振って挨拶してきた。


「あいつ! なにを呑気な顔してやがんだ。いきなり引っ越して、里のみんなが大慌てだってのに。ちょっと説教してくるぜ!」


「あ、待て、ホタル。いくらお前が巫女でも、ヴェルミリオン様を殴ったりしたら駄目だからな」


 ホタルは黒髪と巫女装束をなびかせながら走り出した。それをアリアが慌てて追いかける。


「ヴェルミリオン様はあの二人に任せるとして……レイナード、マフレナ。少し話をしたい。構わないか?」


「自分は豪胆なほうだと思っていますが、さすがに国王陛下を追い返す度胸はありません」


 扉を開き、国王を招き入れる。

 するとマフレナがそっと耳打ちしてきた。


「レイナード様。おもてなしのためにメイド服に着替えないと失礼なのでは……?」


「……そっちのほうが失礼だと思うよ」

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