第31話 sideアルバイン 王宮会議
王宮の会議室には、国王と、その側近である大貴族たちが集まり、しかめっ面を並べていた。
議題はもちろん王都上空に現れた邪竜についてである。
事前にマフレナ・クベルカから警告をされていた。
なのに備えがなかった。
事態を軽視していたのではなく、短い期間では備えようがなかったのである。
真竜ヴェルミリオン、王女アリアに巫女ホタル、マフレナとその弟子の少年が協力して邪竜を追い払ってくれたから、王都はこうして無事だ。奇跡的に死傷者が一人も出なかった。
しかし邪竜はまだ生きている。次はどうなるか分からない。
「その少年とアリア王女が、邪竜の前脚を切り落としたのでしょう? もしトカゲの尻尾のように再生能力があったとしても、数日で治るということは考えにくい。きっと何ヶ月もかかるでしょう。その猶予を使って、戦力を集めるべきです」
魔法庁長官がそう発言した。
「戦力を集めると簡単に言うがねぇ。なにをするにしても金がかかるのだよ。兵士は飯を食う。素手で戦わせるわけにいかんから装備もいる。その軍事予算をほかに回せば、より国を豊かにできると思わんかね? 新しい橋を作るとか、治水工事をするとか……」
内務大臣が反論する。
「治水工事? 結構ですね。では邪竜に焼き払われて誰もいなくなった土地を、好きなだけ工事してください」
「なんだと!?」
「まあまあ、落ち着きたまえよ、ご両人。そもそも邪竜は戻ってくるのかな? マフレナ・クベルカの話によると、特に目的があってヴォルニカ王国に来たのではないのだろう? ただの散歩かもしれないとマフレナは言っている。邪竜は、この土地にヴェルミリオン様という強いドラゴンがいると知ったのだ。そして前脚を失うという恐ろしい目にあった。ならば、わざわざ散歩のために戻ってこないだろう。よそへ行ったに違いないよ」
そう口にしたのは財務大臣だ。
「それはどうでしょう。強い相手がいるからこそ、戻ってくるのではありませんか? まして前脚を失うという屈辱を味わったのです。それを晴らしたいと考えるかもしれない。ドラゴンは総じて知性が高いので」
「ふん。ただのデカいトカゲだろう」
魔法庁長官の言葉に、内務大臣がまた反発する。
「内務大臣はそれをヴェルミリオン様にも言うのですか?」
「ヴェ、ヴェルミリオン様は別だ! 当然だろう!」
「ヴェルミリオン様があれほど聡明なのです。ならば邪竜にも『リベンジ』という感情を持つくらいの知性があるかもしれませんね」
「……分かった。邪竜はまた来るかも知れない。その対策が必要だというのも認めよう。で、諸君らにはなにか案があるのだろう? 前向きに検討しようではないか」
内務大臣が渋々という口調で賛成に回り、発言を促す。
しかし会議はそこからあまり先に進まなかった。
邪竜への対策が必要。そこは分かり合えたのに、ではどう対策すべきか、誰も分からないのだ。
強い冒険者をスカウトして兵士にする。他国に支援を求める。訓練を徹底する。強力な魔法武器を買い集める。
色々と意見は出るのだが、発言した者でさえ、それで邪竜に対抗できると本気で信じていない。そんな頼りない意見ばかりだった。
なかなか会議は白熱しない。
国王アルバインは、自分から意見を出したくなったが、まだ我慢した。
国王を無視するのは困るが、いないとなにも決められないというのも、それはそれで困るのだ。
部下に活発に議論させ、よき意見を採用する。アルバインはそういう政治をやりたい。
「みなさん。真っ先に協力を求めるべき相手を忘れていませんか? 邪竜について警告してくれたのはマフレナ・クベルカです。邪竜を追い払うのに協力してくれたのもマフレナ・クベルカです。まだこの国にいるというなら、助力してもらうべきでしょう」
ようやくまともな意見が出た。あと三分遅れていたらアルバインが同じ発言をしていたところだ。
「余もその意見を正しいと思う。幸いにもアリアがマフレナの所在を知っている。有象無象を千人雇うよりも、マフレナ一人のほうが頼りになるだろう」
「ですが陛下。マフレナは三百年も前に活躍したエルフです。本当に実力者なのか怪しいと私は愚考しますが」
と、内務大臣。
せっかく議論を進めようとしているのに、足を引っ張るんじゃない、とアルバインはイラついた。
「彼女の英雄譚は三百年前のものですが、邪竜撃退で力を示したのは昨日です。アリア様が目撃したのですよ? それをお疑いですか?」
いいぞ、とアルバインはテーブルの下で拳を握る。
さっきから有益な発言をしている魔法庁長官は、まだ三十代と若いのに、物わかりがいい。魔法庁の予算を増やそう。
逆に、やたらと反対意見ばかり述べる内務大臣の心証は最悪だ。そろそろ後任人事を考えなくては。
やはり国王が全て決めるのではなく、こうして議論させたほうが、それぞれの個性が見えてきて面白い。
「マフレナ・クベルカには余が直接会う。それで協力関係を得られたなら、実際にどう連携するかは、魔法庁長官が話し合え」
アルバインは断言する。
国王がここまで強く言えば、さすがに反論する者もいない。
これが治水工事などの話であれば、内務大臣がいくらピンハネできるかに関わってくるので、もっと食い下がったかもしれないが。
(いかん、いかん。怪しいからといって、証拠もなしに横領していると決めつけてはいけない)
アルバインは心の中で内務大臣に謝る。
「さて。余から一つ提案がある。マフレナの弟子の、レイナードという少年についてだ。彼はウォンバード男爵家の息子だが、正嫡ではないので、かなり酷い扱いを受けているようだ。しかし余が見ている前で、あのアリアに圧勝し、武闘大会で優勝する実力者だ」
「その大会、私も見ていました。初めは弟子にしたいと思いましたが、終わる頃には、ただ手に汗を握っておりました」
魔法庁長官の言葉にアルバインは頷く。確かにあれは手に汗握る決勝戦だった。
「そしてレイナードは、真竜ヴェルミリオン様を、回復魔法で死の淵から救ったという。これはアリアと巫女ホタルが二人とも現場に居合わせているから確実だ。ヴェルミリオン様を救い、邪竜撃退に参加した功績には報いなければならないだろう。ウォンバードとは別の姓と、子爵の位を与えようと思う」
「陛下、お待ちください! そのレイナードはメイドとのあいだに生まれた子。男爵家を継ぐことがない、いわば平民です。それをいきなり子爵に叙するなど聞いたこともありません! 貴族の権威が揺らぎますぞ!」
また内務大臣がいらぬ発言をする。
確かにアルバインは「たとえ国王の言葉でも間違っていると思ったら指摘しろ」と普段から言っている。
しかし、知性の低い言葉を並べて会議を遅延させろと命令した覚えはない。
「内務大臣は不思議なことを言う。どんな王族も貴族も、元を辿っていけば平民だろう。我がヴォルニカ家もそうだ。それとも、そなたの家は天地開闢から続く大貴族で、我が王家ではなく創世神から爵位を授かったのか? 余はそなたを家臣と思っていたが、もしかしたら違ったのか?」
「い、いえ……」
アルバインが指摘すると、内務大臣はそれ以上なにも言えず、黙ってしまう。
会議の出席者たちは内務大臣に冷ややかな表情を向けた。
「レイナードは類い希なる天才だ。今はこの国に住んでいるが、いつ気まぐれに他国へ行くか分からない。逃したくない。だからレイナードを貴族にして、国との繋がりを作ってしまうのだ」
「つまり子爵位は褒美であると同時に鎖でもあるのですね」
「さすが魔法庁長官はよく分かっているな。さて、反対する者は? いなければ、レイナードを子爵にすると決定しよう――」
アルバインがそう言い終えると同時に、会議室の扉が勢いよく開かれた。
誰かが「無礼者」と怒鳴りかけたが、言葉を飲み込んだ。
なぜなら王女アリアと、巫女ホタルの姿がそこにあったからだ。
「父上、会議中失礼します。緊急事態です。ヴェルミリオン様が引越ししました」
「は!?」
娘の発言を聞き、アルバインは部下たちの前だというのに、みっともなく口を開けて固まる。だが部下たちも固まっていて、誰もアルバインなど見ていないので、国王の威厳がなくなる心配は無用だった。
ヴェルミリオンは普段、山奥の洞窟に住んでいる。そこにお供え物を持っていったり、話し相手になったりするのがホシノ家から選ばれた巫女の役目。
それは今まで上手くいっていて、ヴェルミリオンとの関係は良好だった。散歩に出かけることはあっても、引越しなど聞いたこともない。
どこに引っ越したのだ? 国外か? ヴェルミリオンはこの国を見限ったのか?
「な、なにかの間違いではないのか……?」
アルバインが声を震わせながら質問すると、巫女が頭をかきながら困ったように答える。
「それが……ヴェルミリオン本人が引っ越すとオレに言ってから飛んでいったんだ。あのレイナードって子をいたく気に入ったみたいで。近くで一緒に住むとか言ってたぜ」
「レイナードと一緒に……?」
つまり国内だ。ならば問題ない。
アルバインは安堵の息を大きく吐いた。
「ふぅ……それにしても、ヴェルミリオン様が暮らす場所の家主か……子爵では足りぬな」
そんな国王の呟きに反対できる者は誰もいなかった。
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