第29話 王都上空の戦い

 マフレナが邪竜に殺されかけたという話は、アリア経由で国王に伝えてもらっていた。

 だから邪竜が国内に侵入したと、国で把握している。


 しかし相手は空を飛ぶのだ。とうの昔に遠くへ移動したかも知れない。まだ近くにいたとしても、大魔法師マフレナ・クベルカが勝てない相手に、どう備えろというのか。

 国民に『邪竜注意』と勧告したところで、パニックが広がるだけかもしれない。しかも注意して生活したところで邪竜に襲われたら死ぬだけだ。

 国にできることは少ない。

 王都上空で真竜と邪竜が格闘している中、兵士が一般人と同じようにポカンとしていても、情けないと責めることはできない。


「レイナードくん。マフレナ。情けないことに、私は空で戦うヴェルミリオン様に加勢する手段を持たない。しかし君たちならなにかできないか?」


 遠すぎる。

 剣を振り下ろして真空波を飛ばしても、射程は百メートル以下。

 攻撃魔法ならもっと遠くまで届くが、俺の魔法がドラゴン相手に通じるとは思えない。

 そもそも当てられるのか?


「レイナード様の協力があれば、一瞬だけ邪竜の動きを止められます」


 マフレナは一度、邪竜に負けている。だからこそ次の戦いの想定を何度も繰り返したのだろう。アリアの問いに迷いなく解答した。


「ならば頼む。やってくれ。一瞬でも隙を作ってくれれば、ヴェルミリオン様が必ずそれを突くはずだ」


 王女が奴隷に頭を下げる。

 それがいいことなのか俺には分からないが、個人的にはアリアに対する好感が更に増した。

 ただ今は頭を下げるべきときではない。なぜなら――。


「アリア様。頭を上げてください。上空の邪竜と真竜から目をそらしてはいけません。ここは戦場です」


 マフレナにそう指摘され、アリアは愕然とし、慌てて視線を空に戻す。

 そうだ。

 あの二匹の戦いに割り込もうというなら、なおのこと観察を怠ってはいけない。


「レイナード様。今から私は魔力を振り絞ります。ほどなく枯渇するので、それを回復させてください。できますね」


「ああ。やってやるさ」


 できますか、という問いかけではなく、できますね、という圧。

 ぶっつけ本番だが、やってやろう。

 マフレナは無責任に任せたりしない。俺にやれというなら、俺にはできるのだ。


「いきます」


 マフレナは空に向かって真っ直ぐ両腕を伸ばした。

 その先に光球が出現し、輝きを増していく。マフレナの魔力が凝縮されているのだ。

 光球へ魔力が移れば、当然、マフレナからは魔力が失われていく。

 俺はそれを回復させる。

 もともとマフレナは膨大な魔力を有しているのに、それでも邪竜の足止めには足りないということか。

 けれど俺との合わせ技により、魔力が無尽蔵になった状態だ。

 マフレナは魔力を光球へ送りながら、ドラゴンたちの動きを目で追い続けている。

 巨大な翼で羽ばたく二匹は、空中を稲妻のように動き回っている。

 あれに魔法を当てるのは至難の業。だが不可能ではないはず。どんなに速くても、戦っているのだから速度は変動するし、動きを先読みすることだって――。


「はっ!」


 俺が「ここだ」と思ったのと同じ場所に、マフレナは光球を発射した。

 光球は弾けて無数のリングとなり――その中に邪竜が入ってきた。まるで吸い込まれたかのようだが、そうではない。来ると先読みして設置したのだ。

 全てのリングが閉じて邪竜の四肢と翼を縛り上げる。羽ばたけなくなった邪竜は重力に引かれて落下を開始。

 しかし地面に激突する遙か手前で、邪竜はリングを力技で引き千切った。

 マフレナが魔力を限界以上に使った拘束魔法が、いとも容易く解除された。

 それでも俺たちは焦らない。一瞬しか止められないのは予測していた。一瞬でも止めれば、戦局が真竜に傾く。それが狙いなのだ。


 真竜ヴェルミリオンは口を大きくを開いた。その喉奥から魔力を感じる。ドラゴンブレスを放つつもりだ。

 が、それよりも早く邪竜がドラゴンブレスを吐いた。奴もまた状況を読み、リングで縛られた瞬間から準備をしていたということか。

 ドス黒い線が邪竜の口内から伸び、真竜へと迫る。命中する直前、真竜の正面に防御結界が広がり、邪竜のブレスを防いだ。


 誰があの防御結界を構築した? 俺でもマフレナでもない。真竜はドラゴンブレスを放つためにそんな余裕はなかったはずだ。

 いや待て。真竜の背中に誰かいる? 地上からじゃよく見えない。とにかく真竜が背負っているなら敵ではないのだろう。

 おかげで真竜は黒いブレスから守られた。そして真竜は今度こそ、貯めに貯めた魔力を灼熱のブレスに変えて、邪竜へと叩きつける。

 空中で大爆発が起きた。火球が邪竜の黒い巨体を飲み込む。轟音と衝撃が、何百メートルも離れた俺たちのところまで届いた。


「さすがはヴェルミリオン様だ。邪竜を倒してしまうとは!」


 アリアは喜びの声を上げる。

 しかし、まだだ。邪竜の気配は消えていない。

 火球の中から、さっきよりも強力な黒いブレスが放たれ、真竜の胴体に突き刺さる。

 あれは……心臓からは外れているだろうけどヤバいな。腹から背まで貫通してしまった。

 真竜は羽ばたく力を失い、王都に落下してくる。


 同時に邪竜も落ちてくる。

 だがこちらはまだ余力を残していた。翼を広げて滑空。向かう先は……俺たちのところだ!

 拘束魔法で戦いの邪魔をしたマフレナを狙っているのか?

 好都合だ。

 近づいてくれたら、俺の剣が届く。


 迫る邪竜に対し、俺は跳躍して自ら距離を詰める――。

 なんと俺と一緒に飛び跳ねた者がいた。アリアだ。同じことを考えていたらしい。本当に天才だな。


「右前脚を狙う! アリアは左を!」


「承知した!」


 俺は宣言通りの場所に双剣をクロスさせた。右前脚を付け根から切断。思っていた通り、真竜の攻撃のおかげで邪竜のウロコはかなり脆くなっている。

 アリアも左前脚の関節部に剣を叩きつけたが、ウロコに弾かれる。不安定な空中では、さすがの彼女も地上のようにはいかないらしい。


「もう一度だ!」


 風魔法でアリアの背を押す。アリアはその反動を刃に載せて、同じ場所に振り下ろし、切断に成功。


 邪竜は苦悶に満ちた鳴き声を出した。

 俺たちから逃げるために進路を変え、王都の外に向かっていく。


「逃がすか!」


 俺は双剣を振り回し、その背中に炎と雷をまとわせた斬撃を飛ばす。

 当たらない。

 追いかけたいが、とても追いつけそうにないスピードだ。

 俺とアリアはもとの位置に着地する。


「ヴェルミリオン様が落ちたところに行こう!」


 アリアはそう叫ぶと、俺とマフレナの返事を待たずに走り出した。

 守護神に等しい真竜ヴェルミリオンが大怪我をしたのだ。この国の王女として、気が気でないのだろう。

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