第25話 王女に回復魔法を見せたら驚かれた
宣言通り、アリアは自ら湖畔の屋敷を訪ねてきた。
今日は馬車を使わず、一人徒歩だ。
一晩のイメージトレーニングとやらが功を奏したのか、俺がメイド服で出迎えても「うっ!」と一瞬鼻を押さえたものの、鼻血を出すことなくこらえた。
「よ、よし……私の鼻の血管はかなり頑丈になったらしい……一晩中、ポーションを飲みながら出血を繰り返した甲斐があった。さあ、レイナードくん。王宮に行こう」
「どうして?」
「……私の専属メイドになってくれるんじゃなかったのか?」
「そんな約束した覚えはないなぁ」
「しまった。これは私の妄想の話だった。お嬢様とメイドの百合小説を読みまくったせいか、現実と区別できなくなったらしい……そもそも、よく考えてみるとレイナードくんは少年だから百合ではない! 騙された!」
「騙してないよ。アリアが勝手に勘違いしたんだよ。むしろ俺こそ騙された気分だよ。アリアはもっと硬派な人だと思ってたのに」
「わ、私だって自分がこうなってしまうと予想さえしていなかった。全ては君がメイド姿で現れた瞬間に崩れてしまったのだ!」
「そこは、あの決勝からって言って欲しかったな……」
「ふん。戦いに身を起き続けると誓ったのだ。ならば敗北の覚悟などできている。むしろ、私が好意を抱く殿方がいるとすれば、それは私に勝利した同年代の男子だろうと考えていた。よって、あの決勝は予測の範疇。なにも崩れていない。私が私でなくなったのは、やはり昨日からだ! 寝ても覚めてもレイナードくんのメイド姿が脳裏にチラつく……」
アリアは唸りながら頭を抱えた。
正直、なにをそんなに深刻ぶっているのか、俺にはサッパリ分からない。
ところが分からないのは俺だけのようで、マフレナは母のような慈悲深い微笑みを浮かべながら、アリアの肩に手を添えた。
「アリア様。心中お察しします。私もレイナード様のメイド姿の不意打ちを喰らったとき、反射的に抱きしめてしまいましたから」
「そうか、君もか! ずっと我慢するのに必死で必死で……」
「我慢せずともよいのです。可愛いものを抱きしめたくなるのは当然。むしろ、その感情に抗うことこそ、自然の摂理に反しているのではないでしょうか?」
「そ、そういうものか?」
「はい。仮に違ったとしても悪いのはレイナード様です。メイド服を着て誘惑するのレイナード様が悪いのです」
「なるほど!」
酷い濡れ衣だと思う。
そもそもメイド服を着てアリアをもてなせと言ったのはマフレナだ。なのに俺に全ての罪を被せて善人面しやがって……偽善者の見本みたい奴だ。
「自然の摂理! 抗えぬ抗えぬ! レイナードくんが悪いんだからな! ああああ、可愛いぃぃぃぃっ! なんかいい匂いするぅぅぅクンカクンカクンカ!」
アリアは俺を抱きしめながら地面に倒れ込む。そして草むらを超高速で転げ回り、そのまま湖を一周してしまった。
「ふふ……少々取り乱してしまったようだ……」
「王宮じゃ『少々』って言葉の使い方が下々と違うのかな?」
これだけ取り乱しておいて、最後に澄まし顔をすれば誤魔化せるとでも思っているのだろうか。
「アリア様。素晴らしい抱きしめっぷりでした。感服です。ところで自己紹介がまだでしたね。私はマフレナ・クベルカと申します。以後お見知りおきを」
「アリア・ヴォルニカだ。共にレイナードくんを愛でていこう。よろしく頼む」
なんか戦友に巡り会えたみたいな顔で握手している。
まあ、仲がいいのは悪いことじゃないんだけどさ。
「ところでマフレナ・クベルカでエルフというと……もしや、剣聖セオドリックを幾度も助けたという、あのマフレナか?」
「ええ、そのマフレナです。やはり剣聖がらみの話が有名なんですね。私は剣聖セオドリック亡き後も、魔法と錬金術の研究を続け、細々と発表しているんですけどね」
「そうなのか、済まない。私は剣術ばかりで、ほかの分野はからきし無知なのだ」
「いえいえ。魔法師でさえ、私を三百年前のエルフだと思っている人が多いですから。そもそもの話、私の名が知られているのは、剣聖セオドリックのおまけとしてなので。当然といえば当然です」
「だが、マフレナが強い魔法師なのは事実だろう。それがどうして奴隷の首輪をつけ、レイナードくんのところでメイドをしているのだ?」
「確かに、私は長生きしているので、それなりに強いという自負があります。けれど無敵ではありません。負けて大怪我することがあれば、奴隷市に売られることもあります。私は奴隷市の片隅で死にかけていたところをレイナード様に救っていただいたのです」
「なんと! 剣聖と肩を並べた魔法師の命を救うとは、レイナードくんはさすがだな!」
「そうなんです。さすがのレイナード様なのです!」
女子二人が手と手を取り合って盛り上がる。俺を褒める方向で盛り上がっているから、聞いてて悪い気はしないけど。
「ところでさ。俺との戦いでアリアの剣が折れちゃったじゃん」
「うむ。武器屋に行って新しいのを探しているのだが、なかなか気に入ったのが見つからないんだ」
「実はアリアに丁度よさそうな剣を見つけたから買ったんだ。前の剣は俺が折ったようなものだし、お詫びとして受け取ってよ」
「詫びなどいらぬが、レイナードくんからのプレゼントなら喜んで受け取ろう!」
剣は玄関を開けてすぐのところに置いておいた。俺は小走りでそれを取りに行く。
「はい。気に入ってくれると嬉しいな」
「ああ……私のために小走りで剣を持ってきて『はい』って渡してくれる姿が可愛い……妹メイドにしたい男子ランキング一位だな」
なに言ってんだ、この人。
「これは……なんと手に馴染むのだろうか。まるで体の一部みたいだ。決勝での打ち合いで私の体格や筋力を把握し、それに相応しい剣を選んでくれたのか……?」
「そうだよ」
「凄すぎる。私は私のことをここまで知り尽くしていないぞ。しかし……刃が錆びているな。まあ、これは鍛冶屋に持っていけば、すぐに直してもらえるだろう。少しばかり状態が悪くても、ここまで私に馴染む剣とは二度と出会えないかもしれない。レイナードくん、ありがとう」
鞘から剣を抜いたアリアは刃を観察して、そう評価を下した。
「ああ、待って。俺の技を披露したくて、わざと錆を残してたんだよ。見てて……回復!」
「な、なにっ!? 一瞬で錆が……それどころかあらゆる汚れがなくなって、新品のようにピカピカになったぞ! 今のが回復魔法だと言うのか……?」
「その通り。俺の回復魔法は、アイテムにも効くんだ」
手の内を晒したのは、アリアを信用しているからだ。
きっと彼女とは長い付き合いになる。俺の能力を知っているかどうかで生死が分かれる状況があるかもしれない。
言いふらさないよう釘を刺す必要はあるけど、教えたほうが互いのためだろう。
それと単純にアリアが驚く顔を見たかったというのもある。
「いやいやいや! そんな回復魔法、聞いたことないぞ! 私が魔法に疎いとか、そういうレベルの話ではないはずだ! なあ、マフレナ! レイナードくんの回復魔法はおかしいよな!?」
「はい。魔法を学んで五百年近くになりますが、後にも先にも、こんな回復魔法はレイナード様のしか知りません」
「だよな!」
「原理は全く不明です。なので今のところは『レイナード様だから仕方ない』と思うことにしました」
「そ、そうか……レイナードくんだから仕方ない……説得力ある言葉な気がするぞ!」
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