第23話 王女が俺の別荘に来た
必ず、というわけではないが、強い魔物ほど肉が美味しい傾向があった。
俺が仕留めた熊の魔物は、王都近辺では強いほうなので、その肉は美食家たちに高く売れる。自分で販路を築かなくても、冒険者ギルドに持っていけば、上手い具合に金に換えてくれる。
なので普通だったら熊肉を持ち帰るのだが、今日のところは金よりも時間を優先した。
アリアとの時間だ。
お互い『戦い』に身を置いているから、そう遠くないうちに再会するだろうと思っていたけど、まさか大会が終わってから数日で会うなんて。
こういう縁は大切にしたい。
「さて、レイナードくん。どこへ行こうか? このまま魔物狩りを続けようか? 王都に戻って買い物でもしようか?」
「そうだな……アリアを俺の別荘に招待しよう」
「ほう。別荘とな。ウォンバード男爵家の君に対する扱いからして、いつか出ていくのだろうと思っていたが、もうそんなのを用意していたのか。さすがだ。ではお言葉に甘えて招かれるとしよう。私の馬車がある。それに乗っていこう」
馬車か。きっとアンディもそれに乗って森に来たのだろう。取り残されたアンディがどうやって帰るのか、ふと疑問になったが、まあいいや。また大型モンスターに遭遇するような不運がない限り、一人で歩いて帰るだろう。
「見てくれ。あれが私の馬車だ」
森のすぐ近くで待機していた馬車は、行商人が使うような粗雑なものとは違い、立派な塗装と装飾が施されていた。とはいえ金箔でド派手にするような悪趣味さはなく、木目を活かした上品な仕上がり。持ち主の品性を現わしているようだ、と俺は感じ入った。
その装飾の中に、見覚えのある紋章が施されていた
「……ええっと。俺でも見覚えがあるってことは、よほど有名な紋章だよね。アリアは、歴史ある大貴族のご令嬢だったりするの?」
「そのようなものだ。それにしてもレイナードくん。君は不勉強だな。私も世間知らずだと思うが、君よりはマシだ。もっと社会に興味を持つべきだろう。まあ、レイナードくんの生い立ちからして、家柄にこだわりがないのは、無理からぬ話かもしれないけれど……」
「はあ……」
なんか前世でも、有力貴族の名と紋章くらいは一致させておけと説教された気がする。
しかし興味を持てない。
先祖が強いからといって、子孫まで強いとは限らないのだ。
馬車に乗り込むと、アリアは俺の向かいではなく隣に座った。それもピッタリと寄り添ってくる。
「こんなに広いのに」
「たとえこの馬車が王宮の庭のように広くても、こうしてレイナードくんの隣に座りたい」
アリアはハキハキとした口調で言う。
もう少し頬を赤らめたりしてくれると、恋愛感情ゆえの行動だと、朴念仁の俺でも確信できるんだけど。
なにせアリアは行動の一つ一つが男前すぎて、恋愛のイメージと結びつかない。
決勝戦でキスまでしてきたけど「あんなのただの挨拶だよ、レイナードくん」と言われてしまう可能性だってある。
俺に恋愛の機微は分からない。
分かるのは、剣士としての彼女の感情だ。
剣士として、俺の剣術に惚れてくれている。それだけは分かる。
「む? この先は……レイバール湖か? 無限に再生するスライムがいるという噂の」
「湖は丸ごと俺が買った。スライムは俺が倒した」
「ほう!」
「けれど、あまり言いふらさないで欲しいんだ。あの湖畔は静かなままがいい。魔物がいなくなったと知れたら、人が集まるかもしれない」
「分かった、そうしよう。人が寄りつかない湖……そこに君と私で二人っきりというわけだな」
「……御者さんもいるけど」
「彼は馬にしか興味がない。無視して結構。むこうも人間を無視している」
確かに、この馬車の御者の声を、俺は一度も聞いていない。
ただ無口なだけかと思っていたけど、人間と会話する気がないのか……。
「あれが俺の別荘だよ」
「ほほう。落ち着いた色合いの、いい屋敷だ。周りが広いから、思う存分に稽古しても誰にも迷惑をかけないだろうし」
「アリアならそこに目をつけると思ったよ」
門の前に馬車を止めさせ、俺はアリアを敷地に招き入れた。
「レイナードくんの家にお呼ばれしてしまった。男女が二人っきり……ふふふ。君は可愛い顔をして、なかなか大胆なのだな……!」
アリアは口元に手を当てるが、顔全部が笑っているので、ニヤけているのを隠せていない。が、そのニヤけっぷりはすぐに治まった。
「お帰りなさいませ、レイナード様。そして、どうしてアリアさんがここに?」
マフレナが玄関を開けて顔を見せたのだ。
「……メイドを雇っていたのか……そうだよな。この規模の家なら、維持するには使用人が必要だ。二人っきりではなかったかぁ」
「アリアさん。どこかで偶然レイナード様に会い、ここに連れてこられたというのは分かります。レイナード様が招待した方ならば、私に拒絶する権利はありません。が、二人っきりだったなら、なにをするつもりだったのですか?」
「なにを……なにをするかなんて、考えていなかった。私はただレイナードくんに会いたかった。話をしたかった。その幼さで、どうすれば剣術をそこまで磨けるのか聞きたかった。いや、ほかの話でもいい。ただ会って話がしたかっただけなのだ。けれど……二人っきりではないことに落胆したのも事実。こうして考え直すと、私は確かにレイナードくんとのあいだに、いかがわしい展開を期待していたのかもしれない」
「やれやれ。あなたは大勢の前で接吻をしてしまう人ですからね。慎みが足りないのです。服装こそ立派ですが、淑女としての教育を受けていないのでは――」
と、マフレナは言いかけてから、急に言葉を中断した。門の外にいる馬車へ視線を向けたまま固まってしまう。
「あの紋章……あれはもしかして……ヴォルニカ王家の紋章!?」
――――――――――――――
「主人公は前世で結婚していたのに童貞なのはおかしい」というコメントを頂くのですが、前世で結婚していたと記述した覚えが私にはありません。どの部分がそのような誤解を招く表現になっていたのでしょうか?
とにかく主人公は前世で結婚していません。
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