回復魔法を極めたらぶっ壊れ性能になった。妾の子と迫害されるので実家に頼らず生きていく！

第19話 決着

　強烈な、真っ直ぐな、小細工抜きの振り下ろし。アリアの剣を、俺は右手の剣で受け止める。

　若干の痺れ。心地いい痺れ。将来性を感じる痺れ。

　俺以外の出場者なら耐えられず、剣が手から離れていただろう。

　しかし右手だけで受け止めた。

　左手の剣は自由。アリアの脇腹目がけて振る。

　さあ、どうする？　後ろに避けるか？　しゃがむか？　反応できずに両断というオチだけはやめてくれ。興ざめだ。

　彼女のとった選択は、俺が予想したどれでもなかった。

　跳躍して俺の剣を避け、更に、俺の剣を蹴飛ばして飛翔したのだ。

　なんという反射速度。なんという跳躍力。

　アリアの剣が頭上から迫ってくる。

　それを右と左、どちらで防ぐべきか。いや、せっかく彼女が俺の予想から外れてくれたのだ。返礼に、俺も変則で応えよう。

　剣ではなく、足を使う。蹴り。爪先を落下してくるアリアの腹にめり込ませた。

「っ！」

　横隔膜がせり上がり、肺と胃が潰れたはずだ。失神して当然という痛みが駆け巡っているはず。なのにアリアは剣を放さず、俺の脳天に振り下ろしてきた。

　素晴らしい闘志。

　されど、いくら意思の力で補おうと肉体のダメージは消えず、その剣速には明らかに陰りがあった。

　俺はアリアのみぞおちに突き刺した爪先を捻ってから、回し蹴り。

　アリアを一回転させたのち、リングの端まで吹っ飛ばしてやった。

　そこまでやってもなお、彼女は空中で体勢を整え、両足から着地する。

　剣を正面に構え、戦う意思が消えていないと示すように、俺を見据える。

　が。

　意地を張れたのはそこまでだった。

　糸が切れたように前のめりに倒れる。両腕を突き出して顔面の強打だけは避けたが、口から胃液が溢れ出すのは止められなかった。

　人前で嘔吐するというのは、普通なら誇れるものではない。しかし観客たちは誰も、アリアを笑ったりしなかった。

　なぜならアリアの右手には、こうなってもまだ剣が握られている。

　不屈の闘志。その言葉をここまで体現した彼女に、誰もが敬意を抱いたのだ。

　ところが敬意を向けられている本人は、現状が不服らしい。

　剣を支えにして立ち上がり、涙を流す。

「なぜ黙って見ていた……私が吐いているあいだに、場外へ蹴飛ばすことも、首を斬ることもできたのに」

「アリアとの試合をまだ続けたかったから」

「これは試合なのかな……？　剣と剣の戦いで、こんなに手加減されたのは何年ぶりか……年下に限定すれば生涯初だ。レイナードくん。双剣を手にしてからの君は、その気になればいつでも私を倒せたはずだ。体を両断してよし。首をはねてよし。心臓を刺してよし。なのにそうしない……試合とは互いが試し合うから試合なのだ。なのに君が一方的に私を試している。こんなのが試合（、）なものか」

「不満かい？」

「君が手加減してわざと負けたというならともかく、手加減した上で圧倒しているのだから、私に不満を訴える資格などあろうはずがない。弱い私が悪いのだ。それに……」

「それに？」

「強い殿方に蹂躙されるというのは、屈辱なはずなのに、悪い気がしない。新しい自分を発見してしまった。レイナードくん、どうしてくれるのだ？」

「悪いけど責任はとれないよ」

「ひどい男だな。私を目覚めさせておいて、一度限りの遊びで終わらせるつもりとは。年が近くて私より強い男なんて、君しか知らない。逃してなるものか。是が非でも、私に惚れさせてやる」

　みぞおちを強打されたあげく、振り回された遠心力で、アリアは臓器の全てをひっくり返されたような苦痛に襲われているはず。

　なのに、もうそれを感じさせない顔。

　剣を両手で握り、上段に構える。全力で斬撃を放つことだけを考えた構え。攻撃しか頭にない。回避も防御も捨てている。

　惚れさせる、と言ってから見せる姿勢がこれか。

　これがアリアにとっての求愛行動なのか。

　面白い。惚れてしまいそうだ。

「参る！」

　アリアは突進してきた。猪突だ。

　なんのフェイントもなしに真っ直ぐ。力強すぎて彼女の爪先の形にリングが抉れた。

　大きな瞳で俺を見つめている。顔が近づいてくる。綺麗だ。容姿も、表情も、動作も。

　剣。フルスイング。俺の顔面に刃が迫る。大気が爆ぜた。音速を超えた証拠。

　俺は双剣をクロスさせて受け止めた。

　攻城用の大砲だって、ここまでの衝撃にはならないだろう。

　けれど俺は一歩も後ろに下がらない。衝撃を殺しきる。

　突進の勢い。体重と剣重。腕力。

　全てを出し切った一撃だったはず。それを止められたのだから、彼女は負けを認めるしかない――。

　そんな俺の予測は、またしても外された。

　アリアは止まった状態から、更に剣を押し込んできた。足を踏み込んで来た。

「よせ。君は全てを出し切った。見事だった。これ以上は悪あがきだ」

「ふん。女心が分かっていないな。これは剣士としての行動にあらず」

　剣聖剣に押しつけたせいで、アリアの剣がヒビ割れ、やがて折れた。なのにアリアは前進する。そうなれば当然、首を二つの剣聖剣に差し出す形となる。

　いかなる名剣だろうと包丁だろうと、刃を押しつけるだけでは切れ味を発揮できず、引くことで初めて真価を発揮する。

　とはいえ、押しつけただけでも多少は切れる。

　アリアは首で俺の剣を押している。自殺行為だ。俺は自殺に加担する気はない。その首がとれてしまわぬよう反射的に力を緩める。

　アリアの睫毛の本数を数えられるほど互いの顔が近づいた。

　そして彼女の唇が、俺の唇に触れた。

　今日、一番の驚き。

「どうだ。私の初めてを捧げてやったぞ」

　その言葉を最後に、今度こそ全てを振り絞ったアリアは気絶した。

　俺は剣を捨て、その体を抱きとめる。

「凄いな。君の勝ちだよ」

　レイナードの勝利を宣言する音魔法を聞きながら、俺はアリアの勝利を称えた。