第18話 いざ尋常に
「俺からいかせてもらうよ」
アリアが抜剣する前に火球を放つ。
彼女にはこのくらい簡単に避けられる技量があると、今までの試合で分かっている。
避けた先に追撃をしてやる――と、俺は身構えていたが、予測を外された。
「ふんっ!」
鞘から剣を抜く。その動作がそのまま斬撃に繋がり、アリアの刃は俺の火球を一刀両断にせしめた。
足を使って避けると思っていたのに、まさか迎撃されるとは。俺は驚きつつ、撃つ予定だった二発目の火球を発射する。
剣を振り抜いたばかりだというのに、アリアは体幹をなんら揺らさず、返す刃で二発目も悠々と防ぐ。
「驚いた。まさか普通の剣で魔法を斬るなんて」
「ほう。普通の剣とな。これでも名のある刀匠の作品なのだが」
「ああ、うん。剣としての質がいいのは分かる。でも、材質がミスリルだったり、魔法効果が付与されていたりしない。出来がいいだけの普通の剣だ。炎や雷を斬れるように作られていない」
剣聖セオドリックだって、魔法を斬るには魔法剣が必要だった。
なぜこんなことができる?
実はアリアも魔法を使っているのか?
けれど魔力を感じない。少しもだ。魔法師ではない者でも、微弱な魔力を持っているのが普通なのに、アリアは本当に微塵も魔力がなかった。なさ過ぎて違和感を覚えるほどに。
「……いや、マジで実際のところ、どうやったの? 俺が勝ったら教えてくれる?」
「教えてやろう、と言いたいが、私も知らぬ。鍛錬を繰り返していたら、いつの間にかできるようになっていた。ゆえに他人に伝授できる類いの技ではない」
「いつの間にかって……それが成功するまで、何度も失敗したはずだ。迫り来る攻撃魔法から逃げずに剣を振り下ろす特訓を、数え切れないほどやったはずだ」
「無論、成功するまで、何度もこの身に攻撃魔法を喰らった。だが案ずるな。今は性能のいいポーションが流通している。乙女の柔肌に火傷のあとは残っていないぞ」
「痛かったろうに」
「痛かったさ。なにが一番痛いかと言えば、もうそんなことはやめてくれと泣いて懇願してくる両親の涙が、最も心に突き刺さった」
「でもやめなかったんだ」
「ああ、やめないさ。強くなりたかったからな」
分かる気がする。
前世の俺は、平和を守るために強さを求めた。平和を守れという人々の期待に応えるために強くなった。
けれど、それとは別に、強くなりたいという純粋な想いもあった気がする。
現にこうして、世界の平和と無縁な立場になっても、強さというものに興味津々だ。
俺は魔法でどこまで強くなれるんだろう。あの人の剣はどのくらい強いんだろう。俺たちが戦ったらどうなるんだろう。
そんな比べっこも大好きだ。
「俺も昔、似たようなことをしていたなぁ」
「昔か。子供がなにを、と鼻で笑いたいが。君にはどうしてか、それを口にする資格があるように感じる。私の勘違いでなければいいのだが」
「さて、どうだろう? 魔法に関しては本当に見た目通りの経歴しかないからね。君を満足させられるか……試してみよう」
火球の二連撃が防がれた。
ならば次は単純に、もっと手数を増やしてみようか。
「ほう。これほどの連射をできるのか。未体験だ。面白い」
おおよそ一秒に二発。それが俺の連射速度だ。
かなり速いはず。なのにアリアは全てを剣で斬り、あまつさえ、少しずつ俺に近づいてくるではないか。
凄い。試合中でなければ賞賛の言葉を並べ立てたい。
だけどその余裕がないのだ。どうやって彼女の剣を崩すか、それを考えるのに集中しなければ。
こういう出会いは、生まれ変わってから初である。
「楽しいなぁっ!」
「嬉しいな。私もだよ!」
俺は数日前にマフレナに見せてもらった技を再現することにした。十本の炎矢を形成。それを一斉に発射し直線的な軌道をとらせる、と見せかけてから、それぞれの矢を蛇行させる。あるものは正面から、あるものは背後から、あるものは地面スレスレの低空を進んで下段から。
フェイントを織り交ぜた、四方八方からの同時攻撃。それが着弾するより早く、俺は次の十本を作り出して撃ち出した。
「包囲攻撃で、かつ波状攻撃か。心躍る!」
恐るべきことに、アリアは二十本の矢を全て剣で防ぎきった。
普通の剣で魔法を斬る、という原理不明の技を抜きに考えても、だ。
剣技において、前世の俺が彼女の領域に達したのは、何歳の頃だったろうか。絶対に十代ではない。二十代後半……三十を超えていたかもしれない。
「アリアって何歳?」
「十七だが、それがどうした?」
十七歳。
震えが来る。
天才と出会うというのは、こういう感覚なのか。
驚き。嫉妬。恐れ。憧れ――。
様々な感情が一気に噴き出して、まるで自分が取るに足らない存在に思えてくる。
そして、この天才がどこまで強くなるのか、見届けたくなった。
「認める。今の俺の魔法じゃ勝てそうにない……マフレナ! 俺の双剣を!」
魔法師としての自分を試すために出た大会。
魔法で勝てぬと認めた時点で、心情的には俺の負けだ。
ところが直前に国王が定めたルールのおかげで、剣を手にして試合を続けられる。
ありがたい。
天才を堪能させてもらう。
客席から投げ込まれた剣を、風魔法で静止させる。鞘だけマフレナのところに戻し、落ちてきた剣を受け止め、構える。
「虹色の光彩を持つ剣……剣聖剣の……レプリカか?」
「どうしてレプリカだと思う?」
「本物は一本しかない。なのに君は両手に持っている。少なくともどちらかはレプリカだ。そして本物を持っているのにレプリカを手にする者がいるだろうか? 普通に考えれば、二本とも偽物だ」
なるほど。
一本しかない剣聖剣が二本とも本物だなんて、普通なら……普通じゃなくても考えない。
「だがレプリカだとしても、いい剣なのだろうな。魔法のことなど分からんが、なにか力を感じる。剣としての出来映えも……まあ打ち合ってみれば分かることだ。こちらから仕掛けてもいいのかな?」
「試合中なのに、相手がやめてくれと言ったら攻撃を中断するのかな? いちいち聞かずに仕掛ければいいんだ。緊張でもしているの?」
「……そうだな。剣を手にした途端、君が何倍にも大きくなって見える。緊張どころではない。手足が震えそうなのを必死に我慢している。逃げ出したいくらいだ」
「逃げてもいいよ。しょせんは試合だ」
「ところが逃げたいというのを上回るって、君と戦いたいという気持ちが湧き上がってくる。矛盾しているだろう? 分かってくれるかな?」
「分かるよ。よくあることだ」
「そうか。よくあるのか。勉強になる……それでは……いざ! 尋常に」
アリアは、まるで今この瞬間から試合が始まるかのように闘志をたぎらせた。
俺はそれに応える。才能では彼女が上だろうけど、培った実力はまだまだ俺が上だ。
強い剣士とはこういうものだと、若き天才に手本を示さなくっちゃ。
「応! 尋常に!」
こうして掛け声と共に始める戦いというのも転生してから初めてだ。
前世では、剣聖と呼ばれる前に何度もやった。剣聖になってからも、その称号を簒奪しようとする奴らと何度かやった。
懐かしい。
結局、剣聖の座は誰にも譲らぬまま死んだけど、誰かに継いでもらうとしたら、この少女がいい。
「「勝負!」」
二人の言葉が重なった。
半瞬遅れて、二人の刃が重なった。
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