第17話 決勝戦
俺は客席からほかの選手の試合を観戦していた。
正直、取るに足らぬ。
魔法師だけでなく剣士や槍使いなど、様々な闘法の者たちが出場しているが、レベルが高いとは言い難い。
しかし思い返してみると、前世でも大抵の戦士はこんなものだった。場所や時代のせいではない。並の人間が積み重ねられる努力など、この程度である。だからこそ戦いで命を落とす者が続出する。
アンディ程度でも、ほかの武闘大会なら優勝の常連になれるというのも頷ける話だ。
ただし一人だけ、俺が目を奪われてしまう剣士がいた。
「レイナード様。先程から、あのアリアという少女にご熱心ですね。あのくらいの年齢の人が好みなんですか? ふーん、ほーん、ロリコーン」
俺の隣に座ったマフレナが、目を細めて非難がましく呟く。
「人聞きが悪いな。ロリコンってなんだよ。確かに前世の俺はジジイになるまで生きたけど、今は十三歳だよ。あの子は十代後半くらい。むしろ年上好きって言って欲しいところだね。そもそも、そういう目で見てるんじゃないから」
「どうだか。男なんて若い女に群がるものですからね」
「男を総括できるほどマフレナに男性経験あるとは知らなかったよ」
「……文献を漁れば分かることです」
「本だけじゃ分からないことだってあるさ。それに俺が年下好きだったら、マフレナを好きになったりしないはずでしょ。俺はマフレナが好きだよ」
「そ、そういう言いくるめ方はズルいと思います……!」
マフレナが赤くなって黙ったので、俺は再びリングに視線を向ける。
悠然と立つ少女と、その足下に寝ている大柄な男。
どちらも剣士だった。
身長差は大人と子供ほどだが、剣の腕前の差はそれ以上だった。
少女は小柄な体を生かしてスピードで対抗するかと思いきや、大男の剣を真正面から受け止め、更に押し返した。
そうやってパワーで圧倒しておきながら、真後ろに回り込んでスピードの差も見せつける。
コケにされた大男は怒りくるい、剣をデタラメに振り回した。それは技としては稚拙極まるが、体格に見合った力が込められていて、触れれば体が千切れてしまうだろう。
その猛攻撃を、少女は紙一重で避け続けた。
やがて大男は疲れ果て、動きが鈍る。その瞬間、少女の剣が煌めいて、大男の剣を弾き飛ばしてしまう。
唖然としている大男のみぞおちに、少女の蹴りが襲い掛かった。
それで決着だ。
少女は気絶した相手をつまらなそうに見下してから、ロングスカートをひるがえしてリングを降りる。
「スカートなんて戦いの邪魔だと思っていたけど、認識を改めよう。足の動きが見えなくていいね。動きを読みにくいよ、あれは」
少女は品のいいドレスの上に、胸当て、グローブ、ブーツで防御を固めている。ドレス以外は金属製。アンバランスな組み合わせに見えて、不思議と似合っている。
それは少女が放つ、凜とした気配のせいかもしれない。
美しく、気高い。
そのまま武闘大会と舞踏大会をハシゴできそうな調和が、彼女の内と外にあった。
「このトーナメントの組み合わせだと、決勝は俺と彼女だ」
「あの子が途中で負けるかもしれませんよ?」
「ないない。彼女が棄権でもしない限りあり得ないよ」
そして予測の通り、決勝戦で俺の前に立ったのは、剣を持つ少女だった。
紅の髪をポニーテールに結い、鋭い眼光で俺を見つめている。こちらを子供と侮る気配がない。むしろ警戒さえしている。
いい立ち姿だ、と俺は感心した。
二十歳手前でこの面構えは、なかなかできるものじゃない。
「少年。すでに私の名を知っているだろうが、戦いの前だ。名乗らせてもらう。我が名はアリア。剣に生き、剣に死ぬと決めた者だ」
「俺はレイナード。見習い魔法師だけど、あなたのように命を賭して魔法に殉ずる覚悟はない。魔法だけでなく、できるだけ多くの技を学びたいと思っている」
「……やはり、か。これまでの試合、君は魔法で勝ち上がってきた。なのに動きが魔法師らしくない。なにか別の技を身につけているのだろうと思っていた。あくまで勘だが、剣術を収めているな?」
「凄いな。俺は今日の試合、それほど動き回ったつもりはない。なんなら一歩も動かずに終わらせた試合もある。なのに分かるんだ」
このアリアという少女に、俺は本気で感心していた。
二本の剣聖剣はマフレナに預けている。なぜならこの大会、俺が魔法師としてどこまで強くなったかを確かめるために出場したのだ。剣を使って優勝しても、なんの意味もない。
なのに剣士と見抜かれた。
「レイナードくん。君、剣は持ってきていないのか?」
「客席にいる同伴者に預けている」
「ならば今すぐ剣を持ちたまえ。私は剣士としての君との戦いを所望する」
「お断り申し上げるよ。俺は魔法師としてどこまでやれるか確かめたくてここに立っている」
「ふむ。ならば私が魔法師としてのレイナードくんを倒せば、剣を手にしてくれるのかな?」
「ルール的にそれはありなの? 試合の途中で武器の差し入れが行われるわけでしょ?」
この大会、自分一人で持ち運べるなら、どれほど分厚い鎧で身を包もうと、二刀流になろうと、それどころか大砲を使おうと自由だった。
だからこそ試合中に新しい武器を手にするというのは、ルールに違反していると思う。
「余が認める」
思わぬところから意見が差し込まれた。
国王陛下である。
「対戦者同士が納得しているならば、この決勝に限り、武器の差し入れを認めよう。観客たちもそれでよろしいか?」
客席のあちこちから、それはそれは楽しそうな雄叫びが上がった。反対する声があったとしても、掻き消されてしまうだろう。
「よろしい。ではレイナードとアリアよ。存分に戦うがいい。始めぇい!」
決勝は国王自らが開戦を告げた。
俺は同意したつもりがないんだけど、成り行きで変則ルールになってしまった。
まあ、いいか。魔法だけで勝てばいいのだ。
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