第14話 回復魔法で魔力を回復

「よいですか。たとえば炎系は……このように」


 マフレナは湖に向かって火球を放った。

 つい見とれてしまった。

 俺よりも小さな魔力で、より高い威力だった。


 さっきの自分が恥ずかしくなる。剣の握り方を覚えたばかりの初心者が、名高い剣豪に己の剣技を誇るがごとき醜態を晒していたのだ。


「慣れてくれば、このような真似もできます」


 今度は十本の炎の矢が飛びだした。それらはただ真っ直ぐ飛ぶだけでなく、複雑な動きをし、互いが絡まり合いそうな軌道を描きながら俺の周りを旋回した。

 次いでマフレナは、氷の矢を十本放って、炎の矢とぶつけて相殺せしめた。蒸発した氷が湯気を作り、そよ風に散っていく。


「いかがでしたか?」


「一つ一つの魔法は、特殊なものじゃない。けれど早業だった。正確だった。派手な大技よりも凄いことだと思う。前世でマフレナの魔法を何度も見たけど、自分で魔法を使えるようになって、その凄さが初めて分かったよ。いや、分からないのが分かったと言うべきかな。技術力に差がありすぎて、凄いということしか理解できない」


「さすがです。剣術と魔法の違いはあれど、レイナード様は、技を極めし者です。そういう人は、魔法の上達も早いでしょう」


「そうだと嬉しいな。で、なにをすればいい?」


「反復練習を。今まで覚えた攻撃魔法は忘れてください。私が一つずつ手本を見せるので、それを真似てください」


「分かった。基礎からやり直しだね。心躍るよ」


 心躍るというのは本心だ。

 今まで覚えてきた魔法は間違っているとハッキリした。そして正しい方向へ導いてもらえる。

 迷いなく、ただ愚直に努力だけすればいい。そんなの楽しいに決まっている。


「……レイナード様。もう三時間も休まず攻撃魔法を撃ち続けています。その集中力は尊敬しますが、休まないと魔力切れで気絶しますよ。気絶したら私、えっちなイタズラしますよ?」


「えっちなイタズラは困るなぁ」


 仕方ない。

 十分な休息をとるのも修行の一つだ。

 素直にマフレナの隣に腰かけようとして、ふと思いついた。

 俺の回復魔法は規格外だ。本来は治せそうにないものでも治す。

 ならば、自分の魔力を回復させることだってできるんじゃないか?

 魔法の使いすぎで減った魔力を魔法で回復させるなんて、どう考えたって理屈に合わない。分かっている。なのにできる気がしてならない。


「回復!」


 肉体ではなく魂に回復魔法をかける。


「ええ!?」


 驚きの声を上げたのは俺ではなくマフレナだ。

 外から見てもハッキリ分かるほど俺の魔力が復活したのだ。


「そんなの……インチキですよ」


 彼女は呆れと恐れを混ぜたような声で呟いた。


「俺もインチキだと思う。でも、これで無限に練習できるぞ。うおおおおっ!」


 攻撃魔法、攻撃魔法、攻撃魔法。攻撃魔法。

 回復魔法。

 攻撃魔法、攻撃魔法、攻撃魔法。攻撃魔法、攻撃魔法。

 回復魔法。

 攻撃魔法、攻撃魔法、攻撃魔法。攻撃魔法、攻撃魔法、攻撃魔法。


 空が赤く染まる頃、俺はようやく止まった。体力も魔力もあるのに、気力が尽きたのだ。

 くそ。もっと続けたいのに。そうだ、気力も回復魔法で……。


「いや、本当に休んでください。なんで若干、もうちょっといけるみたいな顔なんですか。師匠として怒りますよ。めっ!」


 怒られたので今日は本当に終了だ。

 確かに、一日でこれ以上を求めては強欲すぎるだろう。 

 俺は魔法師として、これからなにをすべきかの手本をマフレナ見せてもらった。

 とても実りある一日だった。

 上機嫌で実家に帰る。

 いつもならアンディが俺を探して回っているのだが、今日は大人しい。

 スムーズに階段下の自室に戻って、メイド服から私服に着替えた。

 気分を変えるため二階のバルコニーに行くと、そこでアンディが読書していた。


「兄様か。なにをしにきた」


「ただ空気を吸いに来ただけだよ。なにを読んでいるんだ?」


「初心に戻るため、大魔法師マフレナ・クベルカの著書『攻撃魔法入門』を読んでいた。僕はこれで魔法を覚えた。初心者でも分かりやすく、それでいて奥義への足がかりになる。本当にいい本だよ。マフレナ・クベルカは、あの剣聖セオドリックの時代に活躍したけど、エルフだからまだ生きている可能性が高い。きっと、あらゆる欲求を断ち切って、魔法の研究を続けて、高みに至っているんだろうなぁ。僕の憧れの人だよ」


「そうか」


 残念ながら、お前が憧れるマフレナは、俺の奴隷でメイドだ。

 欲求を断ち切るどころか、えっちなお仕置きだの、えっちなご褒美だのと、よからぬ妄想で頭がいっぱいになっているぞ。


「僕はこの本に書かれていることを忠実に再現していると自負している。きっとマフレナ・クベルカがここにいたら、君こそが一番弟子だと褒めてくれるだろう」


 いや。お前の魔法をコピーしてマフレナの前で使ったら駄目出しされたぞ。


「言っておくが、この本は僕のだ。兄様には貸さないからな。まあ読んだところで理解できないだろうけどな!」


 書いた本人に直接習ってるからいいよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る