第12話 百連射

「つもる話は色々あるけど、今日のところは実家に行くよ。明日、また来る」


「レイナード様、お待ちください。つもる話を積もらせ過ぎでしょう。もう少し崩してください。剣聖だったあなたが、なぜ私を遙かに超える回復魔法を使えるのですか?」


「ああ、それか。気になるよね。でも俺にも分からない。生まれつきの才能としか。その才能が前世からあったのか、生まれ変わったことで身についたのかも分からない。俺の回復魔法は、生物以外にも作用する。だから折れた剣に回復魔法をかけると、二本になる」


「そう、それです! 折れたはずの剣聖剣が、なにゆえに元通りになっているのか疑問だったんです。レイナード様が直しただなんて……しかも、もう一本のそっちもレプリカではなく本物なんですか!?」


「どっちが本物でどっちがコピーか分からなくなったから、両方とも本物と言って差し支えないかもね」


 俺は剣を二本とも抜いて手に持った。

 刃から虹色の光を出す双剣を見て、マフレナは目を丸くした。


「間違いなく私が作った剣です……回復魔法で物体を複製するなんて聞いたことありません。それ本当に回復魔法なんですか!?」


「分からないよ。でも、おかげでマフレナの命も助かったんだ。いずれ原理を解き明かしたいけど、今は便利な能力に感謝しよう」


「確かに……今は結論を出せそうにありませんしね……」


「疑問と言えば。マフレナはなにと戦って黒焦げになったんだ? どういう攻撃を受けたら剣聖剣が折れるの? 魔族の攻撃を受け止めても刃こぼれしなかったんだよ」


「……刃こぼれしなかったのは、レイナード様の技術のたまものでしょう。私の剣技は未熟なので、受け流すことができず、衝撃をまともに喰らったのです。とはいえ、雑魚の攻撃では、どう受け止めようが剣聖剣に傷一つつかないというのも事実」


「ドラゴンと戦った?」


「はい。それも私が戦ったのは、邪竜です」


「暗黒大陸に住むというあの!?」


 暗黒大陸は魔族が数多くいるとされる場所で、存在は語られるが実際に上陸した者の話は聞いたことがない。実在を疑われる大陸だ。

 邪竜はそんな暗黒大陸にいると噂される生物で、強大なドラゴンの中でも、最上級の力を持っている。

 おとぎ話のような相手だ。

 けれどマフレナはそれと戦ったらしい。


「遭遇は偶然でした。森で薬草を集めていたら、いきなり空から恐ろしい気配がして……真っ黒なドラゴンでした。ただのドラゴンであれば、一対一でも対処できます。けれど、そのドラゴンに対して私は防戦一方でした。いえ、爪の一撃を受け止めたら剣が折れたので、防戦すらままならなかった、と言うべきでしょうか。邪竜だ、と思った次の瞬間、ドラゴンブレスが来ました。私の防御結界を容易く貫き、焼き尽くし……悠々と飛び去っていきました。目的は分かりません。あの目つきを見るに、きっと目的などないのでしょう。散歩をしていてて、適当な獲物を見つけたので襲い掛かってみた。そんなところでしょうか」


「散歩か。ドラゴンも生き物だ。散歩くらいするだろうね。そして目的のない散歩じゃ、予測なんかできっこない」


 強大な力を持つ者なら、その行動になにか理由が欲しいところだ。

 けれど実際は、強いからこそ気まぐれに動ける。

 馬鹿みたいな力を持つ者が、なんの信念もなしに暴れる。これほど恐ろしいことがあるだろうか。


「親切な冒険者がマフレナを病院に運んでくれたみたいだけど。剣はどうして古道具屋にあったんだろう?」


「派手な戦いだったので、大勢に目撃されていたでしょうから。私を病院に連れて行ってくれた冒険者の前に誰か来たのか。その逆か。なんにせよ、邪竜の一撃で魔法効果も吹っ飛んだので、ただの折れた剣にしか見えなかったでしょう。古道具屋に売られ、レイナード様のところに流れ着いたのは幸運でした」


「そうか。剣と再会し、マフレナとも再会し、俺はよほど強運なんだな」


 転生なんてした時点で、一生どころか二生分の運を使い果たしていそうな気がするけど、俺の命運はまだ尽きていないらしい。


「お互いの近況の情報交換ができてよかった。さて、今度こそ俺は帰るよ」


「え!?」


「まだなにかあるの?」


「そりゃあるでしょう。いいですか。私はメイドで、奴隷ですよ。首輪してるんですよ。私はあなたの命令に逆らえません。こんな……こんなえっちな状況で帰るんですか? なにもせず?」


「マフレナってそういう冗談言うんだ。もっと真面目な性格だと思ってたよ」


「ええ、真面目ですよ。自分で言うのもなんですが。おかげで五百年以上も生きているのに、男性経験の一つもありません」


「そ、そうなんだ……」


「ですが……そんな奥手な私でも、初恋はしましたよ」


「へえ。君みたいな美人でも、初恋を実らせられなかったの?」


「はい。実りませんでした……なにせ相手は、あなたなのですから」


 マフレナは俺を真っ直ぐ指さした。


「お、俺……?」


「ああ、そのご様子。本当に微塵も察していなかったのですね。この朴念仁。ずっと大好きでした。なぜ強引に押し倒さなかったのかと、ずっと後悔していました。それが女神様の気まぐれで、こうしてチャンスが巡ってきたのです。もう逃しません……!」


 マフレナは瞳をうるおわせ、俺の両頬に手を添えた。

 真剣だ、と朴念仁の俺でも分かった。

 俺が結論を出さない限り、この家から出さないという覚悟を感じる。

 なら応えなければ。


「マフレナ。俺も男だ。君のような美人を抱けるなら抱きたい。朴念仁か。確かにそうだろう。戦いの連続だった。男女の機微など分からない。そのくらいハッキリ言ってくれないと察することさえできない。だが、もう聞いてしまった。君は知らないだろうけど、俺にも人並みの性欲がある。それを発露させる時間がなかっただけだ。その全てを君にぶつけるぞ。逃しはしない。君から誘ってきたんだからな」


 俺はマフレナをベッドに押し倒す。

 唾を飲み込む音が聞こえた。はたして俺のか、彼女のか。


 女を抱きたいと前世から願っていた。だがそれは顔のない誰かだった。やるにしても娼館で金を払ってのものだろうと想像していた。

 まさかマフレナが。

 美しいとは感じていた。けれど、そういう関係になるとは思いも寄らなかった。だからこそ興奮する。

 あの生真面目でお堅いマフレナが、メイド服を着て首輪をつけて、熱っぽい視線と吐息で、俺を誘惑してきた。

 猛る。

 前世から拗らせてきた童貞。熱い猛りをぶちまける。


「ああ……レイナード様……私は幸せでございます……」


「まだだ! 回、復……!」


「ええっ!? 出したばかりなのも、また猛々しく……」


「マフレナから誘ってきたんだからな。容赦はいないぞ!」


 回復。回復。回復。回復。回復。回復。回復。

 発射。発射。発射。発射。発射。発射。発射。


「も、もう無理……お願いします……少しでいいから休ませてください……」


「まだまだ! 回復ッ!」


「頭が真っ白に……意識が……」


「寝るなマフレナ! 回復!」


「そんな、私の頭に回復魔法を……!?」


「うおおおおおっ! 出すぞ受け止めろ! そして回復! うおおおおおおおおっ!」


「もう無理です! 私、死んじゃいます!」


「死なないさ! 俺の回復魔法があるからな! 一晩中出し続けるぞ! 回復ぅぅぅ!」


 回復びゅる回復るる回復るる回復るる回復るる回復るる回復るる回復るる回復るる回復るる回復っ♥


 そうして俺は、三桁の回復を行い、朝日が昇るまで発射を繰り返した。


「ごめんよマフレナ……ちょっとやりすぎたよ。けど、マフレナから誘ってきたんだからね」


「……ほっといてください。下半身の感覚が完全にないんです。死ぬかと思いました。というか私、生きてますか? ふわふわして、自分の体じゃないみたいです……」


「大丈夫、生きてる。だから今夜も……」


「はあ!? 下半身の感覚がないって言ってるでしょう! 今夜もしたら……私、ずっと寝たきりになりますよ! ほら実家に行くんでしょう。この家には一週間くらい来なくていいですからね。もう、可愛い顔して獣なんですから……」


 昨日はあんなに求められたのに。

 一晩抱いたら、一週間は来るなと言われてしまった。

 人生は無常だ。

 俺はとぼとぼと王都に向かう。


「レイナード様! その、どうしてもというなら、今夜でもいいですよ! て、手加減してくれるなら……!」


 二階からマフレナの声がした。

 それで元気を取り戻すのだから、俺も単純な男である。


 人生は楽しい。

 共に歩んでくれる人がいれば、なおのことだ。

 こういう風になりたいと思っていた生き方に、かなり近づいてきたぞ。

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