第11話 エルフ復活!

 彼女は剣を作ってくれただけでなく、戦場で背中を預けられる頼もしい仲間だった。

 絶対に死なせたくない。

 俺の回復魔法は、どんな傷でも治せる。アイテムにも通じる。ならば、この体を蝕む『呪い』にも対抗できるはずだ。


 黒く焼けただれた肌が、新雪のように白くなっていく。長く形のよい腕と足が生えてきた。人相どころか目と鼻がどこにあるのかさえ漠然としていた顔が、絶世の美女の姿を取り戻していく。その細い体と豊満な胸部を覆うように白銀の髪が腰まで伸びる。


「よかった……治せた……また会えて嬉しいよ、マフレナ・クベルカ」


 マフレナ・クベルカ。

 それがこのエルフの名だ。

 俺は彼女との再会に心を躍らせているけどれど、向こうからしたら知らない男と二人きりの状況だ。

 本来は優しげな顔立ちなのだが、表情を警戒心で染め、険しいものにしていた。


「……少年。私の名を知る君は誰ですか? 私はあの状態でも周りの音が聞こえていました。だから少年が私を買い、そして治してくれたのは理解しています。ありがとうございます。けれど何者なのですか? この私でさえどうにもできなかった呪いを、どうして容易く消せたのですか。どこで私の名を知ったのですか?」


 その疑問に対し、俺は言葉ではなく、行動で返答した。

 剣を抜き、構え、空に向かって振り下ろす。

 前世から繰り返してきた、ただの素振り。

 大抵の者は、それがどうしたと思うだろう。剣に覚えがある者なら、手足が伸びきっていない子供の技ではないと目を見張ってくれるかもしれない。

 そして前世の俺を知っているマフレナならば――。


「剣聖……セオドリック様…………?」


 ほら、やっぱり。

 一目で俺だと分かってくれた。


「そうだ。久しぶりだね、マフレナ。三百年ぶり。と言っても、俺の体感時間じゃ十三年なんだけど」


「そんな……だってあなたは死んで……その姿は……まさか転生したのですか? しかし記憶を完全に保ったままの転生なんてありえるのですか……?」


「俺もよく分からない。死ぬ直前、女神様の声が聞こえたんだ。お前は頑張ったから転生させてやる、と。それで気がついたら十三年前、赤子になっていた。まさか前世の友人に会えるなんて、想像もしてなかったよ」


「女神様が……信じられないようで、どこか納得する話です。確かにあなたの功績ならば、人生をやり直すくらいのご褒美があって然るべきという気がします。とにかく理屈はなんにせよ……あなたと再会できたこと、心の底から嬉しく思います、セオドリック様!」


 そう言って、マフレナは俺に抱きついてきた。

 こんなに積極的なスキンシップをしてくるなんて、俺の知る彼女のイメージにそぐわない。

 けれど当然かもしれない。

 あれほどの、怪我という言葉では片付けられない、おぞましい状態になり、ずっと一人で耐えてきた。

 そこから生還し、古い知人と会えたのだ。

 どんな強い心の持ち主でも、緊張の糸が切れ、なにかに縋りたくなって当然だ。


 かつて世話になったマフレナの支えになれるのは名誉なこと。いくら恩返しをしてもし足りない。

 しかし、この状況には一つ問題があった。


「マフレナ。落ち着いた?」


「はい……見苦しいところを見せてしまいました……」


「いや、見苦しいなんてとんでもないよ。まあ、目のやり場に困るのは確かだけど」


「え。あ……きゃぁっ!」


 ようやく彼女は、自分が裸に奴隷用の首輪をつけただけの姿だと気づき、短い悲鳴を上げながら布団に潜り込んだ。


「うぅ……えっち……」


 マフレナは朱色に染まった頭だけ出し、恨めしそうに俺を睨んでくる。


「その抗議は理不尽だと思う。確かに見たし、綺麗だと思った。だけどわざとじゃない。不可抗力だ」


「分かっています……分かっていますけどね……」


「そうだ。君を買ったとき、奴隷スターターキットとかいうのをもらったな。ええっと……メイド服が入ってる……とりあえず、これを着てよ」


「着替えるので、しばらく壁を見つめていてください」


 そして濃紺のロングワンピースと白いエプロン姿になったマフレナは、まだ機嫌悪そうに目を細めていた。


「セオドリック様」


「……レイナードと呼んでくれ。それが今の俺の名前だ。剣聖の名で呼んでいたら、今後、トラブルが起きるかもしれないから」


「今後、ですか。セオド……レイナード様は今後、私をどうなさるつもりですか?」


「どう、とは?」


 俺が質問すると、マフレナは首輪に指先で触れる。


「あなたは私を奴隷として買ったのです。この首輪には魔法効果が付与されていて、レイナード様が本気で命じたら、私は逆らえません。私はレイナード様の奴隷です。なにをさせるつもりですか?」


「……考えていなかった。ただ死にかけた君の気配を感じて、なんとかしなきゃと思って。ただそれだけだった。命令するつもりはない。だけど頼みたいことがある。この家を管理して欲しいんだ」


 俺は実家での立場や、この家を手に入れるに至った経緯、いずれ独立するつもりでいることなどを語った。


「なるほど。家を任せるなら、私はうってつけでしょうね。知らぬ仲ではありませんし、家が何者かに襲われても迎撃できますし。レイナード様に心のこもった『おかえりなさい』も言えますよ。引き受けましょう」


「助かるよ。そして凄く嬉しい。ここに来れば、いつでもマフレナに会えるってことだからね」


「……で、できるだけ頻繁に帰ってきてくださいね」


 マフレナはまた赤面していた。ちゃんと服を着ているのに。なぜだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る