第10話 死にかけのエルフ

 俺の前世、剣聖セオドリックが死んだのは三百年も前だ。

 そのときの知人が生きているなど、普通はあり得ない。

 だが、この気配の主は、人ではあるが人間とは別の人種。千年以上の寿命を持つエルフ。

 剣聖剣として名高い、俺の魔法剣を作ったエルフである。


 優れた魔法師であり、錬金術師。

 幾度も肩を並べて戦った、俺にとって友人と呼べる数少ない者の一人だ。


 それにしても、この奥から感じる奴の気配が、信じがたいほど弱々しくなっている。

 まさか奴隷として売られているのか? あの強大な魔法師が?

 信じがたい。

 俺の足は自然と奴隷市に吸い込まれていった。


「いらっしゃいま……ここは子供が来るところじゃないぜ?」


「金はあります。奴隷を見せてください」


 俺は財布を開いて、金貨を見せびらかす。

 それで対応はガラリと変わり、俺は奥へ通された。


 檻の中に、首輪と鎖で繋がれた女性たちが大勢いた。檻は清掃が行き届いていて、奴隷たちはまともな服を着ていた。風呂も定期的に入っているのだろう。

 表情には余裕があり、俺に手を振ってアピールしてくる奴隷もいた。

 なんというか、ウォンバード男爵家における俺より、いい暮らしをしている気がする。

 店員いわく、男の奴隷は別フロアに集められているらしい。そちらも一応見た。


「奴隷はこれだけですか? たとえばエルフの奴隷なんかは?」


「エルフは……いるにはいます。が、オススメはしません。見ればその理由が分かるでしょう。こちらへ」


 俺は更に奥へと案内された。

 そこは、さっきまでの朗らかささえ感じた場所と違い、人生の終着点のような薄暗さがたちこめていた。


「ご覧の通り、人体の一部を欠損した奴隷たちがここにいます。そうなった理由は様々。魔物との戦闘で大怪我をした元冒険者。敗戦国の兵士。片腕を切り落とされた罪人。親に虐待されたあげくに捨てられ、路頭に迷って自ら奴隷市に駆け込んできた子供」


 そんな者たちでも奴隷になれば、自由と引き換えに飯にはありつける。


「それで、エルフは?」


「あちらの檻です」


 店員が視線で刺した先を見て、俺は絶句した。

 黒い塊がベッドに転がっていた。最初は、それが手足を失った人だと分からなかった。

 耳が尖っている。エルフだ。

 全身が炭化したように黒い。いや……ように、、、ではなく本当に炭になっているのか?

 おまけに呪いに浸食されている。

 エルフはこんな状態なのにずっと強力な回復魔法を自分にかけていて、しかし呪いに阻まれ、現状維持がやっとという様子だ。


 そして、その回復魔法を見れば分かる。俺の知っている彼女である、と。


「このエルフは、どうしてこんな状態に?」


「ここに運ばれてきた時点でこうでしたから、詳しいことは分かりません。病院が彼女をこの店に売りに来たんです。身寄りのない者を治療し続けても益がないと。病院の者いわく、彼女は遠く離れた森で、冒険者に発見されたようです。どこの森かまでは聞いていませんが……彼女の周りは広範囲に渡って木々が焼き払われ、それどころか岩が融解していたんだとか」


「広範囲が焼き払われて、岩が融解? まるでドラゴンブレスでも喰らったような話ですね」


「ええ。見つけた冒険者も、このエルフはドラゴンと戦闘したのかもしれないと思ったようです。ご存じでしょうが、ドラゴンは強い。人間だろうとエルフだろうと、一人で太刀打ちできるような相手ではありません。それと戦った。冒険者のような職業であれば、尊敬を禁じ得ないでしょう。だから病院まで運んだというわけです」


「けれど病院とて慈善事業ではないから、冒険者から受け取った治療費が尽きれば、それ以上の治療はしないと」


「そういう感じです。まあ、治療費といっても、病院にできることはほとんどなく、宿代と表現したほうが正しかったかもしれません」


「それにしても……この状態でも売れるんですか?」


「お客様の中には、欠損した奴隷を好む方々がいます。まあ、全身黒焦げではそういったお客様の食指も動きづらいようですが……エルフは貴重です。どんな状態でも需要はあると考えています」


「確かに貴重ですね。王都には色々な人がいますが、エルフを見たのは初めてです。とはいえ、いくら貴重でも、これではなかなか売れないでしょう。実際、欲しいという人が一人でもいましたか?」


「いえ……正直に申せば、誰一人としていません。見込みが甘かったのです。このままでは売れる前にエルフは死んでしまうでしょう」


「田舎の村ならともかく、王都では死体をその辺に埋めて処理するのも許されない。仕入れ値を回収するどころか、更に経費がかさんで大変ですね」


「ええ……なので、こうなったら無料でもお譲りしますよ」


「分かりました。このエルフ、俺が引き取ります」


「え!? あの、今日にでも死ぬかもしれませんよ?」


「分かっています。実は俺、魔法の研究をしていまして。高い魔力を持つ種族であるエルフは、研究素材として一級品です。生きたエルフを解剖するわけにいきませんが、死体ならば許されるでしょう」


「なるほど……そういう需要もあるのですか。無料と口走ったのは失敗でした。が、口にした以上、こちらの負けですね」


 俺はエルフを手触りのいい布で包み、鞄に入れて背負った。

 どんなに大きな鞄だろうと普通は人が収まったりはしない。しかし彼女は手足がないので頭まで入ってしまった。

 それをできるだけ慎重に湖畔の家まで運び、ベッドに寝かせる。


「回復!」

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