第9話 回復魔法で廃墟を直す
「お喋りスライムが消えると、本当に静かな湖畔だなぁ。けれど無音じゃない。小鳥のさえずり、波の音、木々が揺れる音……耳を澄ますとささやかに聞こえる。いい場所だ」
前世は、戦いの連続だった。
今世は、腹の立つ弟と義母と顔を合わせる毎日。
ここで癒やしを感じたことで、逆に自分の心が荒んでいたと実感した。
俺は湖畔に建つ屋敷に近づいていく。
鉄製の塀がところどころ錆びたり、曲がったりしている。それを回復魔法で瞬時に修復。
そして門を潜った先にあるのは……完全に崩壊した建物だった。
散らばる破片から、もともとはレンガと木材を組み合わせて作られた立派な家だったろうと想像できるが、無惨に押しつぶされている。おそらく、さっきの巨大スライムの仕業だ。
俺の回復魔法は生物だけでなく、あらゆる物体に作用する。だけど修復する範囲が広くなると、それだけ魔力を消費する。
家一つを直せるのだろうか……。
「回復!」
全力で魔力を振り絞る。
すると地面に広がっていた瓦礫が空に浮かび上がり、見えない手が積み木を組み立てているがごとく、二階建ての家があっという間に復活を果たした。
「はぁ……はぁ……疲れた……大きめの家でこの疲労か……これより大きいのを直すのは無理っぽいな……」
疲労感が凄まじいが、それに見合った成果を得た。
あの不動産屋が別荘地計画をスタートしたのは二十年前らしいけど、俺の前に建つ屋敷は、その月日を感じさせない。完全な新築だ。
俺は呼吸を整えてから、不動産屋から渡された鍵を差し込んで回す。
家の扉を開くと、内装もピカピカ。
木の香りがする。
まだ誰も住んでいないから、当然、家具はない。
自分で用意しないと。
それが俺をワクワクさせた。
二階の窓から湖を眺めながら、思いを馳せる。
前世で剣聖と呼ばれた俺は、名声に相応しい報酬も得ていた。しかし戦場に身を起き続けたから、家にこだわったりしなかった。
俺は初めて、自分の住処を作るのだ。
「家具を揃えるだけじゃなく、管理する人も欲しいな。おかえり、って言ってもらいたい」
家を任せられるほど信用できる人。
メイドのエリスをスカウトするか。いや、しかし、エリスは有能なメイドだけど、体力的には普通の若い女性だ。王都から馬で三十分かかる場所に住んでくれというのは酷だろう。
俺は自分の足でも三十分かからないが、エリスだとちょっとした買い物が大冒険になってしまう。
管理人については、そのうち考えよう。
まずは家具だ。
王都の店を数日かけて巡り歩き、ベッドやら食器やらと注文し、馬車を手配して湖畔の家まで運ばせた。
これでかなり人が住む環境になってきたぞ。
小物にもこだわりたい。オシャレな時計とか花瓶とか置けば、人生に彩りが生まれる気がする。
センスのいい誰かと語らいながら選びたいな。
やはりエリスに手伝ってもらうか……。
と、考えながら王都を歩いていた俺は、とある建物の前で足を止めた。
奴隷市だった。この国では奴隷が合法で、奴隷に対して非人道的になりすぎないよう法整備が進んでいる。
実はウォンバード男爵家のメイドの中にも、奴隷市から買ってきた者が何人かいた。
奴隷には職業選択の自由がなく、主人の命令に従わねばならない。
そして主人は奴隷に対して衣食住を保障する義務がある。
主人は奴隷の生命を可能な限り守らなければならず、理不尽な暴力で殺傷するなどもってのほかだ。
奴隷には魔法効果のついた首輪がはめられ、死亡した場合、役所にすぐ情報が行く。それでもし主人が意図的に奴隷を殺したと分かれば、その主人は罪に問われる。他人が所有する奴隷を殺せば、更に器物破損も加算されて、より罪が重くなる。
というように、この国は奴隷に寛容であり、俺もさほど嫌悪感を持っていない。
しかし俺が奴隷市の前で足を止めたのは、単純に奴隷を買おうと思いついたからではなかった。
その店から、懐かしい気配を感じたのだ。
レイナード・ウォンバードとしての十三年の記憶でなく、前世の記憶に基づく懐かしさだ。
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