第3話 俺の回復魔法は万能だ
弟のアンディから引き離された俺は、メイドたちに交代で世話してもらいながら大きくなった。
そして一人で寝起きできる年齢になると継母のカミラから「ここがあなたの住処よ。妾の子なのに寝床をもらえるのをありがたく思いなさい」と階段下の物置に押し込まれた。
普通の子供だったら狭くて暗いと泣いていたかもしれない。が、俺は前世でもっと劣悪な環境に慣れている。
父ブライアンは、俺をそんな環境に置いていることに罪悪感があるようだが、カミラを軽くたしなめるだけで、なにもできなかった。
そもそもブライアンはあまり家にいないのだ。
彼は戦闘魔法師として国に雇われている。魔物の活動が活発になると、遠征に参加し、何ヶ月も帰ってこないのが普通である。
ブライアンがいないと、もともとやりたい放題だったカミラの傍若無人っぷりに拍車がかかる。
「これを食べなさい。妾の子なんて余り物で十分だわ」
と、カミラは残飯を俺に突き出してくる。
わざと何日かおいて腐らせた残飯だ。
そんなのを食べ続けると、当然、腹を壊す。
見かねたメイドが俺にまともな食事を差し入れてくれたが、それがカミラの逆鱗に触れ、稲妻のような怒声を浴びせられていた。
以来、俺は残飯を主な栄養源にしたが、食中毒になったのは最初だけだった。
回復魔法である。
腹痛で脂汗を流しながら、自分の回復魔法の適性が凄かったのを思い出し「治れ治れ」と念じてみたのだ。
魔法など全く使った経験がない。なのに治ってしまった。
恐ろしい、とブライアンが言っていた意味を実感した。確かにこれは普通ではない。
俺は前世で『剣聖』と呼ばれるに至ったが、それは人よりも努力を積み重ねたからだと自負している。
どうしたらもっと上手くなれるのか、強くなれるのか。思いついたものを全て試し、少しずつ前進していく。
上達とはそういうものだと思っていた。
なのに、根本的に違う。
いきなり力がこの手に転がり込んできた。
いいのか?
本当にこれを自分の力だと思っても許されるのか?
そんな葛藤がないわけではない。が、俺が辿り着いた結論は「まあ、いいか」である。
俺は前世であんなに戦い抜いた。その褒美に女神様が二周目の人生をくれた。だったら楽に生きればいい。
というわけで俺は、残飯から回復魔法を習得した。
俺が体調を崩さないのでカミラは不機嫌になるが、さすがに直接的な暴力を振るってこない。
そう思っていたのだが、五歳になったあたりから状況が変わってきた。
「兄様。今日も草むしりか。貴族の血を引いているのに、下賤の仕事がサマになっているなぁ」
「うふふ。父親が同じでも、母親が違うとこんなにも差が出るのね。私はアンディの母親になれて本当に幸せだわ。それにしても土や雑草に直接触れるなんて……下品ねぇ」
草むしりを命じてきたのはカミラである。それを守っているのに下賤だの下品だのと言われたくはない。
とはいえ五歳で家を失うのは不便なので、逆らわずに黙って仕事を続ける。
すると――。
「アンディ。電撃魔法はちゃんと覚えたわね?」
「はい、お母様!」
「では、忘れないように繰り返し練習しなさい。ほら、あそこで妾の子が草むしりをダラダラやっているわ。電撃魔法の標的に丁度いいわよ」
「え!? 兄様に魔法を……?」
「やってしまいなさい。だって妾の子なんだもの。優しいあなたは出来の悪い兄に、魔法の稽古をつけてあげるのよ。兄が予想以上に愚鈍で、怪我をしたり、死んだりしても、それは事故よ。さあ、やりなさい!」
「なるほど! 分かりました!」
アンディの手のひらから稲妻が俺に飛んできた。
剣聖の動体視力は雷の速度さえ捕らえた。が、体のほうがついていけず、回避は間に合わない。
全身に激痛が走る。
痛い。だがこの程度の痛みは前世で何度も経験した。どうということはない。
それに攻撃魔法の発動から着弾までを間近で観察できた。今後の参考にしよう。
なんなら、もっと撃って欲しい。
「それで終わりなのか、アンディ」
「どういう意味だよ……僕の魔法なんて効かないって言いたいのか? 馬鹿にするなよ!」
アンディは電撃魔法を連射してきた。
一瞬なら平気でも、こう長時間続くとさすがに辛い。皮膚が焦げて白煙が上がってきた。全身が痙攣し、ついに俺はみっともなく絶叫を上げてしまう。
「あああああああっ!」
「兄様が俺の魔法で悲鳴を上げている……あはは、悪くない気分だ!」
「そうよ、アンディ。もっとやりなさい。生意気な妾の子に、立場を分からせてやるのよ」
俺は気絶するまで痛めつけられた。
目を覚ますとベッドに寝かされ、メイドたちが心配そうにしていた。
「ありがとう。でも大丈夫。――回復」
俺が回復魔法を使えるのは、屋敷の者ならみんな知っている。
水仕事であかぎれになったメイドの手を治しているからだ。
しかし、まさか全身の火傷を一瞬で完治させるレベルだと思っていなかったらしく、メイドたちは目を丸くした。
そのあと、アンディとカミラも、平然と廊下を歩いている俺を見て目を丸くした。
「ど、どうしてあの怪我が一日で治るんだ……!?」
「回復魔法だよ。俺の特技はそれしかないからね」
「だからって……いくらなんでも……」
動揺するアンディに、カミラが優しく声をかけた。
「トカゲなんかと同じよ。下等な動物ほど治るのが早いの。いいじゃない。何度でも練習台にできるんだから。むしろ簡単に死なないのなら、遠慮せずに痛めつけられて楽しいじゃない」
「そ、そうか……さすがはお母様だ!」
そうしてアンディは毎日、俺を相手に攻撃魔法の練習を繰り返し、おかげで俺の回復魔法はどんどん上達していった。
またアンディの魔法を参考に、攻撃魔法もいくつか覚えたが、これは誰にも知らせていない。
いずれ出ていく家だ。あまり手の内を晒したくない。
そうしているうちに、十三歳になった。
「ほら、逃げろ逃げろ! おっ、上手く避けたな! いいぞ、褒めてやる。ご褒美に新しい技で痛めつけてやる! サンダーストーム!」
俺の周りで突風が巻き起こった。足止めのためだろう。俺は向こうの思惑に乗って、動けない振りをする。次の瞬間、風と共に電撃が襲い掛かってきた。
なるほど。風と雷の二重属性の魔法か。細々とした敵を動けなくしてから一網打尽にするのに使えそうだ。覚えておこう。
「ぎゃああああ!」
悲鳴を上げて倒れるのを忘れてはいけない。
こうしないとアンディが自信を失って、何日も俺を練習台にしてくれなくなるのだ。
「私の可愛いアンディ。今日も魔法の練習をして偉いわね。それに比べて妾の子は、汚らしい悲鳴を上げて倒れることしかできないなんて……いい気味だわ!」
「兄様、いつまでも寝てないで仕事をしろ。掃除や洗濯が山ほどあるんだぞ。あと、その服をなんとかしろ。ボロボロすぎて不愉快だ。もう少し身なりに気をつかって欲しいものだな」
服がボロボロなのはアンディの攻撃魔法を何度も喰らったせいだ。
身なりに気をつかえというなら新しい服を買って欲しいものだが、当然、そんなことはしてくれない。
たまに与えられるのは「なぜこんなボロい服が男爵家にあるんだ?」と首を傾げてしまうような品である。
アンディとカミラが去ったあと、俺はメイドから糸と針を借りる。破れた服を自分で縫い合わせるのだ。おかげで裁縫がかなり上手くなってきた。
「レイナード様。服を直しているあいだ、裸では風邪を引いてしまいます。これは私のお古ですが、どうか使ってください」
そう言って服を差し出してきたのは、エリスというメイドだ。
エリスは、俺の実母リリの後輩メイドで、かなり仲がよかったらしい。俺の出産にも立ち合ったとか。
その縁で、エリスはずっと俺に優しい。カミラの目を盗んでまともな食事を差し入れてくれた回数は、彼女が一番多い。
「ありがとう。って、メイド服じゃないか……」
「うふふ。きっと似合いますよ。さっそく着替えてください……あらあら! これは予想以上に……リリ先輩にそっくり! リリ先輩のそっくりさんが後輩メイドになるなんて私は幸せです。どうか私のことを『お姉ちゃん』とお呼びください……!」
いつも親切にしてくれるメイドだけど、今日はなんだか怖いくらいグイグイ来る。
妙な趣味を持っていた……というか俺が目覚めさせてしまったらしい。
申し訳ないと思いつつ、身を守るために階段下の物置に逃げ込んだ。
しかし新しい服をもらえたこと自体はありがたい。
一着しかないのは不便だった。おちおち洗濯もできなかった。これからはかなり楽になる。
「それにしても本当にボロボロだな。直すにしても限界がある。これも回復魔法で直せたら楽なんだけど……試してみるか」
回復魔法といえば生き物の怪我を治すもので、それ以外の物体を修復するなど聞いたこともない。
なのに、できるような気がしてならない。
俺はボロ切れのようになった服に、魔力を流した。
すると――。
「直った!」
死んで生まれ変わるという経験をした以上、もはや驚くに値することなんてないと思っていた。なのに俺は心底から驚いた。
素人の手によってツギハギだらけにされた服が、いかなる理屈か、新品そのものになっている。
これは本当に回復魔法なのだろうか。魔法を超えた、もっと別の現象なのではないか。
実に不思議だ。
しかし理屈は今のところ、どうでもいい。
重要なのは、この力が俺の人生を豊かにしてくれるだろうということ。
「壊れたものを安く買って、直して売れば、いくらでも稼げる……」
それだけじゃない。
修復不可能なまでに朽ち果てた名剣を修復したり、機能を失った古代文明の遺物を復活させたり……どこまでできるのだろうか。
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