第3話 恥辱

 店の長椅子は、寝心地は悪くないのだが、狭いので寝返りが打てない。落ちそうになって目が覚めた時、僕はロゼット様が外に出て行く気配に気付いた。

 最強と言われる魔法使いを、魔力の欠片も無い僕が心配するのも変なのだが、外見は可憐な美少女そのもののロゼット様がやはり心配で、僕は跡をつけた。

 湾岸労働者が多いこの町の朝は早く、それに伴って夜が更けるのも早い。日付が変わる前に、通りから人の姿は消えていく。

 ロゼット様は、そんな人もまばらになった通りを、頭からローブをすっぽりと被って歩いた。目的は何なのだろう?

 やがて、大柄で真っ黒に日焼けした男がロゼット様に声をかけた。

「流しの立ちんぼかい? こんな時間から客を捜しても無駄だよ。町の男は、今日の稼ぎを酒に換えてすっからかんさ。アハハハ」

 酔っぱらってご機嫌な男は、千鳥足でそこから離れようとする。

 ところがロゼット様は、そんな男を体当たりするかのようにして倉庫と倉庫の間の暗がりへと押し込んだ。

「な、何だぁ? 悪いが、金なら本当にねぇんだよ」

「お金はいらない。いらないから……ね?」

 一体、何が起きているのか? 僕は倉庫に近付き、二人が入った暗がりに目を凝らした。

「ええっ? よく見たら、とんでもないベッピンさんじゃないか。あんたみたいなベッピンさんが、何てことやってんだ?」

 ロゼット様は何も答えず、背伸びして男の口を自分の唇で塞いだ。そして、舌を絡めながら、男のベルトを外す。

「ああ、ステキ。もうこんなになって……何て大きくて硬いの」

「何が起きてんだ? 飲み過ぎて幻でも見てるのか?」

「お願い、どうかお情けを……この太いのでメチャメチャにして」

 男の一物にロゼット様が顔を近付けると、男はそれを両手で隠した。

「ま、待ってくれよ。訳が分からんが、オレ、荷役だから、汗まみれなんだ。ツケの利く宿屋があるからさ、せめてそこで身体を拭かせてくれ。あんたほどのベッピンさんに、そんな臭ェもん、舐めさせるわけにはいかねぇよ」

「いいよ、臭いの好き。大好きだから……」

 ロゼット様に両手を持たれた男は、抵抗できずに前を開いた。

「あああ……そんな、汚いのに……」

 ロゼット様の小さな舌が、男のグロテスクで巨大なモノの上を這い回るのが見えた。チロチロと蠢く舌が赤く光って見える。

 僕は、初めて経験する心臓を鷲掴みにされる様な切なさに身を捩った。

 雌鶏通りで遊ぶにはそれなりの金がいるが、その分美しい女が揃っている。

 対して、夜の町角に立って客を取る娼婦もいて、労働者相手に小銭で身体を売っていた。深夜になると、宿代をケチって建物の陰に隠れて事を始める輩もいる。

 だが、ロゼット様ほどのお方が、なぜこんな下級娼婦の真似事をしているのか?

「チクショー、そんな清楚な顔して、どうしてこんなにスケベが上手いんだ。クッ……口を離してくれ、イッちまいそうだ」

 男がロゼット様のローブの前を開いた。闇の中で白い肌が輝く。

 獣の様な男の視線に、ロゼット様はため息を漏らした。

「ああっ……恥ずかしい」

「何て美しい肌だ……ペチャパイが恥ずかしいのか? 心配するな、オレは貧乳も好きだ。乳首が勃っているな。攻めがいのある乳首だ。今舐めてやるからな」

 男はわざといやらしくロゼット様の乳首にしゃぶりつく。舌先をグルグルと回転させたり、前歯で甘噛みしたりした。

「あああ……ん」

 ロゼット様の身体が、エビのように仰け反る。

「ヘヘヘ、感度いいな。さて、コッチはどんな声で鳴いてくれるか……」

 男がロゼット様の股間に手を伸ばす。そして、慌てて引っ込めた。

「なんだぁ! あんた、男なのか?」

「うん……でも、そんなにカチカチだし、関係無いでしょ?」

 だが男は、猛り狂った自分自身を、無理矢理ズボンの中に押し込んだ。

「ス、スマン。オレ、どんな美人でも、男は無理なんだよ。他を当たってくれ」

「そんな、ここまでヤッといて。お願いだよ、どんな酷いことしてもいいから、中に思いっ切り出してよぉ」

「ほんとスマン。だけど、最初に男だって言わなかったあんたも悪いんだよ」

 男は酔いが醒めてしまったのか、小走りで倉庫と倉庫の間を出て行った。

 後に残されたロゼット様はひれ伏し、すすり泣く声だけが聞こえた。

 僕はどうしていいかわからず、しばらく黙ってロゼット様の泣き声を聞いていたが、ノラ犬が数匹集まってきたので、ロゼット様を立たせることにした。

「ロゼット様」

「だれ?」

「ジェッツです。リッツばあちゃんの孫」

「いつからそこに?」

「……最初から。ロゼット様が店を出た時からです」

「シクシク……こんな恥ずかしい姿見られて、ボクはもう死ぬしかないよ……」

「ロゼット様。やけになって、この町を吹き飛ばさないでくださいね」

「……いいかも、それ」

「道連れはゴメンです。さあ、どうぞ」

「なに?」

「おぶって帰ります。歩く気力も、転移魔法する気力も残って無いでしょうから」

「……ありがとう」

 ロゼット様は、僕の背中によじ登った。相変わらず軽くていい匂い。

 しばらく歩いていると、ロゼット様は泣き止んだ。

「ロゼット様、月がきれいですよ」

 僕は、少しでも気を紛らわそうと声をかける。

「孫はさあ……」

「はい?」

「……生まれたばかりだから、死ぬほど恥ずかしい目にあった事なんてないでしょ?」

「ははは、一六歳じゃ、エルフの基準だと生まれたばかりなんですね」

「そりゃそうだよ。ボクが生きてきた十分の一だし」

「でも、ありますよ。死ぬほど恥ずかしかったこと」

「あるんだ」

「ええ。ばあちゃんに、センズリしてるとこ見られたんです」

「ああ……それは確かに」

「何度も謝られて、でも、謝られるほど恥ずかしさって増すんですよね」

「うん、分かる」

「ずっと、ばあちゃんの顔も見れなかったんです。でもある日、ばあちゃんったら、スカートを下着の中にたくし上げたまま買い物に行ってしまったんです。帰ってくるまで気付かなかったって」

「誰も教えてあげなかったの?」

「気の毒で言えなかったんでしょうかね。やっぱり、死ぬほど恥ずかしがっていました。その時、気付いたんです。人は誰も、恥にまみれて生きているって。自分の恥ずかしさで精一杯で、他人の恥ずかしさなんて構ってられないって」

「孫、凄いよ。その若さで悟ったんだね」

「悟ったのかどうかは知りませんけど、やっぱり僕の友達も、親や兄弟にセンズリ見られて死ぬほど恥ずかしかったそうです。でも、そんなんで本当に死んでたら、せっかくロゼット様が魔王を倒したのに、人類は自滅してしまいますよね」

 ロゼット様は、僕の背中に顔を埋めた。

「眠くなってきたよ……寝ていい?」

「ええ、どうぞ」

 僕が答えるより早く、ロゼット様は寝息を立てていた。

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