第三話 探す人

ネリアは暗いうちに目を覚ますと、顔を洗い服を着替えて簡単な朝食をとった。終わると誰もいない教場で剣を振った。毎日の習慣だ。心が研ぎ澄ませていく。迷いも何もない、白くて何もない世界で、ただ剣を振るう。


一通り剣を振った彼女は、汗を拭うと鎧を纏い、兵舎に赴いた。そこには、従卒が彼女の馬を用意して待っている。逞しくも均整のとれた筋肉。黒毛のその馬は、気性が荒かったが、ネリアが出会った初日に乗りこなした馬だった。


そんな馬を乗りこなすネリアに、領地の兵は、いつも羨望の眼差しを向けている。ネリアは数人の剣士を従え、城下の街々を巡り、護りにつく剣士達の巡察に赴いた。


ある街に巡察に訪れると、配置している剣士が、緊張した様子でネリアに敬礼をしていた。緊張した様子の若い剣士。ネリアはその姿を見て、過去の自分の事を思い出した。


初めての外地派遣。赴任した頃は、夜盗を追い払い旅人を守る事など日常茶飯事だった。考えることもなく、駆けだしていた。懐かしささえ覚える。そして、あんなことをして、私になんの見返りがあったか。そうも思った。


いつもの剣士の報告を聞き流しながら想いにふけっていると、その剣士は最後に地元の人間の話として、旅の剣士が街に現れたと言った。隣にいた地元の兵は、若い剣士の話を聞いて、門番の当番の時に見たと言い出した。


ネリアは一瞬、はっとした表情を浮かべた。そして、若い剣士に、報告が遅すぎると叱咤すると、兵士にどんな格好だったか、何か話しかたと矢継ぎ早に尋ね始めた。兵士はその勢いに、面繰りながらも答えた。


「古びた長旅用の外套をきていました。黒髪の小柄な女の子で、不愛想でした。冗談を言っても、ニコりともしない。」

「”砂塵の国”の者と言ったので、剣士様ではないかと思いまして、お通ししました。」「目的ですか。すいません。聞いておりませんでした。てっきり、剣士様達の補充要員か何かと思いまして。」

「いえいえ。ちゃんと通行証は見せてもらいました。本物でしたよ。間違いありません。」

「あとは、そうですね。頬に傷がありました。細くて綺麗な一直線。」


兵士は何か問題があるのだろうかと、不思議そうにネリアを見ている。若い剣士はネリアの興奮した様子を見て、直ぐに報告すべきだったと項垂れている。最後に兵士は、剣士の少女の名前を思い出した。


「”ルカ”。たしか、そう台帳に書いてもらいました。」

「台帳をお持ちしましょうか?」


ネリアは憮然として話を聞いていた。のんびりと報告する兵士の傍らで、若い剣士は罰を覚悟して小さくなっている。


”田舎兵士に未熟な奴。私は子守でここに居るわけではない。”

”大切な時期に、素性の分からない剣士の訪問か。”


ネリアは剣士に、剣士の少女を探すように命じた。


「”ルカ”だな。同郷かもしれん。見つけたら、私の兵舎に案内してやってくれ。」


そう言って、踵を返して街を出た。後には気が抜けて座り込む若い剣士と、それを不思議そうに見る兵士が残った。



次の街へ馬を駆るネリアに、付き従う剣士が馬を寄せて来た。


「消すか。計画が迫っている。」


ネリアは剣士に、「問題ない」と答えると、意を同くする剣士は、何も言わずに自分の位置へ戻った。


「ルカ。何者だ。」


ネリアは疾走する馬にまたがりながら、空を見上げた。雲一つない青が広がる高い空。昨日の晩。自分を見下ろしていた月は何処にもない。彼女は一抹の不安をかき消すように馬を走らせた。



ネリアは巡察から戻ると、報告書の作成を従卒に任せて、城下町へ向かった。

街に出ると、人々は尊敬のまなざしでネリアを見ている。皆が会釈をし、子供は「剣士様」と声を張る。ネリアは笑顔でそんな者たち応える。しかし、目は黒髪の頬に傷のある少女を探していた。


昼頃になっても見つからなかった。あまり外出が長くなると怪しまれるかもしれないと、兵舎に戻ろうとしたとき、食堂から包み紙をもった黒髪の少女を見つけた。


まだ若い。長い黒髪に白い肌。右ほほに傷。鋭利な刃物で一瞬にしてつけられたような、きれいな一直線の傷。日に焼けていない肌は、外地に出て走り回っていない事を思わせた。


ただのはぐれ者か。


国にも変わり者は居る。剣士にならず旅する者、傭兵になる者、他国に定住する者。ネリアは少女が何者なのかを探ろうとしていると、視線に気付いたのか、じっとこちらを見始めた。ネリアは隠れる必要は無くなったと、少女に近づいた。


「あなたがルカ?」


ネリアが尋ねた。少女は「そう」とだけ言うと、そのまま何も言葉を発しない。相変わらず黒い瞳だけがネリアを見つめる。

沈黙を破るようにネリアが紙包みの事を聞いた。ルカはパンと果物。あとは少しの木の実だと答えた。ここから南に行き牧草地を抜けてると小高い丘がある。そこで食べるのだそうだ。

そこまで言うと、ネリアを無視するように歩き始めた。そんな態度にネリアは不快さを感じたが、この女が何者なのか、何かの目的があってここいるのかを知らなければならない。計画まで時間がないのだ。


「旅をしているって?珍しいな。」

「私はここの領主の官舎に居る。今晩、食べながら話を聞かせてくれよ。


ルカはうなずくと、そのまま立ち去った。

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