第二話 企み

静寂が包む深夜。女が屋敷の長い長い廊下を、足音を立てずに歩いている。


空だけは故郷と同じか。


女はそう思うと、また廊下を歩き始めた。


大柄な女性。亜麻色の髪は長く、つややかでよく手入れされていた。小柄で眉間の皺がなければ、結婚を申し入れる男性は多かったに違いない。彼女の持つ大剣の柄には美しい文様があしらわれていた。金の縁が美しい流紋は、この領地の門をくぐる剣士たちが付けていたものだ。


砂塵の国。今は「剣士の国」といわれる国から派遣された女。名をネリアという。この領地に派遣された剣士達を束ねる高位の剣士。卓越した剣技に加えて、作戦立案と隊の指揮も行う事が出来る才女だ。剣士の力量を表す「序列」は二位。それを冠する剣士は、剣士の国でも数少ない。


ネリアは領主に呼ばれていた。凝った意匠の扉を開くと、机に目を落とす領主が居た。彼はネリアの無言の入室を、机から顔を上げることなく迎え入れた。


「評議会派の兵力は取るに足らん。地理的にも遠い。事が起きて挙兵しても、その頃には我々は官吏を抑え、王を再び玉座に迎える。」


領主の喜びに耐えるかのよう深く息を吸い、そして、ゆっくりと吐き出した。その光景を見ながらネリアが言った。


「あんたらの根回しってのは大丈夫なのかい。”お友達”が足並みを揃えていないと、王都の鎮圧なぞは出来まい。」

「数が足りないんだよ。だから、虚を突いてなだれ込むしか無いんだ。」


領主は憮然として、問題ないとネリアに答えた。


数年にわたり、王政派は議席を減らしている。議会派が王室の予算を削り、商人や豪農に分け与えることで、票を伸ばしたのだ。王政派が議会から駆逐されるのは時間の問題となった。そして、王政派に見切りをつけた王族は、議会派の助けを借りて、市民となり小さな領地で暮らすようになり始めた。巷では、王の廃位も囁かれている。


議会派が金で王を玉座から引き下ろそうとしている。


王政派は追い詰められ、決起して武力で直接王政を復活させることを決意した。



領主は、ここ数年にわたる計画の詰めをしていた。王政派への根回し。議会派の切り崩し。すべては金のなせる業。最後の詰めが、王都制圧のための兵力だったが、足りなかった。そこに、目の前の女が現れた。


「手伝ってやる。」


女は数人の剣士と、出奔する事を決意した者だった。そこに、彼らの情報網に、領主の動きが掛かった。


「剣士を雇え。その中に私が居るようにしよう。」

「事が済んだら、意を共にする連中と、この国に住まわせてくれ。」

「大丈夫さ。国は他の剣士を引き上げるだけだ。我々が残ろうが、攻めてはこない。」

「国はもう、”戦争”をしないのさ。」


そうして、剣士の国に剣士を雇いたいと金を積むと、ネリア達が派遣されてきた。

彼女たちは、決起と同時に治安維持を理由に王都を封鎖する。領地を守備することで、決起した軍は後顧の憂いなく動ける。そして、領地の守備兵力を軍に組み込める。

これが、ネリアの作った作戦。剣士たちは決起に直接、参加することはない。


ネリアは、ほくそ笑む。


”国は何も言えまい。契約は王都と雇い主の領地の守備。”

”失敗しても、この領主の首をとればいいだけの話。また、腹黒い奴の居る国を探すまでさ。”


ネリアは机の地図を見ながら独り言をつぶやく領主に、優しく「おやすみなさい。」と言って部屋を出た。



ネリアは官舎に戻り、私室に入るとベッドに身を投げた。その身の沈み込みそうな柔らかさと、清廉な香りを楽しみ目を閉じていると、使用人が湯の準備がが終わっていることをネリアに告げた。ネリアは浴場へ赴き、湯につかって埃を落とした。一人用の浴槽で、香油が落とされた花の香りのする湯。それに浸かることが出来るのは、領主や貴族、大商人だけだった。


ネリアは思い出す。国の事を。


赤茶けた乾いた大地。風が吹けば砂塵が空を覆う。野菜はろくに育たず、やせた家畜から取れるのは固い肉だけ。食料の大半を輸入に頼る。国に輸出する物はない。


だから外貨を稼ぐ為に、他国に剣士を派遣する。戦いの術だけが発達した。適正の有る者を剣士に育て上げる。朝から晩まで剣技の練習。夜は夜襲の訓練。敵から追われても生き残るために、山にこもって地を這い、雨水をすすり、森に隠れる。口にする物は、栄養だけを追求した不味い食事。あらゆる試練を乗り越えて、一位人前の剣士になり、他国へ派遣される。


割に合わない。


清貧を旨とした剣士。雇い主からの金は国に送られ、給金は国から渡される。装備や衣類は雇用主に合わせた一流のものが送られてくる。剣も名工が鍛えた一級品が与えられる。しかし、自由になる金は少ない。


ネリアは湯をたっぷりと堪能すると、部屋に戻り寝酒に琥珀色の蒸留酒を口にした。適度な強さとほんのりと蜂蜜の香りのする酒。ベッドに腰かけると窓から夜空を見上げる。そこには昇った月が天中からネリアを見下ろしている。見つめていると、まるで月が自身を視ているようで、ネリアの心はざわついた。


剣士を狩る剣士。


急にその言葉が頭を過ぎり、胸が締め付けられる。剣士は数百年にわたり、国に背く者を輩出していない。それは、「未然に摘み取る組織」があるから。


”ただの噂だ。”


ネリアは自分に言い聞かせる。

あと2か月ほど。準備は怠りはない。大丈夫。上手くいくさ。


そうして、目を閉じると、ベッドに横たわり眠りについた。

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