第一章 第一話 珍しい客
剣士の国。その西方の国。
大陸の西側。交易で栄えるその国は、王政であったが領主と民衆の力が強くなると王は退いて、領主たちの中央評議会で政治を行うようになった。
しかし、王を建国の父として忠義を示す領主たちは、それを良しとせず派閥を作り王政の復活を望むようになる。議会派と王政派。王政派は少数派で、議会派はこれを抑えて政治は安定していた。
その王政派の領主のなかに、力のある王政派の領主がいた。交易の拠点を押さえ、租税で潤っていた。ある時、その領主は大金をはたいて”剣士の国”がら剣士を雇った。その数は百。国軍の一割にも満たない剣士達。しかし、議会派は恐れた。遠い昔に国々を焼き払った剣士達の国。その国から百の剣士達が国に居座ったのだ。
”我は王の剣也”
それからというもの、領主は自らそう言って憚らなくなった。領主は王政派の拠り所となり、彼らは建国の祖が、再び民衆を導くことが実現されることに、現実味を帯びた事で結束を固めていった。
ある日、国の街の外れにある宿に客が訪れた。呼び声をきいて、奥にいた宿屋の主人がカウンターに出ると、剣を携えた小柄な女が立っていた。くたびれた旅用の外套のフードを目深に被り、長旅の途中なのか、大きな荷物を背負っている。外套の隙間から覗く剣の柄だけはよく手入れされ、巻かれた皮が鈍く光って見える。
”旅人だろうか。護衛も付けずに女一人で旅をするとは、さぞかし剣に覚えがあるのだろう”
宿屋の主人は珍しい客だと思いながら、「何日お泊りで?」と聞いた。女は無言で3日分の銅貨をカウンターに置いた。
「二階の角部屋を使ってくれ。」
主人は女に宿帳に名前を書いてもらった。そこには「ルカ」とあった。
主人は決まり事だと言って、女にフードを捲るように言った。そして、手配書の者ではないかと、まじまじと女の顔を見た。フートを捲ると、黒く艶やかな髪が流れ落ちた。まだあどけなさが残る少女。整った顔立ちに切れ長の黒い瞳の目。そして右ほほに傷があった。長くて細く、まるで絵筆で書いたようなきれいな直線だった。しかし、無表情で愛嬌の一つもない。主人は傷がなく笑顔だったら、いい寄る男が居るだろうにと思いながら、彼女の顔を見つめていると、黒の瞳に捕まった。落ちてゆきそうな、深い深い瞳の黒に吸い込まれそうで、本能的に目をそらした。
未だ沈黙の少女。気まずい空気が流れる。主人はとりあえず、どこから来たのかと尋ねた。少女は、また無表情で言った。
「西の果て。砂が舞う国です。」
宿の主人は息を呑んだ。目の前のみすぼらしい少女が”剣士の国”の者だと言うのだ。大陸の覇者であった国。千年の間、西方大陸を恐怖と力で支配した国。訪れた平和の時勢、国々は剣士を雇う事で自らの軍事力を補い、また財力を誇示する。そんな国々を行き交う剣士は、すべからく当千の剣士。
「こりゃ驚いた。お嬢ちゃんは剣士かい。」
「どこの国に雇われた。」
暫くの沈黙の後、剣士の少女は言った。弱い剣士を雇う国は無いと。
主人は不味いことを聞いてしまったと思った。剣士には序列が存在する。それで雇う金が変わり、そして、剣士達は雇い主に相応しい姿で仕える。
数年前の事。この国。主人の土地の領主が剣士を雇った。それを聞いた領民たちは、剣士達の姿を一目見ようと街道に並んだ。剣士達は、白地に金の鮮やかな流紋を纏った甲冑に、薄く青に輝く大剣を携えて、悠然と隊列を組んで領地の門をくぐった。主人も街道に集まった者の一人だった。
目の前の少女は序列を持たないのであろう。だから、武者修行の旅をしているのだろうと主人は思った。
少女は哀れみの目で見る主人に、食べ物屋の場所と、旅用の装備を買いたいと、雑貨屋の場所を聞いた。主人は、街にある評判のいい食堂と、質の良いものしか扱わない雑貨屋の場所を教えた。少女は最後に湯屋はあるかと尋ねた。
湯屋はないが、言ってくれれば部屋に湯を運ばせるよと言った。
少女は礼を言い、宿に荷物を置くと外出した。
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