第16話

「ゆりちゃん起きられる?具合どうー?」

 ドラッグストアで小田と二人、友里恵に差し入れする物を買い込んだ彩矢は、小田と別れて友里恵の部屋へやってきた。

 オートロックを解除してもらって部屋へ入れてもらったが、寝ていたらしい友里恵は眠そうに目元を擦っている。

 起こしちゃったかな、悪い事したなぁ。


「んん……おはよ。ありがとぉー彩矢……朝よりはマシかな……」


 友里恵のトイはというと、ベッドの横に蓋の開いているトックスがあり、その中で丸くなって眠っているらしかった。

 主人であるゆりちゃんの具合悪いから?トイも同じように不調になるって事なのかな?と不思議に思いながら、彩矢のトイに起こさないようにと視線を送った。うんうん、と頷く彩矢のトイは、ふわりと飛んで友里恵のトイの近くに留まり、心配そうに見つめている。

 その様子を見て彩矢は、偉いなぁいい子だなぁと自分のトイながら、ちょっとほめてあげたくなった。


「熱は?測った?」

「んっとね……朝は8度ぴったりだったはず」

「今は……そんなに熱くなさそうだけど、もっかいちゃんと測ろ?」


 トイの事はトイに任せるとして、自分はこちら、と彩矢は友里恵の額に手をあてる。そんなに熱くないことを確認し、一応ね、と枕元にあった体温計を差し出した。


「はぁい。」

「何か食べた?色々買ってきたよ。ゼリー、プリン、おかゆにアイスに、えーっとうどんとかもあるよ。風邪薬はあるって言ってたよね。」


 ドラッグストアへ行ってから、差し入れって何がいいかなと小田が聞いてきたので、彩矢は具合の悪い人なら食べやすいものはこの辺かなと提案したら、小田がどんどん買い物かごへいれていってしまった。

 小田は、彩矢が良さそうだと言ったものを全て取っていくので、一人暮らしだし日持ちするもので、多すぎると食べるのも大変だよとむしろ減らしていったのはここだけの話だ。

 もちろんそんな攻防があった事は一言も言わないけれど。


「アイスぅ。」

「ん、じゃ熱測ったら食べて、薬も飲もう。」


 喋ってる間にピピピと軽い電子音が鳴ったのが聞こえ、友里恵が体温計を取り出して数値を確認した。


「どう?」

「7度ぴったり……もうちょっと、かな?」

「そだね、でもそれだけ下がって食欲があるなら、明日は大丈夫そうだね」

「うん、明日は行けると思う……ありがと彩矢。」

「どういたしまして、こういうのはお互い様でしょ。私が倒れたらゆりちゃんよろしくね。これ冷蔵庫いれとくよー?」

「おっけー。」


 彩矢は買ってきた色々な食材を冷蔵庫へしまってから、二人分のアイスを持って友里恵のいるベッド傍へ戻っていく。

 ヘッドボードにもたれかかるように座った友里恵にアイスとスプーンを手渡して、自分の分を手にベッド横へクッションを置いて座り込んだ。

 これまでに彩矢は何度も友里恵の部屋に遊びに来ているので、勝手知ったるなんとやら、だ。


「私も食べるー。」

「おー、よきにはからえ。」

「こらぁ、買ってきたのは私ですぅ。」


 きゃははは、と女子特有の笑い声がこだまして、彩矢は友里恵の体調が大分回復してきていることを実感した。この様子なら、明日はもう大丈夫だろう。念のため今日このあともゆっくりしてもらえばいい。

 いつの間にか友里恵のトイも起き出していたらしく、彩矢のトイと並んで座りお喋りしている様子が見える。

 彩矢がトイを見たのが解ったのか、友里恵もそちらを見て、仲良く話す様子に二人とも安心したように微笑んだ。


「それで?彩矢はどうしてそんなにいい顔してるの?」

「ん、ぐっ……えほっ、えほ……え、っと?何が?」

「すっごくニコニコしてるじゃん。何かいい事あったんでしょ?」

「んー?アイス美味しいねぇ?」


 手に持ったアイスを一口すくって口に入れたところで、友里恵から爆弾が落とされた。

 驚きに口に含んだアイスを飲み込み誤嚥しかけてむせてしまう。

 もともと鋭い友里恵だし、今日の自分は浮かれている自覚がある。いつの間にか顔が緩んでいるかもしれないとは思っていたけれど、友達の心配をしてやってきたというこの状況でもそんなに浮かれた顔をしていたのだろうか。

 友里恵の体調の回復加減にホッとして気が緩んだから、という理由ではごまかされてくれなさそうだ。


「こーら、ごまかさない。朝からメッセもくれてたのもそれなんでしょ?なんでなの?言いなさーい。」

「うう、バレてる……。」

「彩矢のくせに、あたしに隠し事なんて10年早いのよ。で?」


 ふふん、と嫌みなく笑う友里恵は、同い年のはずなのにとても頼りになるお姉さんの顔をしている。これは話すまで開放してはもらえなさそうだと、彩矢は苦笑した。

 せめて友里恵の体調が万全になるまで待とうかと思っていた彩矢だけれど、学内で話して他の誰かに聞かれるよりも、友里恵の部屋で二人っきりというこの状況の方がいいかもしれないと開き直る。

 そして、彩矢はゆっくり、昨日の朝からあった優斗とのお出かけの色々を、手元のアイスを見つめながらぽつりぽつりと打ち明けていった。





「と、いう、ことで、ですね……えっと、今は、私の返事を優斗さんが、待ってくれてる、ところ、デス。」

「キャー!!やったじゃーん!えっすごい、その人めっちゃいい人だね!ちょっと彩矢いつの間にそんなイイ人いたの!?バイト始めたってのは聞いてたけど、まさかそんな出会いがあったなんて!トイ達にだって素敵な対応してくれて、うわぁいいじゃない……!うまく行ったら会わせてね?彩矢の事いろいろ教えてあげないと!」


 朝からのデートと、最後のアパート前での諸々を、なるべく冷静に、客観的に話したつもりの彩矢だけれど、終始彩矢の頬は真っ赤に染まっていて、話している様子をみていた友里恵はいつ祝福の言葉を言おうかとうずうずしていたらしい。

 彩矢が最後の一言を言い終わるや否や被せ気味のテンションでまくしたてられて、彩矢は慌てて言葉を繋ぐ。


「あの、でも、まだほら返事できてなくて」

「なにしてんのよ、そんなのすぐ返事しなきゃ!やだもう、時間おいたらどんどん恥ずかしくなったりするに決まってんだから、早い方がいいって!」

「そう、思う?」


 優斗がトイ達に慣れるまで待ってくれると言ってくれたのだし、実際自分でも早く返事をしたいとは思ったものの、優斗の言にそれもそうかもしれないと思い直していたところだったので、友里恵の早い方がいいという言葉に彩矢はすぐに反応した。

 少し迷いを見せた彩矢に、友里恵は自信たっぷりに頷いて、彩矢をじっと見つめながら言う。


「時間が空くと色々考えちゃったりするし、悪いほうにしか行かない気がするから、早めの方がいいよ。あたしの勘だけどね。トイに関しては少しずつ慣れてくしかないんだしさ。」


 ウインクしながら言う友里恵は少しの茶化した空気と、真剣な眼差しで彩矢へ助言する。

 色々と考えてしまう、というのは何となく解る気がしたし、自分の気持ちは決まっているのだから、変に時間を置かずに早く返事をしてしまった方が良さそうだと彩矢は頷いた。


「ん、そうするね。……でも、次ふたりで会えるの……いつだろ?あ、そっか、土曜に会える、かも。」

「土曜日?」

「うん、あの……土曜のバイトは夜までだって話をしたら、バイト終わりに、アパートまで送ってくれるって……。」

「へぇー、ふーん、いいじゃんいいじゃん。それじゃ、彩矢の告白はその時だね。」


 ビシッと、手に持ったスプーンを彩矢へ向けてキメた友里恵は、もちろんするでしょ?とニヤリと笑いながら言う。

 一方彩矢は、『告白』というワードに一気に胸が高鳴って、さらには自分から言わなければならないというプレッシャーも感じ、ちゃんと返事ができるだろうかと不安にかられてしまう。

 しかし、ここで怯んでいるわけにはいかないのだ。

 優斗だって、勇気を出して彩矢へ気持ちを伝えてくれたのだから。


「う……うう、が、がんばる……」

「うん、頑張れ!」


 赤い頬を押さえてから友里恵と二人でガッツポーズをした彩矢は、土曜のバイト終わりに、と覚悟を決めたのだった。

 その後は、元気になったトイ二人もアイスを欲しがったので一口ずつあげたり、彩矢が実際になんて言って返事をすべきかを友里恵が何パターンも実演したり、その中身は真面目なものもあったけれどふざけたものが大半で、彩矢が緊張しすぎたり考えすぎないようにと友里恵が気を配ってくれたのだろうと解った。そうして、面白おかしく時間は過ぎていったのだった。




 その翌日から、彩矢は小田と友里恵の話をする仲となった。

 朝の通学の時間が合う日に、通学途中の道で会って、そのまま話しながらキャンパスへ行くのだ。

 小田は電車通学で、彩矢は駅からキャンパスまでの道中を横道にそれた所にアパートがある。そして、二人に話題にされている友里恵はというとバス通学で、駅とは反対方向から校門付近のバス停までやってくるので、二人が一緒にいるところを見られる確率はかなり低い。そのため、朝の通学時間というのはとても都合が良かった。

 最寄り駅からキャンパスまではおよそ1.5キロほどあり、途中の彩矢のアパートからでも一キロを越えた程度はある。

 短すぎず長すぎず、少し話をしながら歩くには丁度いい時間だった。

 ゆりちゃんはね、と彩矢は大好きな友里恵の食の好みやとても頼れるという話などを笑顔で話し、小田は友里恵の凛としているのにたまに見える可愛い部分に惹かれたという話を、少し頬を赤らめながら彩矢に聞かせる。


 その様子は、二人としてはとても楽しい時間を過ごして、友里恵の来る校門前で別れるのだけれど、傍目にはどう見えるかを全く気にしていなかったのだった。


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