第14話

 手をつないだ事に気を取られすぎて、気もそぞろに水槽が並ぶエリアを通り過ぎた二人は、館内アナウンスも聞き逃してしまったけれど、周囲の人やトイが減ったことで何かがありそうだと気が付いた。

 マップと一緒に貰った一日の予定にはおよそ10分後にイルカショーが始まると書いてある。


「まだ間に合うね、行こう。」


と優斗が言うや否や、繋いだままの彩矢の手を引き、屋外にあるショーエリアへと急いだ。

 いくつも順路を飛ばしながら着いた観覧席は既に大分埋まっている。

 少し息を弾ませながら端の方の空いている席に腰を下ろした二人は、その流れで手を離してしまった。


「出遅れたなぁ、ごめん。」

「いえ、私も時間とか全然見てなかったので。」


 並んで座り正面の海水プールを見るけれど、二人ともがお互いを気にしていて、さっきまで繋いでいた手を離してしまった事に意識が向いているのが解った。

 彩矢がどうしようと優斗をちらりと見ると、座ったことで暫くは動かないと思ったからか、優斗と彩矢のトイが優斗の胸ポケットから顔を出していた。そしてそのまま二人とも抜け出してきて、あろうことか優斗の肩に座ってしまう。


「ちょ……!」

「え?……っと……」


 彩矢のあげた声に気が付いた優斗が顔を向けると、赤い顔の彩矢と目が合ってしまい、優斗にもその熱が移ったかのように頬を染め、視線を彷徨わせてから、トイ達に気が付いた。


「あぁ……はは、いいよこれくらい。こいつらもショーを見たいんでしょ。」

「そう、だろうなとは思いますけど、でもうちの子も……すみません。」

「気にしないで。重さがあるわけじゃないしね。それよりほら、そろそろ始まるよ。」


 トイ達の無邪気な行動で空気がふわっと軽くなり、妙な緊張感がどこかへ消えていく。実は空気を読んで行動しているのかも?と思ったりもしたけれど、でも幼子みたいなものだって言われたしなぁと、彩矢は不思議に思いつつも、プールで泳ぐイルカへ拍手を贈りショーへ集中し始めたのだった。




 結果的に言えば、水族館デートはとても楽しい一日だった。


 初めて手を繋いだ事に二人ともめちゃくちゃ緊張してしまって、最初の水槽エリアをどうやって回ったかあまり覚えていなかったけれど。

 その後のイルカショーからは、トイのおかげもあってか二人を包む空気感が柔らかいものに変わり、ショーが終わった後にまた手を繋いで館内をもう一度回ったけれど、酷く緊張して覚えていないという事にはならなかった。

 きらめく水の中をスイスイと泳ぐ熱帯魚達に見とれたり、大きくてよく鮮魚店で見る魚たちを見た時に美味しそうと呟いたのを聞かれてしまって笑われたり。

 たまに優斗のポケットから出て行って水槽を眺めるトイ達が、薄暗い中ふわふわと飛ぶ様子は水槽の向こうの魚みたいだと笑ったり、彩矢達を気にせずにあっちこっちをふらふらするので焦っていたら、気にしなくても大丈夫だよとまた呼び寄せてから、彩矢を優しく落ち着かせてくれたりした。

 昼食は入館時の約束通り彩矢が支払いをして、キッチンカーのハンバーガーを海岸沿いに設置されたベンチで食べた。

 海老カツかカニ風味かで迷って、一口ずつちぎって交換しようという話になったのに、それぞれのトイがちぎった分を熱心に見つめるものだから、根負けした二人は苦笑しながらトイにあげて結局自分のバーガーだけを食べることになったり。

 ペンギンの餌やりを見て、深海魚や標本のエリアまで見て回って、それぞれの感想を言い合って。ペンギンのどこが可愛いか論争ではつぶらな瞳だという優斗と、尾羽のぷりぷりしてるところだという彩矢で意見が割れたけれど、結局どちらも捨てがたいという結論にまとまったり。


 優斗が時刻を確認して、そろそろ帰ろうかと言い出すまで、彩矢はそんなに時間が経っているとは思わなかった。

 言われた言葉に楽しい時間が終わる事での寂しさを感じて、咄嗟には頷けなかった程に。

 ふと見上げた空はまだ明るいけれど、それでも二人とも明日は仕事と授業があって、そこで駄々をこねる程、彩矢は子供じゃない。


「そう、ですね。もう夕方だし、帰らなくちゃ。」

「また今度どこか行こう。近場の動物園とかさ。」

「ふふ、いいですね。楽しみです!」



 最寄り駅まで帰る電車の中の会話も楽しくて、小一時間あったはずなのにあっと言う間に過ぎてしまう。

 改札を出た時には、夕焼けから宵闇へと移り変わる頃になっていた。


「すぐ暗くなりそうだし、アパートまで送るよ。って、家を知られたくないとかあれば、タクシー、とかでも……」

「あは、大丈夫ですよそんなに気を使わないで貰って。……それじゃあ、アパートまで、お願いしていいですか?」

「勿論。行こうか。」


 優斗に促されて彩矢のアパートへと歩き出しながら、そういえばトイはどこへ行ったのかと彩矢が周囲を見まわすと、いつの間にか二人のトイは優斗の肩に座っている状態で違和感が無く収まっていた。


「あの……、その子達が、すみません……。」

「え?……ああ。昼のイルカショーの時も思ったけど、安心してもらえてるって事でしょ、嬉しいよ。」

「それにしても、私のトイが遠慮なさすぎでは。」

「なら、俺のトイが彩矢ちゃんの肩に乗ってもいい?」

「あ、はい、それは全然。」

「ほら」

「あ……。それじゃ、お願いします。」

「はい、お願いされます。っくっく」


 気にしてないという優斗に食い下がった彩矢だけれど、自分であればどうかと聞かれて気が付き、楽しそうに笑う優斗に少しだけ悔しさがこみあげたけれど、それもまた楽しくて彩矢もつられて笑ってしまった。


 駅前の賑やかな通りを抜けて、住宅街へと続く道を歩いていく。

 彩矢のアパートは駅から10分ほどの立地だ。さほど遠くはなく街灯もあるので比較的歩きやすいといえるだろう。

 歩きなれた道をこっちですと優斗に案内しながら進んでいく。


「そういえば、彩矢ちゃんのバイトって何時までやってるの?あんまり遅い時間だと帰り暗いんじゃない?」

「あー、そうですねぇ。火曜と木曜は夕方までなので、全然ですけど、土曜は19時の閉店までいて片付けしてからなので半過ぎてるかな……。そこそこ夜になってますね。」


 彩矢が正直に告げると、優斗は驚いた様子を隠さずに彩矢を見ていた。


「それ結構危ないんじゃ?」

「どう、なんですかね?とりあえず今まで何も無かったですし、危ないと思った事もないんですけど……」

「いやそれ起こってからじゃ遅いよね。」

「ええと……」


 さらに言葉を重ねると、若干呆れられている気すらする。

 いやでも、一人で帰るしかないし……と彩矢が二の句を継げないでいると優斗が少し言いにくそうに口を開いた。


「もし、彩矢ちゃんがよければ、だけどさ……土曜のバイト終わり、俺が送るって、駄目かな?」

「ええっ?いや、そんな!そこまでしていただくのは悪いですから!」

「でも実際女性の一人歩きは昼だってあまり良くないのに、19時半ともなれば暗くて危ないよ。俺はほら、男だし。それにその時間は特になにもしてないから構わないし。平日は……夕方じゃあ仕事は抜けられないか。まぁ、夕方ならまだマシかな。」


 突然の申し出に、彩矢は目を白黒させて驚き、繋いでいた手をぎゅっと強く握りしめてしまった。

 優斗はというと、彩矢が手に力を籠めたくらいではびくともせず、ああやはり女の子は力じゃ男に敵わないんだよなと実感する。

 優斗の言を後押しするように、優斗のトイも彩矢と彩矢のトイの顔を見てうんうんと頷いていた。


「い、いいんです、か……?」

「勿論。こういう時は周りの大人を遠慮なく頼るべきだよ。俺じゃなくても、ひといきの店長さんとかさ。まぁ……俺を呼んでもらえると、嬉しいけど。」

「優斗さん……すみません、ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えて、頼ってもいいですか……?」

「うん、そうして。ああそうだ、それで思い出した。連絡先を交換してもらってもいい、かな?」

「あ……そっか。そういえば知りませんでしたね。」

「そうなんだ。今日の待ち合わせの話をしようと思った時に、知らなくて連絡とれなくてさ。彩矢ちゃんのバイトの時間に聞いちゃって悪い事したなって。あの後、店長さんや美弥子さんにからかわれてたでしょ。」

「えっと、まぁ、その、ハイ……。あ、うちここです。丁度いいですね。」


 からかわれたのは事実なので、否定もできず、小さく肯定するしかない。

 若干のいたたまれなさを感じつつ、彩矢はアパートの前で歩みを止めて優斗へ指し示す。そのまま優斗の手を引いてエントランスをくぐり、部屋のドアの前まできてからスマホを取り出した。

 メッセージアプリを操作して互いの連絡先を登録しあってから、画面を開いて彩矢は最初に送る一言に迷う。

 けれど、そこまで改まるものでもなし、とススッと指先で選んだのは良く使っているもふもふとしたデフォルメされた犬のスタンプで、よろしくお願いしますという吹き出しのついたものだった。

 優斗も何を送ろうか迷っていたらしくお互いにスマホを覗き込んで立っていたら、ポンと音がして彩矢のスタンプが届いたのが解る。

 自分のスマホを覗き込みつつも、優斗がどんな反応をするか気になっていた彩矢は、トーク画面を見たのだろう優斗が、ふっと柔らかく笑ったのがわかってじわりと嬉しくなった。


「ん、登録できたよ、ありがとう。可愛いね、コイツ。」

「こちらこそ、ありがとうございます。そうなんです、最近のお気に入りで。」


 自分の好きなものを、気に入ってもらえるのはやはり嬉しい。ご機嫌で返事をしていたら、彩矢のスマホがポンと音をたてた。

 手の中を見ると優斗からのメッセージが来ていて、そちらは三毛猫が前足を舐めながらぺこりとお辞儀をしているスタンプだった。


「優斗さんのも、可愛いです。」

「愛嬌あってさ、気に入ってるんだ。」


 ふふっと笑い合いながら用の無くなったスマホをしまった所で、お互いに黙り込んでしまい、シンとした静寂が二人の間に流れる。


 もう彩矢の部屋の前だし、さよならと挨拶をし鍵を取り出して、部屋の中へ入ればいい。

 トイだって、自分のおうちだというのがわかっていて、優斗のトイとずっと繋いでいた手を離し、彩矢の肩に乗っている。むしろどうしたのかと彩矢の顔を見ているような視線さえ感じた。


 ご挨拶をしなきゃ、今日は楽しかったですって。ありがとうございましたって。

 頭ではそう理解しているけれど、どうにも動きたくなくて……正確にいえば、離れがたくて、彩矢は別れの挨拶も次の動作もできずにいた。

 どうしよう、と彩矢が迷い、優斗の顔を見ることもできずに俯いていたら、視界に映る優斗が居住まいを正すように身じろいだのが解った。


「あの、さ……。多分、もう、わかってる、と思うんだけど……。」


 いつもはすらすらと話す優斗の、歯切れの悪さと、見上げた先にある口元を手のひらで覆いながら話し出す様子に、もしかしてと、彩矢の脳裏にうっすら期待が芽生える。

 けれど、過度な期待は自分が辛くなるだけだからと待ったをかける部分もあって。

 しかし、優斗の様子から、何となく……ホントに?と彩矢は半信半疑になりながら、胸の鼓動が早まるのを自覚した。


「彩矢ちゃんが、好きだよ。恋人になって欲しい。」


 恥ずかしさからか酷くゆっくりと、けれど、言葉を選びながら、優斗が彩矢への想いを口にのせる。

 その一言を聞いた途端、彩矢の胸がドクンと一際大きく高鳴った。全身も、痺れたかのように、感覚がおぼつかない。


「あ、の、えと……。」

「あっでも、返事はいそがないでほしいんだ。ほら、彩矢ちゃんはトイ達が見えるようになってまだ少ししかたってないし。落ち着かないかなって。……今日までだって、俺が急いたみたいなもんだったから、もう少し色々と慣れるまでは、待たなきゃなって思ってるから。」


 極度の緊張とドキドキと嬉しさと、色んな感情で昂ってしまい、彩矢はうまく言葉が出せなくなってしまう。そんな状態を見た優斗は、どう返事をしたらいいか戸惑っているとでも勘違いしたらしい。


「ただ、俺が伝えたかったんだ。……もし、迷惑なら」

「迷惑だなんてそんな!」


 諦めそうな優斗の言葉に、彩矢は弾かれたように咄嗟に否定の言葉を口にする。それだけは絶対にないのだから。


「ん、そっか、嬉しいな。そういうことだから、返事、考えておいてくれると嬉しい。えと、それじゃ、あの、冷えるし、遅くなるから、入った方がいいよ。……また、火曜に。」

「……っ、ハイ!」


 早口でとぎれとぎれ言う優斗は頬を染め、目元も赤くなっていて照れくさそうに見える。そう思った彩矢も、負けじと真っ赤になっていたのだけれど。

 いつまでも部屋の前で立ち話をしているわけにもいかないし、このまま居るのも居た堪れない。

 それに、さっきの優斗からの告白も……と思い出してしまった事で彩矢は急激な恥ずかしさを覚え、優斗への返事も勢いよくなってしまい、顔はゆでだこの様に真っ赤に染まってしまった。


「そ、それじゃ!おやすみなさいっ!」

「うん、おやすみ。」


 これ以上向かい合っていられなくなった彩矢はささっと踵を返し、さっきまでののんびりした動きは何だったのかという程、勢いよくカバンから取り出した鍵を中々入らない鍵穴へもたつく手でなんとか入れる。

 いきなり動いた事でトイの存在を忘れていたけれど、視界の端でドアの内側に入ったのが見えたから、大丈夫だと思う事にした。

 ガチャガチャバタン!と勢いのままに大きな音をたててドアを閉めてしまう。ご近所迷惑とか普段なら気にするところだけれど、とても考えられない。

 いつものクセで鍵をかけたドアをしばし静かに見つめた後、その向こうでコツコツと優斗が遠ざかる音を聞いた彩矢は、ドアに背を預け、ずるずると体の力が抜いて座り込んでしまった。


「告白……され、ちゃった……?ああぁぁぁぁぁ~~……ねぇどうしよう、どうしたらいい?」


 はぁ、と大きく息を吐き出して、玄関にも構わずに座り込んだ彩矢は、そんな事よりも先ほど優斗に言われた事の方が大事だった。

 地べたに座り込んだ主人を心配したのだろう、大丈夫かと聞くような表情で顔の前に飛んできたトイを手のひらの上に受け取るように迎えた彩矢は、そのトイに問いかけるように、まとまらない思考を呟いていく。


「どう、どうする、って、でも、待つって言われちゃったし、ああでも……」


 優斗は待つと言ってくれた。


 けれど、彩矢は……もうとっくに自覚している。


 今日一日で、先週の最初のデートで、それ以外にも、バイト中の小さなやりとりで。

 優斗の笑った顔も、真剣な表情も、トイ達へ向ける慈愛の笑みも、好きだなと、そう、思っていたのだから。

 今目の前にいる彩矢のトイに対しても、手つきも声かけもすごく優しくて、悪い人じゃないと良く分かった。

 まるで子供を相手にしているみたいだ、と思った瞬間、飛躍した思考を振り払うように頭をぶんぶんと左右に振る。

 優斗と出会ってからこっち、こんなことばかりしているかもしれない。

 それだけ、彼の事を考えてしまっている、ということだろう。


「こんど、二人で会えた時、かなぁ……。」


 手の中のトイをつつきながら、何気なく呟く。

 その数秒後、言った内容を噛みしめた彩矢は、ぼんっと、何度目かのゆでだこのような真っ赤な顔になりながら、彩矢はいつ返事をしようかと頭を悩ませたのだった。





 それから、なんとか動き出して、夕飯やシャワーを済ませ、気持ちを落ち着けた彩矢とトイは、スマホのメッセージアプリ画面を睨みつけていた。

 正確には、睨みつけていたのは彩矢だけで、トイは横から覗き込んでいただけだけれど。


『今日はたのしかったです、ありがとうございました』

「これで、いい、かなぁ……あんまり砕けすぎても、だよね。」


 さっきの今で、メッセージのやりとりをするのは恥ずかしいけれど、お礼はきちんと述べておきたい。

 それに、折角連絡先を交換したのだし、優斗がアプリではどんな風にやりとりをするのか、知りたいという思いもあった。

 彩矢は何故かテーブルの前に姿勢を正して座り、スマホを両手で握りしめている。そんな彩矢の手の上に乗ったトイも、彩矢に倣うように画面をじっと見つめていた。

 スマホの画面を数秒見つめたあと、すうっと息を吸い込んだ彩矢は、えい、と目をつむり勢いをつけて送信ボタンに添えていた指を押し込む。


 送った、送ってしまった。

 後は待つだけ。

 待つだけ、なのだけれど。

 返事を待つ、という時間は、長く感じるのは気のせいだろうか。

 じっと待つのも良くないし、けれど、他の事をしようにも落ち着かなくて、立ち上がるもすぐに座り込んで、うんともすんとも言わないスマホの画面をまた睨みつけてしまう。

 画面を覗き込むのに飽きたらしいトイはテーブルの上に座り、彩矢が用意していたドライフルーツの粒を嬉しそうにぱくついている。その様子を見ると少しだけ気が紛れるけれど、手の中のスマホはやはり気になってしまって、どうにも落ち着かない。


 そんなこんなで、実際には10分程しかたっていないけれど、手の中でポンと音をたてたスマホに即座に反応した彩矢は、今までにない速さでロックを解除してトーク画面を開いたのだった。


『俺も楽しかった。トイ達の様子に慌てたり、水槽の魚みて美味しそうってはしゃぐ彩矢ちゃん可愛かったな』


「っんんん……!」


 優斗のストレートな誉め言葉に、画面越しのはずだけれど、実際に言っている優斗の顔が思い浮かんで、彩矢は声にならないうめき声を喉の奥から漏らす。

 ついで、呆けている場合じゃない!と焦りながらも画面をタップして返事を打った。


『ちょ、やだ、忘れてください』

『ごめん無理』

『せめてイルカショーを見てるところとかにしてください』

『そっちはそっちで可愛かったから、別の脳内フォルダに入ってる』


 さらりとこんなメッセージを送ってくるからたちが悪いと思う。

 彩矢は自分の部屋にいるにも関わらず、真っ赤になっていく顔を覆うように自分の膝へ頭を埋める。

 自覚ないみたいだし……お姉さん達の教育の賜物、だよねぇ。


『彩矢ちゃんが良かったらまた今度どこか行こう。来週は俺が埋まってるからごめん……その次とかかな』

『あっはい、大丈夫です。予定、見ておきますね』

『うん、それじゃ……今度こそ、おやすみ』


 おやすみなさい、という三毛猫のスタンプと一緒に最後だろう一文が送られてくる。

 彩矢も、おやすみなさい、という文面と寝ている犬におやすみという吹き出しのついているスタンプを送った。

 ふー、と彩矢は知らず詰めていた息を吐き出して、メッセージアプリを閉じ、スマホと共にテーブルの上に頭を伏せた。


 どうしよう、どんどん好きになってる気がする。

 だって、可愛いって……嬉しそうな笑顔で言ってくれるんだもん。あんなの、舞い上がらない訳ない。

 次に、二人で会えるのはいつになるだろうと、帰ったばかりの時にも考えた次回予定に思いを馳せる。


 ちゃんと、言えるだろうか。


 今日の、優斗から告白された時、あまりにも嬉しくて緊張して固まってしまって、口が、全身が動かなかった。


 でも、返事をするなら、ちゃんと言わなきゃ、ね。


 テーブルにつっぷした彩矢は、くふくふと締まりのない顔になる。

 そんなにたたずに訪れるであろう、二人でまた出かける日を楽しみに笑い、その様子を見たトイも何の事かよく解っていないだろうに嬉しそうに笑うのだった。



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