第11話

 日曜の12時。

 彩矢はこれまでにないほどに緊張した状態で、喫茶ひといきのドアの前に立っていた。

 バイトではない日に、バイトのためではなく来ているバイト先で、いつもなら選ばない服装に身を包み、今までの人生の中で初めての経験と言ってもいい、男性との待ち合わせという……初めて尽くしの状況に、緊張しない方がおかしいという程テンパっていた。

 彩矢の肩の上でいつもなら鼻歌でも歌っていそうな笑顔で座るトイも、今日はがしりとしがみつくようにしていて、この子にも彩矢の緊張が伝わっているらしい。トイはいつも会う時とあまり違いがないはずなのだけれど。

 すぅ、はぁ、と深呼吸して、いざ開けようとドアノブに手をかけようとしたら、すいっとドアが開かれ、その中には美弥子が立っていた。

「彩矢ちゃんったら、そんな所に突っ立っていられたら営業妨害よ?」

 くすくすと笑う美弥子は、彩矢の緊張を解すように言い、彩矢を店内へと促してくれた。

「だ、だって……しょうがないじゃないですか……!」

「はいはい、わかってますよ~。どうする?今日は二人でお話するんでしょ?優斗さんまだ来てないから彩矢ちゃんの好きな席に座ったら?」

 そう言って美弥子は店内を綺麗なネイルが施された手で示す。

 空いてる席は、いつも優斗が座るドア近くの窓際の席と、最初に彩矢のトイと優斗のトイがイチャイチャしていたのを目撃した一番奥の二人掛けだった。

 優斗が気に入っている席がいいだろうかと、彩矢はそちらへ顔を向けて座ろうとした時、

「そっちでいいの?ぜーんぶ、コッチにも聞こえちゃうかもしれないわよ?」

 美弥子が彩矢の耳元で小さくアドバイスとも忠告ともとれない台詞をのたまった。

 確かに、この席はカウンターに近い事もあって、お喋りをするお客さんの会話が、バイト中の自分たちにも比較的聞こえてきてしまう。

 自分と優斗との会話も、そんな風に聞こえてしまうのだろうとすぐに思い当たった彩矢は、ぼっと顔を赤くした。

「あっ、あ、えと、あの、お、奥にします……!」

「うんうん、そうしなさい。お姉さん達はお邪魔しないで上げるからね~。」

 にーっこりと若干の含みをもたせた笑顔で答えた美弥子は、慌てて奥の席へ行き、店内に背を向けるようにして座る彩矢を見て一つ頷くと、トレーに乗っていたお冷とおしぼりを置いて、頑張ってねと一言添えてからカウンターの中へと戻っていった。

 うう、知ってる人に色々知られちゃうのって恥ずかしい……。やっぱり違う店にしてもらえばよかったかな、でも安心できるだろうってここを提示してくれたのはやっぱり嬉しかったし……。

 彩矢の肩に捕まっていたトイは、テーブルの上で組んだ手元にやってきていて、やはりしがみつくようにぎゅっと捕まっている。その表情はなんというか、心配そうな顔つきだ。

 あー、あなたもドキドキしてる?そうじゃなくて私の心配してくれてるのかな。ぎゅっと握っていた手を解いて、もちもちのほっぺを優しくつつくと、トイの硬い表情がふわりとほころんだ。

 ふふ、そうだよね、なにやっちゃうか心配するよりも、会えるのが、おしゃべりするのが楽しみ、だもんね。

 トイがいてくれて良かったと思うのはこういう時だ。

 一人じゃない、その事が彩矢を元気づけてくれたり、心をほぐしてくれる。

 居ない方がいいなんて最初は思ったりしたけど、いてくれるのもそれはそれでいいなぁ。

 ふぅっと詰めていた息を吐いて、がちがちに固まってピンと伸びていた背中をゆったりと背もたれに預けた。

 と、そのタイミングで、カランカランとドアベルの音が響き、彩矢の指先とじゃれていたトイが顔をあげる。ぱぁっ!とその表情が変わり、飛び出していった事で誰が来たのかを瞬時に理解した彩矢は、リラックスしたはずの体に再び緊張がはしって、緩めたばかりの背筋が伸びるのを自覚した。

「いらっしゃいませ。」

「こんにちは。」

「あそこ、待ってますよ。」

 美弥子の案内と、優斗の声が背を向けていても耳に入ってくる。

 トントンという木の床に響く足音が自分へと近づいてくる。

 彩矢の心臓はもう爆発しそうなほどにうるさくなっていた。

「えーっと……ここ、いいかな?」

「っあ、ははは、ハイッ!どうぞ!……す、みませんん……」

 思っていたよりも大きな声を出してしまって、居た堪れなくなり、顔を俯かせるのにしたがって彩矢の声は尻すぼみに小さくなってゆく。

 その様子を見た優斗は、くすくすと笑いながら彩矢の向かいの席に座った。

「大丈夫、気にしてないよ。実は……俺も、緊張してるから、お互い様って事で。」

「そう、なんですか……?」

 ちらり、と彩矢が顔をあげて窺い見た優斗は、普通の顔に見える。

 それどころか、余裕がありそうに笑みを浮かべているとさえ思えるけれども。

「ほら、コイツ……今日はずっと離れないんだ。」

 そう言って彼の少し節ばった指の先でつつかれた優斗のトイは、彼のジャケットの胸ポケットの中から少しだけ頭をのぞかせていて、彩矢のトイがどうしたの?とでもいうようにその近くに浮いて手を伸ばしていた。

「ホントだ……。」

 驚いた彩矢がちゃんと優斗の顔を見ると、心なしか眼鏡越しの笑顔が、ぎこちなく感じた。

 本当に、緊張しているのだろう。

 ……ふふ、ほんとだ、なんか可愛い。彼の新しい一面を知って、彩矢は嬉しくなって自然と笑みが零れた。

 と、その時。

「はいはーい、お二人とも。初々しいのはいいんですけど、とりあえずご注文を頂いてもいいですかぁ?」

「ひょわっ!あ、そっか、注文……!」

「っ、そうですね、ええっと、俺はいつものブレンドと……たまには卵サンドにしようかな。君はどうする?」

 珍しく優斗がBLTじゃないものを注文したので、おや?と思いつつ、彩矢もメニューを脳裏に思い浮かべる。

「それじゃ……どうしようかな、アッサムティのミルクとハムサンドでお願いします。」

「ブレンドワン、卵サンドワン、アッサムミルクワン、ハムサンドワン、ですね。ではでは、少々お待ちください。」

 美弥子が去っていき、ほぅっとついた息が二人揃ったことで、顔を見合わせて一緒に吹き出してしまった。

「っふふ。」

「あはは。すごい良いタイミングだったよね。」

「ホントです、むしろタイミングを窺わせちゃったかなって思いました。こういう時って、声かけるの難しいんですよね。」

「ああ、店員さん側だとそういうのあるんだ?」

「そうですねぇ、どのタイミングで声をかけさせてもらったらいいかは気を遣うところですね。」

「うーん、大変そう。」

 彩矢の話を聞いた優斗はふわりと目じりを下げて優しく笑った。

 あ、その顔、やっぱり好き。

 って、会ってすぐに何を私は!と慌てた彩矢は、不自然にならぬように優斗の顔から目を逸らして、いつもと違う事に気が付く。

 普段のバイト中に来店する優斗は仕事中だからか、スーツ姿ばかりだ。それはそれでカッコイイのだけれど、今日はお休みの日というのもあって、私服に身を包んでいる。

 スーツ以外の服装を見るのは初めてなんだ、とついつい見入ってしまう。スラリとしたボトムスに軽く羽織ったジャケット、ネクタイが無いラフな丸首シャツから覗くのどぼとけを見てしまって、ドキリとした。

「改めて……、こんにちは。」

「あ、え、っと、は、はい、こんにちわ……」

 背筋をのばし、改まって挨拶をしてくれた優斗に対して、じっと見つめていた事が気恥ずかしくなり、何度目かの挨拶をどもりながら返してしまう。

 やだな、全然落ち着きのない子みたいに思われてしまいそう。気をつけなくちゃ。

「それじゃあ……、一応、自己紹介させて下さい。星野 優斗(ほしのゆうと)です。ここから15分くらい行った先のカナリア商事で働いてます。26歳です。」

「あああ、えっと、わ、私も…!小峰 彩矢(こみねさや)です!えと、金糸雀大学経済学部の二年です、ついこの間、成人しました……。その節は、ええっと……かなり申し訳ない事を……?」

「あー、はは……そこは気にしないで貰えると。俺だって、彩矢ちゃんが見えてるもんだと思っちゃって、ろくに声をかけずに馴れ馴れしくしちゃってたし。ごめんね。あ……名前、彩矢ちゃん、って呼んでも、いい?」

「だいじょうぶ、です……私は、えと」

「優斗」

「呼び捨てなんて無理です……ゆ、優斗さん、でお願いします」

「うん、じゃあそれで。今日なんだけど、彩矢ちゃんの分も俺に奢らせて?さっきの、ずっとコイツらが見えてると思って失礼な事しちゃってたお詫びに。」

「そんな!悪いですよ!」

「うん、そう言うだろうなとは思ってたし、実際そう言ってくれるの嬉しいけど、でもこれは俺の問題。成人してない子にトイを示唆してたともとれるし、そもそもトイがじゃれてたからってそんなに馴れ馴れしくしていいものでもないから。俺の反省の意味も込みで、ね?」

 優斗はもう決めてしまっているのか、譲らない気配が見えた。それでも、強く言うのではなく、本人の反省もあると眉の下がった表情で言われれば彩矢もあまり意固地になるのは……と思う。

「それじゃあ、お言葉に甘えて、ごちそうになります。」

「うん、そうしてください。」

 ほっとした顔は、優しい笑顔とはまた違い、それはそれで素敵だなと見惚れそうになってしまう。

 一旦止まってしまった会話に気まずくならないように、彩矢は会話の糸口を探しているうちに、いつの間にかテーブルの上に移動していたトイ達を見て、素朴な疑問を口にした。

「あの……こういう事、ってよくあるんですか?」

「こういう事って?」

「この子達が……えと、私達は全然知らない同士だったのに、こんなにすぐに仲良さそうに遊び始める事、という感じでしょうか。」

 彩矢は、ちらりと店内を見まわして、未成人らしき人がいないのを確認してからトイ達についての疑問を問いかけた。

「あー、多分、今回のはレアケースだと、思う。」

「そうなんですか?」

 ああやっぱり、と思いつつも、それでもそうなのかという思いもあった。それを聞き返すために彩矢が視線をトイから優斗へ上げると、彼はなんとも言えない顔で話し出した。

「俺もホラ、成人してからしかこいつらを見てない訳だけど、それでも6年コイツと付き合ってきて、初対面どころか知らなかった相手のトイといきなり遊び出したのって、彩矢ちゃんのトイが初めてなんだ。」

「ええ……うちの子どんだけ失礼な事を……」

 優斗の話を聞くに、やはり普通はいきなり知らないトイの手を取って遊び始めるという事は無いらしい。彩矢は自分のトイの頭を小突いて、文句の意を現す。つつかれたトイはというと、なぁに?と純粋な瞳を向けてきて、逆に小突いた彩矢が少し罪悪感にかられるような有様だったけれど。

「ああ、そうじゃなくてね。違うんだ。それだけトイが気に入る相手って事は、かなり相性が良いんだろうなって俺は嬉しかったんだよ。」

「へ……」

 てっきり驚きと共に嫌な思いをさせてしまったかと思ったのに、そうではなかったと聞いて、彩矢は再び顔を上げた。

「こいつ、俺に似て、ってまぁ当たり前なんだけど、俺に似てあんまりよその人と関わろうとしないんだ。俺自身が、なんていうか、他人と喋るのが苦手というか……あんまり会話が続かなくて。そんな感じなのに、彩矢ちゃんのトイには自分から関わりに行ってて。だから君なら俺も他の人相手より話しやすいのかなって思って……もしそうならいいなって思ったんだ。」

「そう、だったんですね……。」

 彩矢の中にある優斗の第一印象は、眼鏡の似合うカッコイイお兄さん、だった。

 彼がランチに来る時はいつも一人だったから、それが普通なのだと思ったけれど、確かに思い返してみれば、常連の人達とも顔見知りのようだけれどあまりお喋りしている様子は無かった気がする。

 窓際の二人掛けが空いていればそこに座り、彩矢に笑いかけてくれた以外はいつも窓の外を見て、外を歩く人達や車の流れ、たまに通る猫を見ていたりして、ゆったりとした時間を過ごしていた様に思う。

「だから、こいつが君のトイとじゃれる様子を見て、どんな子なんだろう、気が合うかな、趣味とか、好きなものはなんだろうって話をしてみたかったんだ。」

 やっと話せた、そう最後に呟いた優斗からは、心から言っていると良く分かる満足そうに安堵した表情で、彩矢もつられて笑みを零す。

「そんな風に思ってもらえて嬉しいです。私も、あの……この子達が見える前から、お話、してみたいなって思ってた、ので……。」

「本当?嬉しいな!」

 そう言った優斗は少年のような笑顔を見せてくれて、彩矢は今日一日でどれだけ新しい顔を見られるんだろうと楽しみになった。


 そのあと少しして、美弥子がオーダーした品々をサーブしてくれたので、二人ともまずは腹ごしらえをしようとなりそれぞれのサンドに向かい合った。

「そういえば、今日は卵サンドにしたんですね。いつもはBLTなのに。」

「あー、うん、卵サンドも好きなんだ。それに……」

 両手で卵サンドを持った優斗は、かぶりつく前に彩矢をちらと見て、少し言い淀む気配を見せる。なんだろう?と彩矢が表情だけで促すと、優斗はゆっくり口を開いた。

「BLTってさ、具材の種類が多いから、ぽろぽろ零しやすいんだ。……折角、気になってる子と食べるのに、カッコ悪いとこ見せたくないなぁって……何言ってんだろな俺。食べよ食べよ。」

 最後を早口で言い切った優斗は、それ以上話題が続かないようにか、すぐにサンドに被り付いて、もぐもぐと食べ始めた。

「美味しいですけど、食べるの大変ですもんね。私も、いただきます。」

 彩矢が同意してみせると、優斗は口を動かしながら苦笑して見せる。それから彩矢も自分のハムサンドを食べようと、手を合わせた。


 向かいの席で食べる優斗を何の気なしに見てみたら、目元が緩み口元があがっていて、彼がここのサンドが好きだというのが伝わってくる。それとも美味しいものならいつもこんな顔をするのかな。

 ブレンドを飲む時も、口をつけて香りを嗅いだらしいタイミングで、やっぱり嬉しそうに綻んだ。そんな些細な変化に気が付いた彩矢は、何度目かの可愛いという感想を持ち、また一つ優斗の表情のバリエーションが増えたと嬉しくなった。

 時折、パンの端っこをトイに手渡していて、彼のトイも当たり前のように受け取ってもぐもぐと口を動かしている。それを見た彩矢のトイが、こちらに向かって手を伸ばしていて、全くもう、と苦笑しながら少しわけてやると、隣に座る優斗のトイとニコニコ顔で嬉しそうに一緒に食べ始めた。

 君たち仲良いね。私達もそうなれるかな。わかんないけど、でも少しは近くなれた気がするなぁ。


 ランチを食べ終えた二人は、珈琲と紅茶を片手に、少しずつ自分たちの事を話し合った。

 優斗は動物関係のバラエティを見るのが好き、家ではゲームをしてる事が多い、音楽と映画はそれなりに聞いたり見たりする程度。

 彩矢は可愛いもの集めとカフェ巡りが好き、生き物は全般好きで、動物園や水族館が好きだと話すと、優斗もよく行くのだと言い、話に花が咲いた。

 動物園なら動いているのもいいけれど、無防備に寝転がっている時の肉球やしっぽがたまらない、だとか、水族館ならキラキラと光をはじきながら泳ぐ魚たちがとても綺麗だけれど、どうしても美味しそうに見えてしまう、というあるある話を、お互いにわかるわかると言ったりして。


 そうこうしているうちに、気付けば三時間位が過ぎてしまっていた。

 ただ話していただけなのに。

 どれだけ楽しかったのかと思い、うん、すごく楽しかったと彩矢は満足した心地よい疲れに浸って、休憩するように水を飲んだ。

「あのさ」

 優斗も同じく口を湿らせてから、時計を見て苦笑し、ゆっくり話し出した。

「良かったら、なんだけど……今度はどこか行かない?水族館とか。二人とも好きだって解ったことだし。」

 優斗からの嬉しい誘いに、彩矢はもちろんとばかりに頷いた。

「行きたいです。ちょうど前に行ってから少し間があいていたので、さっき話に出てきて行きたいなぁって思ったところだったんです。」

 これは本当だった。あの少し暗くてきらきらと輝く水中の景色を思いだして、行きたいと思っていたところだったのだ。ついでに、あの空間に自分のトイを連れて行ったら、どんなに喜ぶだろうかとも。

 ずっといい子にして、優斗のトイと一緒にテーブルの上で仲良く座っているトイの頭を撫でながら、楽しそうだと彩矢は笑いながら言った。

 それを聞いた優斗は、また嬉しそうに笑顔を見せる。

「じゃあ、そうしよう。日程は……いつがいいかな。彩矢ちゃんの都合はいつがいい?」

「バイト以外は特にないので、来週の日曜なら。」

 今週は他の予定も特にないし、大丈夫だと告げ、じゃあ日曜にしようとすぐに決まった。

 行動力のあるところや、ちゃんと彩矢に聞いてから予定を考えてくれるところにも、好感がもてて、今日一日で彩矢の中の優斗の株が上がりっぱなしだ。もとより、下がるポイントが見当たらなくて、あがるしかなかったのだけれど。

 あ、でも一つだけ……とちょっとだけ引っかかったけれど、それはまぁ、彩矢の自己満足だよね、と思い黙っていた。

 のだけれど。

「そういえば……その服、見たことない、よね?バイトの時とはまた違ってて、彩矢ちゃんによく似合ってる、凄く可愛い。」

 不意打ちは卑怯なり。頭に浮かんだその通りに、彩矢が気にしていたまさにその部分をさらりと褒められて、彩矢は嬉しさと気づかれた恥ずかしさで頬を赤く染め、撫でていたトイを思わずぎゅっと掴んでしまった。

「あ……ありがとう、ございます!……嬉しい、デス」

 こういう事をさらっと言えるなんて、他人と喋るのが苦手な人とは思えない。けれど彼は特別な事を言ったと思ってる感じは全くなくて。そういえば、今日話をした中で、お姉さんが二人いるって言っていたなぁと思い出した。その二人の影響なのかもしれない。

「でも、いつものバイトの時のカジュアルなのもスッキリしてて、似合ってると思う。どっちも彩矢ちゃんらしくて、好きだな。」

 だから、そんな風にさらりと言ってくるのは、止めてほしい。

 これ以上、ドキドキさせられたらたまらない。

 視線を彷徨わせてしどろもどろになった彩矢は、トイが手の中でじたばたともがいている事に気が付いてさらに慌ててしまう。

「わっ、ごめ、ごめん!大丈夫?……えと、そ、そろそろ出ましょうか、長居しちゃいましたし!ねっ!」

 ぷんすか怒っているトイに謝り、落ち着かない様子で立ち上がった彩矢を、優斗は可愛いなぁと見守り、そんな彼らをジャケットの胸ポケットに戻った優斗のトイはうんうんと頷きながら見ていたのだった。



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