第2話  「第一話 成仏できないっ!」01話:そして誰かとお話ができるって素晴らしいと思った。

 


 それからの私は、やきもきしていた。

 誰かに姿を見てもらえて、話もしてもらえる。

 

 

 

 それはそれは、願ってもないチャンスには違いないのだけれど、ここは法要の場所。

 万平くんとの会話は、それが終わってからでも遅くはないからだ。 

 やがて、万平くんが参加した法要は終わった。

 

 

 

「じいちゃんの七回忌だったんだ」




 万平くんの一族が、ぞろぞろと高台の墓地から坂道を降り始めたときである。

 少し離れて最後尾を歩いていた万平くんが私に話しかけてきた。

 たぶん私に気をつかってくれたのだ。

 

 

 

「おじいちゃんの、法要だったの?」




「うん。……僕が小さいときに、死んじゃったんだけどね」




 そう言って、万平くんは笑った。

 

 

 

「……ねえ、万平くんは、どうして私が見えるの? 誰も私に気がつかないのに」




 私は目下、私の中で最大限の謎である疑問を口にした。

 すると万平くんは少し首を傾けて答える。

 

 

 

「うん。実は……、昔から僕は幽霊が見えたんだ。

じいちゃんが死んだときも、泣いている僕をじいちゃんが慰めてくれているのが、見えてたし」




 そう言って万平くんは、今さっき法要を終えた墓地を見上げた。

 

 

 

「へえ、それって、すごいことじゃないの」




 それは、とんでもなくすごい特技だ。

 特に私にとっては、これ以上はない最高のスキル……。

 私が待ちに待っていた私のことが、見えて話ができる人と、ついに巡り会えたのだ。

 

 

 

「そうかな?」




 万平くんはそう言って、少しはにかんだ。

 私は、それがとても自然でいい表情だと思った。

 生前は、一度も話をしたことがない万平くんにこんな仕草があるなんて、まったく知らなかった。

 

 

 

「あ、あのさ」




 万平くんが、尋ねてくる。

 

 

 

「なに?」




 私が即座に答えると、なぜか万平くんは少しだけ照れたような顔になった。

 

 

 

「あ、あの……。

 えーとさ、女の人に訊くのは、失礼かもしれないけど……」




 私は、なんのことだろうと考えた。

 私もいちおう女だから質問されて恥ずかしいことはあるけれど、こんな所でいきなりそんなことを訊かれるはずもない。

 だとすると、万平くんがなにをためらっているのか正直、想像もつかない。

 

 

 

「三組の紅林くればやし史香ふみかさんだよね? 

 ……名前、ちゃんと覚えてなかったから」

 

 

 

 言われた私は、きょとんとした。

 

 

 

「え? 光誉こうよ妙香信女みょうこうしんにょだけど、私」




 私は答える。

 

 

 

「え? ……それって、戒名じゃない?」




「え? 戒名……」




「うん。それ、たぶん戒名だよ」




 指摘されて気がついた。

 光誉妙香信女は、お坊さんがつけてくれた戒名で、生前の名前は確かに紅林史香だったのだ。

 自分の名前を忘れかけていた私は、顔が真っ赤になった。

 

 

 

「……そ、そう、そう、そう。私、史香」




 私はあわてて訂正した。

 私は、どうやらすっかり幽霊が板に付いていたに違いない。

 

 

 

 ……そうか、私は史香だった。

 

 

 

 少し変な気がした。

 自分自身は死んでからもなにひとつ変わっていないと思っていたのに、死後の世界の名前の方が今ではすっきりとしている気がしていたことがわかったからだ。

 

 

 

「ねえ、史香さんは、いつもここにいるの?」




「うん。他に、することもないし。……ほら、『ゲゲゲの鬼太郎』の歌であったでしょ? 

 お化けには学校も、試験もなんにもない、って」

 

 

 

 私は少し笑った。

 すると、万平くんもつられたように笑顔を見せた。

 

 

 

「それは、困ったね。退屈でしょ?」




「うん。退屈、退屈。退屈。ほーんとに退屈な、毎日だったんだよ」




 私は心底、うんざりした顔をして見せた。

 

 

 

「……成仏とか、できなかったの?」




「うん。初七日も、四十九日法要でもできなかったんだ。

 現にこうして今ここにいるしね」

 

 

 

「……心残りがあるのかな?」




「……うっ」




 そう言われて、私は返答に困った。

 そうなのである。幽霊が成仏できないのには、必ず訳がある。




 それはこの世に残してきたあることが気にかかって、それが原因であの世に行けないのだ。

 人によっては、それは恨みだったりすることが多いようだけど、私のそれは違う。

 

 

 

 だけど、それを他人には言えない。言いたくない。

 まして万平くんは今日初めて会話をした相手なのだ。だから私は答えをにごした。

 

 

 

「うーん。私にも、よくわかんないんだけどね」




 すると万平くんは、心底いたわりの目で私を見た。

 

 

 

「見つかると、いいね。心残り」




「う、うん」




 私が答えると万平くんは、そうだねと言って、眼下の風景を見下ろした。

 そこには、万平くんを待っている親族の人たちの姿が見えた。

 

 

 

「僕は、もう帰らなくちゃならないけど」




 私はその言葉に、ちょっと胸が詰まった。

 

 

 

 そうなのである。

 私には、帰る場所も拘束される時間もないけど、生きている万平くんにはそういったものがあるのがわかったからだ。

 

 

 

「うん。気をつけてね。私は、毎日ほとんど、ここにいるから」




 そう言って、私は手でバイバイをした。

 すると万平くんもバイバイを返してくれた。

 

 

 

「時間があるとき、また来るよ」




 私が立ち止まって見ているうちに、万平くんの姿がどんどん小さくなった。

 そして親族と合流して、車に乗ってやがて去って行ってしまった。

 

 

 

 私は、ぽつんとひとり残された。

 でも、心の中では、あんまりしんみりしなかった。

 どうしてかと言えば、私の姿を見て会話をしてくれる相手が見つかったのだ。

 

 

 

 これはとってもうれしい出来事だった。

 私は、幽霊になってしまってから時間を待ちわびることなんてしなくなっていたけれど、人と再会できる楽しみが、生まれたことを実感した。


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