墓場でdabada

鬼居かます

第1話 序章:そして私は異能の人と出会ったのだ。

 

 死なんて、あっけないものだと思う。

 飛び出した見知らぬ小さな男の子を助けようとして、つられて飛び出して十トン車にはねられてそれで終わり。




 私は人間の死というものは、もっと厳かな儀式めいた中で終わるものなんじゃないかと無意識に思っていた。  

 例えていうならば、家族や親しい人たちに見守られてひっそりと息を引き取る。

 そう、つまり天寿をまっとうするようなイメージだ。




 でも、私の場合は実にあっさりだった。




 今から考えれば、その男の子はタイミング的に助かっていたのかもしれない。

 なぜかと言われれば、トラックが急ブレーキを鳴らしたときにはすでに道路を渡りきろうとしていたからだ。

 だから、馬鹿だ。間抜けだ。おっちょこちょいだ。……それが私だ。

 ちなみに生前の名前は紅林くればやし史香ふみかという名前だったはずだ。




 享年十六歳。

 まだ開きかけたつぼみのままで、この世を終えたのが私だった。

 幼い頃に交通事故で両親を亡くした私が、偶然なのか、それが血だったのか、奇しくも二親と同じ運命をたどってしまった訳だ。




 両親の死後、これまで養育してくれたのが母親とは仲が悪かった叔父夫婦だった。

 だからなのか、私の死をそれほど悲しみはしなかったようだ。




 それは、自分たちが子供嫌いなことから夫婦二人で仲良く暮らしていたところに、食べ盛りのわがまま娘を引き取らなければならなかったからだと思う。

 さらに言えば、叔父たちが嫌っていた母親と、私が容姿も声も性格もそっくりなのも原因だった違いない。




 ただその養父母たちに精神的にも肉体的にも虐待されたことはない。

 だから私のことを叔父たちなりに愛してくれていたのだとは思っている。




 どうしてかと言えば、ちゃんとした葬式を出してくれたし戒名だってつけてくれたから。

 光誉こうよ妙香信女みょうこうしんにょ

 それが私の死後の名前だ。




 だけど生前に、ある思いを残した私は成仏できなかった。




 その思いはよっぽど強かったようだ。

 だからお坊さんのありがたいお経を聞いてもそれはだめで、自分の葬式をふわふわと宙に浮いたまま眺めていた。

 そして参列してくれた制服姿の同級生たちの涙顔に感謝しながらも私はその列に一緒に並んでいたし、火葬場で自分が焼かれて骨になっても私の存在はそのままだったから。




 でも、その後は楽しいことなんてちっともなかった。

 正直言ってめちゃくちゃ暇だった。




 ――お化けは学校に行く必要も、テストを受ける必要もない――




 これは再放送かネットで観た『ゲゲゲの鬼太郎』の曲の内容がこんな感じだった気がする。

 まさに今の私がそれだった。




「あーあ。……誰かと話がしたいな」




 私は今、私の姿や声を見たり聞いたりしてくれる人と出会いたかった。

 だけど世の中に幽霊が見える人というのは、実はいないんじゃないのかな? 

 本気でそう思い始めていた。




 街に出ても電車に乗ってもお寺や教会の前を素通りしても、私の姿を見てくれる人は誰もいない。

 お坊さんも神父さんもあてにはならなかった。

 やっぱり幽霊が見られる人はそうそういないみたいだ。




 天涯孤独。

 それが私だ。




 家族も友人もすべて失って、たったひとりで世をさまよう。

 それだけが毎日だった。




 誰でもいい。誰か私の姿を見て欲しい。私の声を聞いて欲しい。

 それだけが願いだった。




 だけど通っていた高校には行けなかった。

 仲が良かった友達やクラスメートたちに認知してもらえないのが簡単に想像できたし、私の席だった机の上に花瓶が乗っかっているのなんて辛くて見たくなかったから……。




 ……それに、学校だと、会いたいけど会えない人と出会ってしまうかもしれないから。

 だから、校内はもちろん通学路も極力避けていた。




 四十九日の法要が終わって私の骨は叔父が所有する墓地に葬られた。

 でも私はやっぱり成仏しなかった。

 どうやら私の魂は骨にも宿っていないようだ。




 叔父のお墓は大きな霊園の小高い丘の上にあって、見晴らしがいい。

 だから私は行く当てがなくなると、そこから見える遠くの山や駅前のビル群なんかを墓石の上に座ってただただ眺めていたのだ。




 そこにいると気持ちが落ち着いた。

 姿が誰にも見えないのなら、人の少ない場所である墓所が向いていたのかもしれない。

 それに私は幽霊なのだから墓場はお似合いのはずだ。




 そしてそれもそんな一日の出来事だった。

 霊園にはもちろん墓が多いことから法要でやって来る人たちが週末ごとに集まって来る。

 みな喪服を着て神妙な顔つきで大勢やってくるのだ。




「また、いつものか……」




 そんな風に私はひとりつぶやいた。

 今日の団体さんは私の骨があるお墓の隣だった。

 その数は十五人くらいで持っている塔婆から男の人の供養だとわかった。




 お坊さんがまじめな顔つきで厳かにお経を唱え始めた。

 それが合図のように集まった人たちは手を合わせ、頭を下げている。

 もちろん近くでそれを眺めている私の姿に、気がつく人はいない。




 でも、そのときだった。




「……あっ!」




 集まっている人たちの中に見慣れた服装を見かけたのだ。

 それは私が通っていた都立大谷南おおたにみなみ高校の制服で白いワイシャツにエンジ色のネクタイ、下は紺のスラックス姿で、男子の夏服だった。




 私は、知っている人かと確かめようとして墓石から飛び降りた。

 そしてその男子のすぐ前に立った。

 でも下を向いて拝んでいるので顔を確かめることができない。




 丁度そのときお坊さんのお経が一段落ついたので、みんなが一斉に顔を上げた。

 そして私は目の前の顔を、見ることができたのだ。




「……あっ!」




 私は驚いた。

 それは見知った顔だった。

 隣のクラスの人だった。合同授業などで、いっしょになった記憶がある。




「確か……、相田あいだ万平まんぺいくん?」




 そう、確かにそんな名前だった。

 正直言うと冴えない系の男の子で、よく言えばおとなしく悪く言えば地味な雰囲気の人だ。

 人畜無害ってことで嫌われてはいないけど、はっきりいって私たち女子の間で噂になることは一度もなかったはずだ。 




 そして私の驚きはそこで終わらなかった。

 目の前の万平くんの目が、みるみるうちに大きく見開かれたからである。




「……うわっ!」




 万平くんはそれだけ言うと凍り付いたように固まっていた。

 万平くんの声に、お坊さんも集まっている万平くんの親族らしい人たちも一斉に振り返る。

 みんなの視線の先は驚き顔の万平くんだった。



 私の姿は、もちろん誰にも見えていない。

 しかし、お坊さんのお経が再び始まったのでみんなは一斉に拝み始めた。

 ――ただひとり、万平くんを除いて。




 万平くんは、まっすぐ私を見ているように思えた。




「……も、もしかして……わ、私が見えるの?」




 私は、ほんのちょっとだけの淡い期待を込めて小声で尋ねた。

 よく考えたら、私の声なんかいくら叫んでも誰にも聞こえないのに私が思わず小さく口にしたのはここが法要と言う厳かな舞台だからだった。




「……ゆ、幽霊だよね?」




 万平くんが怪訝そうな声でそう応えた。

 もちろん小声だった。




「そ、そうなの。私、幽霊なのっ!」




 私は叫んでいた。

 もしかしたら、いや、もしかしたらじゃなくて死んでから初めて私は他人と会話が成立したから……。




 これが私と万平くんとの出会いだった。


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