第3話 凍死ほど、惨めなものは無い
『エルフはゴミ』
これは古くからの事実だ。生まれてから何もしない、ただ害しかない。息を吸って吐くだけでも厄災を招く、もはや意志を持った悪である。
だが、それでもエルフにはひとつの特徴がある。
"魔法が強い"という事。まぁゴミだなやっぱ。
◆◆◆◇◇◇
少し前から違和感があった。あのエルフの目的。
エルフは人質を取った時何も言わなかった。言わせなかったとも言えるかもしれんが…。
まぁいい、恐らく
「急げ、金で雇ったエルフだが、いつまで持つかわからん。クソ! なんでよりによってオルガマリン家がいるんだ!」
「分かってるよ! でもこの暗闇じゃ――」
ここは、ショッピングの屋根裏と言うべき場所。鉄骨で構成されており、少しでも足を踏み外したらおじゃんだ。だが、ここ以上に都合のいい場所もない。下の戦いは無効化できるし、何より見つからない。
だがそれは――
そして、こんな別働隊に気づかないほど人間は甘くない。
犯人は綿密な計画を立てていた。だがそれも…
「そうかそうか。今までご苦労さん。残念だがゲームオーバーだ、ロスタイムが欲しいか?」
それもこうやってイレギュラーの二人に台無しにされるんだからさ。
犯人は日本人二人と、エルフの三人だな。エルフが時間を稼ぐ間に、俺の後ろにある金庫から金をたんまり頂く寸法か。
うん、シンプルだけど悪くない。現に俺以外の人間は、全員避難しているからな。
「てめぇ、どけガキ!」
目の前の二人だが、恐らく部下が俺に襲いかかって来た。
…遊び相手にはなるだろ。死ね!
◆◇◇◇◆
場所は戻り、エルフとマール。エルフはある違和感を覚えた。だがそれについてはすぐに結論が出る。信じられるかは別として。
(こいつ…なんでこんなに魔法を打てるんだと思ったら、なんだこの
耐久戦で地道に戦うかと思ったが、これじゃあジリ貧だ。勝てるわけねぇ!)
もう遅い。獲物が狩人の力に気づく時は、【とどめを刺す時】だ。
既にマールは魔力をセーブしてない。いつもは常人レベルに抑えている力をただ子供のように、さらけ出している。
彼女は一つの魔法を使う。宝玉のように美しい魔法の玉を生み出し、両手で押し潰していく――いや、正確には【圧縮】しているのだ。
「エルフ、炎と氷、ジリ貧だと思った? 私の氷は魔法すら凍らせる。さようなら」
マールの両手の中で、魔法が圧縮…圧縮…圧縮していく。少しづつ爆弾が生成され、エルフの顔にも焦りが見える。
だが近づけない、あれに近付けば例え炎の体を持っていても凍結される。
空間が歪んでいく。急激な温度下降によりガラスが割れてエルフの血流が下がり動きが鈍る。息が白くなり、視界がぼやける。
「エルフよ、あなたの健闘を認めます。冥土の土産に持っていきなさい…なんて言うとでも思ったか? 何も分からずただ砕けて死ね。ゴミが」
マールが手から魔法を上にあげる。今まで圧縮していた分、一気に膨張する。それは白い光、全てを凍結させる絶滅の権化。
その昔、恐竜という生態系の頂点にいた生物を絶滅に追いやった究極の力である。
「凍結魔法 奥義
エルフの火炎をものともせず、まるで最初からなかったかのように、自然の現象のように体の隅々を凍らせていく。
「…バカな」
エルフはそれしか喋れない。口を開けた瞬間に唾液が凍結する。
ショッピングモールを全て氷が覆い尽くして、やっと膨張が止まる。
手がこおり、白銀の世界でマールは少し歩く。
「…いくらなんでも頑丈すぎない?」
マールの前には氷漬けになり、今にも体が崩れそうなエルフが居た。顔はほぼ凍って、長耳だけが判断材料だ。
「この地獄の世界で平然と歩いて居るやつが何を言っている? 自分の強さを棚に上げるなよ。
…なぁ一つ聞いていいか?」
「何?」
「…人に生まれて幸せか?」
(時間稼ぎか?)と、一瞬マールは疑ったが、それは無いと悟る。もうエルフに、男に逆転の術はない。
だからこそ、マールは少し目を瞑る。
「幸せ…ね。エルフでは無く、人間として生まれた事実には、珍しく自分を褒めてあげたいわ」
「…随分と嫌われたな」
エルフは、鼻で笑う。その横にマールの氷の剣が刺さる。
顔は見えない。殺気が覆い隠して、黒く見えていた。
「嫌われた? ふざけるなよ。お前らが生きていてなにか得があったか? 我々の世界を
少しづつマールの剣がエルフの首に迫る。ギギギと鈍い音を立てながら、氷を削って迫る。
「ハハッ、害悪ねぇ。エルフは歪んでいると俺も思うが…お前ら程じゃない。倫理を保てているように、己を騙しながら生きる【歪曲】な生命体を俺は知らん。それを――」
スパン! とエルフの首が飛ぶ。打ち上げ花火の様にくるくると回転しながら生首が飛んだ。
その時マールは知る。エルフの言動に腹を立てていた事を。氷の剣の柄にヒビが入り、息を荒げている自分に少し腹が立つ。
そして何より、最後まで話を聞かなかった自分に腹が立つ。
彼は最後に何を言いたかったのか? 首のない死体をマールは見つめても何も答えは出ない。
【銀世界】が溶けていく。氷が小さくなり、マールに帰っていく。相変わらず彼女は、この氷が体内に帰っていく感覚が嫌っている。空いてない蓋を、無理やりこじ開けて液体を流し込まれている感覚だ。
「…そっちは終わった?」
どうやら気づいていたらしい。俺が影から見ている事に。あの盗賊共を上から突き落として殺した簡単なお仕事だしな。
…隠れていても無駄か。
「終わったさ。そっちも無事なようで何より」
「無事…ね。貴方は何をしていたの? 最初は【銀世界】から逃げる為だと思っていたけど、今思えば明確な意思があった。それは何?」
「別に…ただの野暮用だよ」
「そう」
"殺される"と思った。そんな事彼女はしないと分かっていたがらも、体が、心が伝えてくる。
"この女から逃げろ"と、近づくなと促してくる。
それでも今は、その氷のような凍てつく瞳が少し心地良い。
生まれて初めて"彼女の手を握りたい"と思った。
「…凍るわよ。触ると」
そう思った時には、俺はマールの手を握っていた。冷たい、まるで氷を触っているかのように、握っている物が手だとは少し信じられなかった。
「お湯かければいいだろ」
その答えにマールは少し笑って。
「そう…ならもうちょっと握ってて。…人の体温ってこんなにも"温かいのね"」
彼女が本来持ちうるべき感覚。それを少しでも渡せるのなら、手が凍るぐらい安いものだと、胸を張る自分がいる。
"暁は人か?"という問があれば、こう応えたい。
「人でいたい」と。
「…『人でいたい』って何の話?」
どうやらマールに聞こえていたらしい。俺が首を振ると、興味無さそうに、少し歩く。もちろんでは繋いだまま。
彼女の氷は既に溶けた。周りの温度も元に戻っている。それでも…
「寒いな」
「だから言ったじゃない。でも貴方から握ったんだからね。暖かい場所に行きましょう。
「えー、あの無法地帯かー」
そう、謳歌都市は無法地帯と呼ばれている。その事実を舐めない方がいい。
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