悪魔令嬢ティファニー

悪魔令嬢の屋敷探索


 パトリシアの肉体を得て、屋敷の地下室から階段をあがってゆくティファニーはこの家が不気味なほどの静かであることを知った。

 使用人の気配などなく、廊下の隅には埃が溜まっている。窓ガラスは薄汚れていて、外の曇天どんてんをますます憂鬱ゆううつに演出していた。


「貴族令嬢に成り代わって、遊び放題だと思ったんだけどなァ」


 ティファニーは暗雲が遠くでピカピカ光るのを眺め、そう零す。

 草木はほとんど枯れて、茶色と黒ばかりが曇った窓ガラスの向こうに広がっていた。


 それでもティファニーは久々のという行為に、ご機嫌に鼻歌を楽しみながら、軽快なダンスステップも踏みつつ、屋敷を散策した。

 年若い令嬢が誰もいないボロ屋敷で歌い踊る姿は奇妙で不気味である。その光景を目にする者はいやしまいが。

 ひとまず扉を見つける度に開いていった。

 まずは恐らく住み込みの使用人達が使っていたであろう部屋がいくつか見つかったが、荷物はほとんど残っていなかった。そっくり荷物が残っているのに、部屋の主の気配のないところもあった。大方、魔物にでも殺されて帰ってこなかったのだろう。

 厨房ちゅうぼうにほとんど食べ物はなかった。ティファニーは舌打ちひとつし、なんとか食べられそうなフルーツの缶詰を三つ抱えて、また散策に戻った。

 風呂は暫く使われていなさそうだった。そういえばこの体はやけに頭が痒い。

 

 この屋敷の主人のものであろう部屋も見つけた。執務机の上には王宮への嘆願書たんがんしょが山とあり、そしてまたこの領土の民からの男に向けてだろう嘆願書も山とあった。

 自分で守るには限界があり王宮に助けを求めても……といったところだろう。パトリシアの怨嗟えんさを思い出し、ティファニーは手に取った嘆願書をペッと放り投げた。


「使えそうなマシな部屋はないわけ~?」


 幸い、パトリシアの私室であろう部屋は広く、比較的清潔であった。ただし。


「おげーーっ!!! さ、さ、最悪!!!」


 ベッドにまだ僅かに肉の残る頭蓋骨があったのは本当に最低最悪であった。恐らく父親のものであろう。首を落とされたとか言っていたのだから。


「あのどうかしてるわ……どうかしてるから悪魔アタシを呼んだのか……」


 ベッドの上に置かれたそれひとつが、部屋の清潔感を台無しにして、しかも悪臭を蔓延させている。

 ティファニーは換気するために窓を開けた。瘴気しょうきの混じった爽やかな空気が部屋に流れ込んでくる。人間ならばじわじわと肺を侵されるだろうが、ティファニーが今や所有しているこの肉体は瘴気の影響など受けやしない。

 この頭蓋骨を外に放り投げてやろうかとも思ったが、ティファニーは思いとどまった。

 ただその頭蓋骨を両手で持ち、目玉を失ったふたつのうろを見つめてみた。


「誰かのために頑張ったけど、結局はどうにもならなかったのね。可哀想に。でもよくあることよ。愛も努力も基本的には実らないものなの」


 頭蓋骨にそう話しかけ、ティファニーはそれを勉強机の隅に置いた。そして机の上に綺麗にまとめられた紙の束を見つけたのである。

 フルーツ缶の蓋を開け、みずみずしいそれを指先でつまんで口に含みながらティファニーは椅子に座った。


「んんん~~♡ 最ッ高……!! っていいわァ~~!!」


 フルーツの欠片を噛むと、砂糖たっぷりの汁が口内に広がり、そしてぬるりと喉を通って腹を空かせた胃袋に落ちる。多幸感に酔いしれ、ティファニーはうっとりとした。


「缶詰でも、無いよりはマシ♡」


 ベタベタに汚れた手も気にせず、ティファニーはパトリシアが残したであろうそれらに目を通す。

 そこには国の重要であろう人物達のプロフィールが記されていた。中には恨みつらみも綴られている。


「多いッ!! 四人くらいにしておきなさいよ!! 四人にしておきなさいよ!!」


 ぶつぶつ言いながらもティファニーは律儀にペラペラと全てのプロフィールを確認していった。


「ハァ~ッ、どうしたもんかなァ~」


 空になったフルーツ缶を部屋に投げ捨て、ティファニーは頬杖をつく。


「このの良いところは、『まだ契約を遂行中』ってどれだけでも言い張れるところだったんだけど……」


 そう、ティファニーは王国を崩壊させる気など更々なかった。そんな骨の折れること、悪魔とはいえ困難な道程みちのりである。

 けれども、遊んでいようが何していようが「これも計画の一部」とでも言えば、通るのがこの契約の穴であったのだ。

 契約遂行中が最もティファニーが自由であれるのが、この契約の肝だ。

 パトリシアに話が違うと言い張る力はなく、ティファニーはこの体が朽ちるまで遊びに遊んで、最後にいらなくなった体をパトリシアに「契約遂行できませんでした」とでも言って返すつもりだったのだ。――ティファニーは悪魔である。


じゃあ好きに遊ぶこともできないわよねェ~?」


 ティファニーは頭蓋骨に話しかけた。当然、返事などない。


「ウフフ、憎らしい? 可愛い娘の体を好きに使われて……。それとも死んだ貴方はとっくに世界の一部に返って、この娘のことなんて忘れちゃってるかしら?」


 頭蓋骨の虚はただティファニーを見つめるのみである。


「…………、ま! 多少頑張りますか!! 遊べるくらいにはのし上がりましょう!! 国全てとはいかなくても、こいつらの何人かを好きにできれば……贅沢三昧できるでしょ~!! オーホホホホ!!」


 魅了の力があれば、なんとでもなる。ティファニーはニヤリと笑い、楽しい未来を想像してご機嫌に高笑いするのであった。

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