第24話 ケツをまくって逃げろ
天文18年(1549年) 三河国 岡崎城
ふと、慌ただしい音がすると思った。
そのまま、わしは叩き起こされた。
気分よくはない。
しかし怒りの声を上げる前に、わしは眼前の汚物を視認して硬直した。
「かわいいこでちゅね」
そう目の前の汚っさんに言われた。
紳士である彼は、ふんどし一丁である。
―――衆道とは、真の男のたしなみである。
そう、マッポウ・ワールドでジェペン・ポリス・オフィサーをコフィンしてからハラキリ・バイバイしたミスマ・ユッキーの顔をわしは幻視した。
多様性は大事である。
わしもケツが大事だと知った。
なので、痔をもたらしかねない目の前のおっさん。寺の病は、まだ早い。
彼に正対し、わしは即座に行動した。
逃げである。
恥も外聞もなく大騒ぎしながら牢から飛び出す。
……あれ、鍵は?
そう思っていると、忍者っぽい奴らが唐突に表れた。
彼はそのままクレイジーショタ食いホモを牢に閉じ込めた。
なんと言う手際だろう。マッチポンプかな?
「竹千代さま、無事今川からは脱出できたようですね」
黒覆面の怪しい奴が、わしに話しかける。
「………何者か」
「某からは、お答えは出来かねまする」
まあ、当然だろう。
「遅参しまして申し訳ございません。これより貴方様を逃がすための手助けをさせていただきます」
「して、どうする?」
わしを逃がすのは、何ゆえか。
わしが生きてることで利を得る、または人質にしたい勢力からだろうか?
奴は、平坦な声で言う。
「西へ。まずは京見物してもらってから、おいおい九州へ落とします」
何故に、と思うと奴は続けた。
「我が殿曰く、貴方様が生きてたほうが良いんだそうです」
「……何故だ?」
「貴方が徳川家康、そう貴方だからだそうで」
わしは、この覆面を警戒した。
「………何を知る?」
「私は何も知りませぬ。我が殿に従うのみ」
覆面は、わしを促す。
「どうなさいます? 家康殿」
詐欺の仕込みやら、何かの策だとも思えた。
けれども岡崎から脱出しないと命が危ないのは間違いない。
長考できる猶予もない。
「……………従おう」
わしは、この忍者の手引きで岡崎を脱出することとなった。
■■■
外に出ると、父の隣にいた長身の男が待っていた。
とにかくデカい大男だ。
アメフト選手かバスケ選手でもやってけそうだ。この時代に恵体、野球やらない?
酒の匂いをプンプンさせながら、彼は名乗る。
「
頓珍漢な名乗りだ。センスのない名前である。
おそらく推定荘園の名を、フルで名乗るって何考えてんだ?
ただ、わしの未来の名を口にした男である。
驚きから、わしは目を見開く。
ただ荒田荘は手を振った。
「警戒するのは理解している。敵側だと思うんだろ? 間違いない」
「だったら、何しに来た?」
「お前を斬れと言われてな」
見れば奴は太刀と打刀の二本差しだ。
体格でバグるが、随分ヘンテコな武装。
ただコイツ、尋常な手合いではないのだろう。
一流の武芸者らしき風格が彼にはあった。
そんな彼は続ける。
「とは言え、言われただけだ。でもって、他の奴はどう考えてるか知らんが、俺はお前さんは嫌いだ。だが、殺したいほど恨んではない。ましてや、自分で天下を取りたいわけでもない。面倒なのは、お前に全部任せるよ」
わしはギョッとした。
こいつの考えが奈辺にあるのか、さっぱり分らんのである。
重い口を、わしは開いた。
「斬りもせず、であれば何の用だ」
荒田荘は澱んだ眼をしていた。
それが酒による酔いでないのは明確である。
彼は口をひくつかせ、答えた。
「一言で言えば、お前さんが最終的にどうなるか知りたい」
「何?」
彼は、無礼にも会話を打ち切り、どぶろくの瓶を揺らす。
下品なげっぷをしてから彼は答える。
「俺は、多分お前さんが作った時代と地続きの時代から来ている」
「お前も歴史を守るものだと?」
不用意だが言葉が出た。
だが、わしの言葉でも彼の表情は変わらない。
「歴史を守る? ………それ、どうでもよいだろ? なあイエヤス、この世界は狂ってるぞ、お前が思う以上に」
憐れむように、教え諭すように、ともすれば歌う様に聞こえるような調子で彼は言う。
「俺も、この時代を可笑しくした。俺の他にも日本を面白可笑しくしている奴が沢山いる。だから、そもそもお前さんが天下人になったとて、お前さんが最初に作った世界にはならないかもしれない」
彼はそこまで語ってから、わしを見た。
「だったら、お前さんをぶっ殺して滅茶苦茶にしてやるのもいいかと思った。だがなぁ、理由なくガキのお前さんを斬るのも寝覚めが悪い。そんでもって、お前を助けた輩に縁があってな。お前を助けて邪魔して、あとソイツにちょっと物申したい」
「酔ってるのか?」
酔漢の世迷言にしては狂気が混じってる。
わしが、答えたからか嬉しそうに彼は言う。
「酔わなきゃ、こんな狂った時代やってられねえだろ? さて、本題に入ろうか」
ビッと鮮やかな音を立てて、ヤツは太刀を抜いた。
切り落とされたのは、黒塗りの矢。
どうやら、ここはまだまだ死地らしい。
彼は納刀しながら言う。
おい、矢切なんて神業を軽くやるな。
「お前の転落、しばらく眺めるが……そうさな、その間、護衛くらいはしよう。どうだ?」
「オリジナル武将のくせに、強気だな」
わしがそう言うと、ヤツは笑った。
武将はないだろ、俺は剣関連しか能のない農民の倅だぞと笑う。
「いいだろう、付いてこい」
「承知仕った。では、ケツまくって逃げますかね」
ひょいと、大きな腕がわしを掴んだ。
どうやら抱えてくれるらしい。
酷く酒臭い、この男をわしは測りかねていた。
………空は曇天である。
星の見えぬ夜、わしはどうすべきか改めて悩んだ。
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