松平竹千代の流離譚

第23話 岡崎で待ち人

天文19年(1549年) 三河 街道上


 駄馬が名馬となればいいのにな。

 と思いながら、わしらは岡崎へと走った。

 速度優先で騎馬である。


 バッバも婆なのに騎馬してるから、異様な一団であろう。

 

 なお、わしは天野とタンデムであった。

 その天野は、擦れて尻が痛いと嘆いてる。 

 泣き言を言う暇があるか、バカ!

 今は、何が何でも急がねばならない。

 父に先んじなければ、確実にわしらは殺される。



 そうして丸二日、途中で休憩しつつも、わしらは駿府から岡崎まで走り切った。

 そうしていざ、岡崎城に入るや否やで、わしらは捕まった。


………な、何が起こったかわからねえ。


 とはわしは言わない。

 だって最悪の事態は予想していた。

 大叔父が岡崎抑えてるとか、さ。


……余裕があれば、母の再婚先である久松にも顔を出しておけば良かったか。


 わしは、そんなことを後悔した。

 そして待ち構えていた人物を侮ったことを恥じた。


「……久しいな、竹千代」


 縄を打たれるわし、それを見る岡崎の城代。

 城代は、鳥居の爺でもなければ、織田側でもなかった。

 上座に座っているのは、実父『津田広忠』である。


「そうですね、父上。して何故わしは捕らえられてるのでしょうか?」


 会話をしながら周囲を見る。

 近くは父の家臣だろうか?

 おっと、一人だけ見覚えがない若い男がいる。

 三河者ではなさそうだが……?

 ハチャメチャに長身、全身筋肉。

 誰だよ、アイツ。


「今川方やもしれぬ其方を怪しんでだ」


 父が返事をしたので、頭を回転させる。

 模範解答だ。今川へ送った人質が逃げて来たのだから。


「それはごもっとも。では父上、どの立場からの発言かな?」

 

 わしが嫌味を言うと、サッと父の顔に朱が差した。

 まだ青いな、父よ。


「竹千代! お前!」


 怒声だ。息子に対しての声ではなかろう。

 よく似た親子だと、わしは皮肉に思う。

 そうか、今回は父がわしを斬るのか。


「失礼いたしました。我が父の武略を侮っておりまして」


 わしは頭を下げつつ、今回こそ詰んだのだと思った。

 だが、ただでは死なぬ。


「牢に入れておけ!」


 こうして、松平竹千代は死んだ。


~完~


 死んだと言ったな、あれは嘘だ。

 竹千代じゃ。

 

 えへ、今、座敷牢に居るの☆

 

「何をしている?」


 見張りの下人がすんごい目で見て来た。

 どうやら現実逃避と健康の為、運動の為のダンシングが気に障ったようだ。

 うるせえな、運動くらいさせろよ。


 わしはマイムマイムを終えて、ドカっと腰を下ろすと、つらつら考える。

 

 この時代、親子の情ももちろんある。

 だが、まずお家大事だ。 

 これは他と比べられないほど……途轍もなく重い。

 己が何者であるかを保証するのが、そこしかないからだからだろう。

 だから家格を誰もが重視する。それは武家でなくてもだ。

 貧乏な公家だって位階を気にするし、農民だって庄屋だの本屋だのある。

 だから、わしでも妻子殺しをやったし、父も必要とあればわしを殺す。


……ただ、その点について今の父はちょっと異常だ。


 松平の家じゃなく、自己本位で動いた。

 だがなあ、今の父の可笑しい所はそこだけじゃないんだ。


 わしが駿府から岡崎への脱出を即断実行したのは策としては下の下だ。


 だが土壇場にしては分が悪い勝負じゃなかったと、自分では思う。

 本来なら、押し込めの話が他国に流れるのに時間がかかった筈。

 だから、その前にわしは岡崎を取れた。

 かつて成功したように。


……排除すべきは、今川の城代のみ。


 わし松平の直系だ。傀儡でも十二分に役立つ。

 が、そんなわしと同じく現状で城を取れる立場の松平の人間がいた。


 父、広忠と、父にとっては大叔父の信定である。


 筋目の正しさでわしと父が強いのは言うまでもないだろう。

 父にしろ、わしにしろカリスマ清康の血を引いている。

 父と言えば、松平信孝・松平康孝の協力を得て岡崎を取り返した男だ。

 岡崎の主と言えなくもない。


……対して信定は清康の兄弟である。


 家督で言えば、清康、広忠、順当にいけばわし。

 と傍流の奴は桜井松平家の当主でしかない。

 だが厄介なのは、信定は野心があることだ。

 彼は高祖父・長親から吹き込まれた宗家継承の野望があった。

 そして都合がいい駒として、彼には織田のバックアップがあった。


 けど、奴を担ぐ国人はいなかった。織田以外。


 だから父か、政治的判断で信定が岡崎を取るのはおかしくない。

 そう、今川が荒れた時ならば。


 実に不自然だ。


 確かに父は三河モンに嫌気がさして津田になった。

 そして今川の例のアレから一週間も過ぎてない。

 この二つの現状を加味すると、途端に不自然になる。

 

……父の入城が早すぎる。


 父は言い方悪いが、松平に背を向けた。

 信定は人望がない。

 なのに、何故父は短期間で岡崎を取れたのか?

 何かしらの仕込みがあったとしか思えない。


「……うーむ」


 牢の床で寝転がりながら考える。 

 今川のアレを予見していていた、または知っていたのは間違いない。

 皆が従うのは、何か大義名分があるからだ。

 

………こんな都合のいい話が、ありっちゃ、ありなのか?


 父の家出みたいなもの……すべてが茶番?

 示し合せて、安城を攻略し、時間をおいてから再び岡崎をかすめ取る?


「いや、無駄だ。無理だ」


 本拠地を捨て、悪評をかぶり、兵の損失も出してまで実行する価値がない。

 また織田も、支援するとしたら桜井松平の方が強かっただろう。

 ポッと出、いくら宗家松平と言え父を認め、信じるか?

 そんな支離滅裂な行動を許される免罪符が都合良くあるとでも?


「ないな」


 であれば考えを変えるしかない。

 今回得するのは―――どこだ?


「……間違いなく織田と武田、北条。そして吉良、か?」


 武田と北条は理解する。

 ただ吉良はありうるか?

 吉良郷一つで東西に分かれ内ゲバやった、あの家が?

 織田も利益が出るとは言え、劇物にも近い父を投入するか?

 あと投資的に無駄ではないか?

 

「まあ……今世はここまでかもしらんが」


 前世? で天下取ったのに、このざま。

 現状のわしの実績リザルト、足利茶々丸以下である。

 直ぐ殺されるかもしれんが、今は耐えるしかないか。

 しかたないので、わしは眠りについた。

 覚えていろよ孕石、必ず復讐じゃ。

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