第21話 今川館から脱出せよ

天文19年(1549年) 駿府 今川館


 クーデターの実行犯が分かった。

 武田信玄の親父、無人斎であった。

 この人、そういや今川に逃げて来てたわ。


……武田の強さは好きだが、それ以外は嫌いだ。


 信玄坊主にしろ諏訪勝頼にしろ、アイツら性根が肥溜めみたいに腐ってるのだ。

 鎌倉から続く甲斐源氏って聞こえはいい。

 だが、ヒッキー()な癖に偉ぶってんのだ。


……やってることは身内にしか優しくないヤンキーだけど。


 もっとも奴らからすれば「三河武士が言うな!」だろうが。

 わしのいない三河松平は、嫉●マスクであると断言しよう。

 織田を憎み今川を恨み、わし(=または宗家)の帰還を信じた狂信者どもだ。

 鳥居の貯蓄など、色々コッワである。

 そうして妄想しながら作業していると藤吉郎殿が呼んだ。

 熱々の粥を食ったのは今は昔、再度クソ寒い外である。


「……竹千代様、何を作ってるので?」


 わしはボロ布のすそを千切取り、もみもみしていた。

 繊維がほぐれていい具合である。

 掃き清められた今川館だが、植木を探せば枯れ枝もある。


「火つけようと」


「正気で?!」


 藤吉郎殿が慌てる。

 わしは、ごしごし火起こししながら答えた。


「ま、騒ぎにはなろうさ」

 

 そのままわしは錐揉み式を行った。

 途中藤吉郎殿と交代しつつ……やっと火が付いた。


「ええんですか……放火?」


「付け火は常道ではないかね」


 わしらは着火を確認すると、移動した。

 うんうん、火遊びは楽しい。


□□□


 さて、ここからは運良く顛末を目撃した、某氏の話である。

 武田無人斎らを中心とした武田。

 そして、ごくわずかな後北条。

 両家合同のテロリスト達は上上の首尾を上げた。

 

 埒が明かない信濃方面戦より海が欲しい武田。

 今川からの干渉を快く思ってない北条。

 

 同盟の裏で結託した両家は、見事作戦を成功させた。

 彼らの手品の種は簡単である。

 新年の祝いの前に、寺社仏閣を利用して兵を事前に送り込んだけだ。

 

 まさか正月早々攻められる。

 それも同盟国からの不意打ちとは思わなかった今川家首脳。

 彼らは軒並み押し込められた。

 もちろん寿桂尼にも捕まった。

 当然、分家筋の有力な家である関口や瀬名の当主も抑えられている。

 こうしてクーデターは成功したのである。


 あとは氏真を傀儡とすればいい。

 国人衆らを抑え、んで宗家筋である吉良と交渉。

 さすれば今川は戦国の世からサヨナラグッバイである。

 

………その仕上げの時のボヤである。

 

 草や乱波の仕業にも思えた。

 が、燃えた個所は要所ではない。

 しかしボヤに違いなく、火消しで今川館は混乱した。

 

□□□


 わしと藤吉郎殿であるが、無事逃げ出せた。

 赤赤と燃える火を背負って二人で逃げる。


「燃えすぎて火の粉で火傷したんやが、竹千代さま!」


「次は! 失敗しない!」


 ちんけな放火のつもりが意外と燃えたから、俺ら二人ともススで真っ黒だ。

 冬の乾燥で、恐ろしいほど燃え上がったのだ。

 混乱に乗じて工作できたものの、火付けはヤバいと痛感した我々であった。

 さて混乱に乗じて脱出したわしら。

 だが、脱出して暫くすると途方に暮れた。


「……竹千代様、どないしやす?」


「だよなあ…」


 今川館のクーデターがどうなったか分からない。

 言うまでもないが、藤吉郎殿もわしも体格は良くない。

 最低限の武装はカリパク(天秤棒と小刀)してた。

 が、プロ武士に出会えば体幹糞雑魚のわしらは即アウトである。

 危険な場所から脱出したが、ヤバイ予感が消えない。


「とにかく、松平屋敷へ行こう」


「いいんですか?」  

 

「行くぞ」


 わしらは屋敷に戻ると、バッバに驚かれた。

 どうやらバッバ、おぼろげながら事情を察していたようだ。

 緊急事態であるからこそ、わしは、皆を呼ぶ。

 天野、数正、バッバ、鳥居、藤吉郎殿を交え、今後について話すことにした。


 既に夜も深い。


 眠いがわしは必死にこらえつつ、臭い魚油の明かりの中で、皆に言う。


「まず、現状だ。今川館が主君押し込め、またはお家騒動を受けている」


「なんと……」


 バッバだな。

 数正と天野はわかってなさそうだ。

 屋敷の護衛かつ、この中で唯一のプロ武士である鳥居は呻く。


「竹千代様、本当にあり得るので?」


 わしは藤吉郎殿を見る。


「事実だ。そこな木下殿も目撃してる」


 藤吉郎殿も頷き、鳥居はため息じみたように息を吐く。


「遠州、駿州……揺れますぞ、三河も他人事ではないですな」


 まったくだよ、鳥居。

 こんなバカなことやるとは……武田も北条も何を考えてるのか。

 そりゃ一撃で今川の屋台骨へし折れるけどさぁ。

 しかし問題は、このクーデターの結果じゃない。

 わしらが今川と今後どう向き合うか、だ。

 わしは暫し考え、皆に意見を伝えた。


「ああ、海道一の弓取りがコケた。

 そして確実に我が師、雪斎は涅槃に送られてると思われる。

 戻るにしろ何するにも、今しかない」


 特に師匠の生存は絶望的だろう。

 わしの予想に、バッバが質問する。 


「……竹千代はどう動くのが是と?」 


 言われると思った。

 だから脱出した、その時からわしはずっと考えて来た。

 この今、わしが何をすべきか。

 わしは、藤吉郎殿を見ながら言った。


「わしらは尾張、いや岡崎に戻る」


 バッバは何も言わない。

 鳥居が、確認するようにわしを見た。

 戻る意味、そしてそれがどうなるか。

 目でそう問いかけてきた。


「それは……竹千代様の手で、岡崎で独立されると言う事ですか?」


 藤吉郎殿が目を見開いて、内心を見せてしまった。

 まだ、若い。

 それを見て、わしに天啓が下った。


………この嫌な状況の、最終的な勝ち筋が見えた。


 最終的に、わしは天下を取った。

 幸運もあった、だがそこまでに培った経験は何物にも変えられない。

 これを生かすのが、わしの再度の天下取りの助けになるだろう。


「うむ……という事で、藤吉郎殿。頼みがある」


 わしは彼に向いた。


「オレに出来る事ですか?」


「ああ。松下親子と行動を共にしてくれ、そして織田の若殿に伝えて欲しい」


 藤吉郎殿は意外そうな表情をした。


「ええと……」


「松下親子を説得できなくていい、とにかく織田へは伝えてくれ」


「松下様らが、今川に殉ずると言われたら?」


「殴っても言い聞かせろ、生きてれば浮かぶ瀬があるとな。そして、藤吉郎殿も死ぬな。わしはお前さんを友人だと思ってる」


 わしが言うと、藤吉郎殿はハッとした表情を作った。


「ははッ!」


 わしはそのやりとりをしながらも、自己嫌悪を抱いた。

 

――秀吉が天下人に至ってでも、何時までも松下親子にこの男は恩義を感じた。


 状況が見えぬ中、彼を駿府に残せば万一の時のつなぎにもなる。

 わしはコブシを強く握ると、天井を見た。

 今動かねば、ヤバい。

 勘でしかないが、その勘が死地が近いことを囁き続けていた。

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