第20話 今川焼風御所まき(まんまる焼きでも可

天文19年(1549年) 駿府 今川館


 そういえば、去年だかに河東の乱があったんだったか?

 現実逃避から戻っても、祝いの席が監禁現場に変わったままだ。

 流石にわしも観念した。

 どうやったか分からないが、クーデターだろう。

 まさか正月参賀に合わせて兵を送り込み、今川の中枢を抑えるとは……

 誰が絵図を描いたか知らんが、巧いなあ。


 竹中ムーブっぽい。

 陰険な女男風の味わいを感じます。


 と、わしは慌てる今川家臣を横目に、多少わしは余裕ぶっこいていた。

 だって、わしさぁ有力家臣の子とは疑われなかったから監視も緩い。

 しかし、何故かわからんが無性にヤバい感じがする。あれ、今川コケたら親父が更にブレイク工業じゃないか。


「逃げなきゃ(使命感」


 そっと抜け出せはしたものの、廊下で別の兵に見つかった。

 で下男どもらと、大きめの部屋に押し込められて今に至る。

 どうすっかなー? と思ってると、わしに声がかかった。 


「ややや!」


 誰だよ。

 わしが振り返ると、そこにいたのは藤吉郎殿。

 偶然とは言え、わしは固まった。

 何でいるのよ、アンタ。


「竹千代様も、災難で」


「本当だの」


 わし記憶に思い当たる節が無いってことは、予想外の出来事だ。


「どうすべきです?」


 藤吉郎殿がわしに尋ねる。

 一番いいのは脱出だ。

 さてどう逃げるか……? 

 わしはわしと同じくらいの稚児を見つけ、藤吉郎殿の耳を借りた。


「そんなの、やるんですか?!」


「勿論」


 さっと説明しつつ、わしは演技を始めた。

 さも漏れそうに、閉ざされた入口まで近づいて叩く。


「頼む! 漏れそうだ!」


 閉じ込められてた者たちもピクリと反応する。

 他人事ではない。ごく自然なことである。

 わが身に起きた時どうするかと注目を集める中、わしは続ける。


「藤吉郎! はようせい! 漏れる! 漏れる!」


 藤吉郎殿もあわてて近寄る。


「ちょっと待て!」


 監視の兵も慌てた。わしは、ここだと思い漏らす。

 

………嫌な感触だわ。


 さて仕上げだ。


「漏らしてしまったではないか! うぁわあああああ」


 嘘泣きである。

 だが本気で地団駄する。あ、こっちは少し快感だ。

 

「だれぞ服を替えよ! 変えるのだ!」


 事前打ち合わせのまま、藤吉郎がチビと交渉する。

 兵はまさか漏らすとは思っていなかったのだろう。

 漏らしたわしと世話役の藤吉郎、そしてチビと3人で追い出された。

 

「おい、お前。だまって服をよこせ。でもって、わしのケツ拭かせろ、いいね?」


 そうして狸と猿の手で、あわれ稚児は辱められた。

 

■■■



 今川館を抑えるのだ。

 外に誰かを出して、兵を連れ来ることは困るに決まってる。

 なので予想通り、今川館の門は閉ざされて兵が監視していた。


「……なんだ、お前ら?」


 いかにも雑兵といった足軽が、わしらを誰何する。


「へえ、祝いの品を運んだ下人です。

 用が済んだので、お侍様に言われて出て行けと言われ」


 流石藤吉郎殿、演技がお上手だ。


「誰も出すなと言われておる!」


 足軽は声を張る。間者の可能性もあるからな。

 

「そげなこと言われても困る。オレは旦那様んところに戻らんと叱られるんだ!」


「叱られればいい、知ったことか!」


 そうして我々は、すごすごと引き下がった。

 戻りながら藤吉郎殿が困った顔で言う。


「………竹千代様、上手く行きませんでしたな」


「ダメもとだ。まず監視を抜けられただけよしとしよう」


「しかし、竹千代様、あんな恥をかかなくても」


 わしの今の格好は、着古した着物姿である。

 先ほど、放尿からの地団駄で手に入れたものである。

 あの小僧から着物を奪ったのは悪かったか?

 だが、わしは反省してない。

 周囲のドン引きはなかったことにする。


「あれくらいやらねば、馬鹿な小僧と思われんだろ?」


 しっかし着古しただけあって、布の薄いことよ。

 おかげで寒くて仕方ない。

 ズビと鼻をすすりつつ、わしらは物陰に屈んだ。


「次はどうします?」


 藤吉郎殿も隣に屈む。

 わしは、この展開を誰が望んで、誰が一番得するかを考えようとした。

 が……やめた。

 そんな余裕はない。寒いしな。


「寒いし温石でも仕込みつつ、粥でも貰いに厨へ行こう」


「ええと逃げないので?」


「どう逃げる? 塀を乗り越えても射られて終わりだ」


 納得いかなさそうな藤吉郎殿へわしは続けた。

 寒いし、カロリー補給と脳みそにブドウ糖入れたい。


「無理に逃げれば怪しまれる、まずは飯食って英気を養うべきだ」

 

 そうして我々は厨に行き、もっともらしい嘘で飯をたかった。


「どうなります?」


 後の太閤の問いに考える。

 熱々の粥を騙くらかして手に入れた俺ら。

 どうするかねえ、本当に。

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