第19話 笑ってはいけない今川館24時 後

天文19年(1549年) 駿府 今川館


 上座に座る女児が首を傾げる。

 通された部屋で、わしは困っていた。

 わしは美人に育ちそうな彼女を見る。

 幼児と幼児が見つめ合う。


「まつだいらどの、いつもわかをありがとう」


 最初の、その発言の後から今までこうして無言が続いている。

 どうしてこうなったんだろうなーと思うと、わしのせいだ。


……以前から瀬名姫はじめ、方々とメールしていた。


 マッマは時候の挨拶と贈り物。

 お相のパパへは、あなたの娘はわしの嫁にしますメール。

 瀬名姫は……褒めて褒めるメール。


 そう、コネさえできればええんやて!

 と、彼女へは色々杜撰なままやってきた。


 そりゃね?

 前回で嫁さんにしたこともあるのよ?

 気は使ってるのよ、わし。


 でも、そんな彼女を息子である信康ごとバッサリやったのが、このわし。

 二回目と言うことで、NGやらないためにも気を使ったのだが……

 どうやら姫の養育係には気に入られたようだ。

 素敵な和歌や贈り物のお礼にと、小遣いをくれるようになった。

 今回は婚約したのでお話でもどうか、と気を利かせてくれたらしいが。


……わしは視線で姫の侍女に助けを求めた。


 しかし、彼女は微笑むばかり。

 わかる、わかるよ。あれなんだろ?

 幼児が恥ずかしがって話せないとか! そう思ってるんだろ?

 微笑ましいわぁとか、ほっこりしてるんだろ?

 変な汗をかきはじめたところで、瀬名姫が問うた。


「まつだいらどの」


「な、なんでしょう?」


「あそびのてんさいとききました」


 遊びの天才?

 誰が? わしがぁ?


「でも、まつだいらどののあそびはおのこのものばかり」


 ぎゅうううううと胃が締め付けられる。

 待ってくれ、女の子の遊びなど……知らんぞ……わし。


「ひめにふさわしきあそびをおしえてたもれ」


 はいキターッ!! 無茶ぶり来ました!!

 ちょ、これ困るって。わし、知らへんぞ!

 着せ替え人形とか、おままごととか……あかん、ものがない!

 無い中で、何をやる?

 どうするんだよ。


「姫にふさわしき遊びですか……」


 わしは今度こそ、助けてもらえると思って侍女を見た。

 無視された。いや、正しくは期待された目をしている。


「………それでは」


 わしは、ヤケクソ気味に懐を探った。

 何かねえかと思うと、紐があった。

 おう、ヘルにブッダがカミング。


「松平竹千代、やらせて頂きます。あやとり」


 自分でもコントの口上みたいだと思った。

 だか止められない。

 わしは、ぎこちない指先で必死であやとりを行う。

 瀬名姫は、理解不能な目でわしを見ていた。

 だが、形を見立てて指で遊ぶのだと理解すると、食い入るように見てきた。


……ふふ、わしったら優秀でごめんね?


 と、一通りわしが披露した後である。

 姫はニコニコ笑顔で行った。


「さすが、まつだいらどの。たっしゃ、たいぎぞ」


「ありがとうございます」


 懐紙で汗をぬぐう、わし。

 そんなわしに、笑顔で姫は言った。


「つぎなるあそびをおしえてたもれ」


 わしは目の前が真っ白になった。

 無茶ぶりしすぎやろがい!


□□□

 

 姫の無茶ぶりは、正月の宴席が始まるまで続いた。

 指スマ、じゃんけん、あっちむいてほい、ふくわらい、ちゃつぼ、おはじき、まるばつ遊戯ゲーム文字方陣ナンプレ……

 一種の知恵熱でヘロヘロになりながら、わしは会場へ戻った。

 して、今川館での新年の宴が始まった。


……正月だから雰囲気は良い。わしも安堵していた。


 宴もたけなわ、何故か鎧武者が出て来た。

 斬新な余興だと感心してたら……どうにも様子がおかしい。

 あれ、ヨシモーが後ろから羽交い絞めされて監禁されてね?


「お前ら動くな! もう助からないからなあ!!」


 実行犯、おめえ何言ってるか分かんねえ。

 わしも、よくわからん。

 だが、どったどったと何処から来たのか兵に囲まれて我ら『わからせ』られた。

 これ主君おしこめじゃなくて、三郎殿の本能寺なものっぽい。

 え、記憶にないんですけど?!

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