第18話 笑ってはいけない今川館24時 前

天文19年(1549年) 駿府 今川館


 さて、今川の人質になったことで変わったことはある。

 人質と言うけれども、実質的な臣従なのだ。

 前回同様に今川家臣として、わしは扱われることとなった。

 そして元服していないものの、松平の名代としても見なされた。

 で、その日は正月ということで、わしも今川館こと義元邸に呼ばれてた。

 そんな中、事件は起きた。


■■■


 待合室でのことだ。

 大名らしく多くの家臣が、年賀を祝いにやってきており、部屋中武士だらけ。

 いるわいるわ、前世で見た顔。

 

 孕石もいる。●ねばいい……

 

「帰りてぇ…」


 わしはぼやく。

 呼ばれたはいいが、今のわしって半ば厄介者の人質だ。

 待合室の広間の片隅で一人寂しく座っていた。

 

 ボッチだな、うーむ。


 わしとしては妙にしっくりくる。

 だから回りを観察出来る余裕もある。

 今川義元の絶頂期だもんな、家臣たちもイケイケドンドン。

 あーあ、どいつもこいつも正月の祝いの宴で浮かれてる。

 楽しい待ち時間なので、誰もが上機嫌そうだ。

 小さくあちこちで固まって、お互いに談笑したりしている。

 ふと、わしは視線を感じた。


「あの童は?」


 和気あいあいとしたそんな空気の中だ。

 一人の家臣が、空気を読まずにわしに気づいた。

 すると対面にいた男が振り向いて、わしを見た。


 誰だったか? 孕石と仲いい奴だった気がする……あいつもいつか必ず粛正しよ。


「あれが三河のバカの倅よ。

 ほら、遊び惚けて、遊びばかり作ると言う」


「馬鹿?」


 わしに気づいた男はわしのことを知らんらしく、そう言った。

 だからだろう、問われた男は好機とばかり声を張りつつ言った。


「津田広忠よ! 殿に呼ばれたとはいえ、あれもよう来たもんだ」


 わざと張った大きい声だ。

 そんな調子で言ったのだから、周囲もわしに注目する。


「……チッ」 


 舌打ちしたのは誰だったか?

 父の被害者や、祖父からの因縁があるやつだろうが……

 チラチラと見られ、で、おのおの、ひそひそと話しをされる。


「殿は何故生かすのだろう?」


「奴を殺せば」


「三河守護なら……」


 一斉に見られることはない。

 だが、わしをチラ見しては、ヒソヒソ話をしている。

 なので、否応なしに意識せざるを得ない。

 妙な羞恥心と、緊張をわしは覚えた。


――これは自分のことを話してる快感か?


 なんとなく。

 だが、わしは見られることの不快感、そして快感がどういうものがわかった。


■■■


 そろそろ、四半刻が過ぎるか?

 はじめは我慢していた。

 が、意外と長いことヒソヒソやられている。

 なので、わしも落ち着かなくなってきた。

 あと、腹が立ってきた。


 わしは見世物じゃないぞ!


 しかし、相手は大なり小なりである立場ある身分だ。

 何かしらの文句を言ったところで、軽くあしらわれるだろう。

 

 あしらわれるならまだマシ。

 物笑いのタネになるか、下手すれば刀を持ち出されかねん。


 あれ、これ?


 わしはおぼろげに思い出す。

 いつかやらんかったか?

 前回と同じじゃん。


「……」


 何したっけ? わし、ここでうまいことやった気がする。

 確かシモを使った気がような。

 

 屁か? 違う気がする。

 

 ふーむ。

 何しようか?


 1、 ここはわしの久能山を見せてやる(ポロン

 2、 賢い家康君は閃いて、ゲキウマ一句を詠う

 3、 黄金の水鉄砲を、いざ解き放つ(ポロン

 4、 今こそ勝負の時、見よ! 絶叫脱糞!

 5、 俺の舞を見ろ(ポロン 


「………」


 とりあえず、立ち上がる。

 おうおう注目されてるな。

 さて、縁側まで来て……げッ、すそ踏んだ!

 これは一回転の前転からバク転しかない!!


「「おおお?!」」


 何が起こったか分からん。

 が、歓声が上がったと言うのは、わしが綺麗に着地したからであろう。

 わしはバクバクする心臓を落ち着けるため、厠へと向かった。


 そうして、わしは思い出した。


「あ、やべ。縁側で放尿だったか?」


 厠で用を足しながら、わしは少し反省した。

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