第9話 安城合戦後、人質交換への推察

天文十七年 尾張国 熱田 加藤屋敷 竹千代居室


 年が明けた。

 で、加藤屋敷はバタついていた。

 聞けば安城での戦だそうな。


 戦を控えれば、そうもなるか。


 ふと下男下女から父の名を聞いて、わしは微妙な感傷を感じた。


 時期が違う気がするが、恐らく父上が死ぬ前の戦、小豆坂の合戦であろう……


 しかし暫く生きたが幼少期をやり直すのは、奇妙な感じだ。

 下野家は無く、わしの独鈷所は実に貧弱である。

 そのような冗談を交えつつも、わしは今更ながら新たな気付きを得ていた。


 と言うのも、何故わしを人質として織田に預けたのか?


 この父の動きを理解できたからとも言う。


■■■


 わしの父である広忠は、その父であるわしの祖父、松平清康の後継者である。

 後見の長親クソジジイ……わしの高祖父もまだ生きていたっけか?

 けれども、様々な理由から父は後継者であることを内外に示す必要があった。


 ついてない人なのだ、我が父は。 


 父は被官の意識は薄くとも、京の伊勢氏に対して思うところがあったのだろう。

 そう思われる。

 だからこそ派手に内外に松平ここにありと見せつけたかったと想像する。


 なにせ我が祖父である清康は戦には強かった。


 それは彼の代で松平による西三河統一を達成した手腕からも間違いないだろう。

 松平一族の惣領となった長親のクソジジイからの遺産があるけどな!

 誇張抜きに、祖父の頃の三河侍も強かったらしい。

 わしも古参から聞き及んだのだから間違いはない。

 だが、そんな西三河の主から権威を伴う存在になろうとして……


 祖父も父も擁護しようのない失敗をした。


 そこそこ評価する身内なので擁護する。

 一応、祖父は戦に強い武力だけの男でもない。

 でなけりゃ存在感のない曽祖父から家督を引き継がないからな。

 実際、寺社の勧進やら朝廷への接触など、抜け目ない政治の勘と確かな上昇志向もあったのだ。

 だから地盤の強化、そう三河支配の正当性を祖父も父も欲した。


 ここまではいい。


 ただ一色や細川と言った所を使わず、幕府下で正当性……

 例えば三河守護を得ようとすると正攻法では難しい。

 

 悲しいかな、松平の家格は低いのだ。

 

 となると地元の名家である吉良家の権威を、まず否定せねばならぬ。

 あるいは、そんな吉良を飲み込むか。

 そのために世良田の名乗りに目を付けるなど、祖父も父も発想は間違ってない。


 ただ、どちらも焦った。

 待つ事に耐えられなかったのだ。


 力を増すため、東西の吉良家、そして今川。

 それらに挑むよりは―――

 と、祖父は土岐と斉藤相手に手こずる尾張に踏み込んだまでは良かった。


 相手が織田信秀でなければ、わしでもそうしたろう。


 で、祖父はそこで信秀の流言の罠に嵌められ【半分こ】されたわけだ。

 守山崩れである。原因は色々あって、高祖父が朦朧したのも悪い。

 けどまあ、うん祖父は文字通りの半分こで死んだ。

 戦の最中にバッサリ切られたのだ。 

 なお、その主犯であるドジっ子の阿部ちゃん一族を父は許した。

 阿部って譜代の家臣だけどさ。


……わしとしては父は何考えてるんだ? と疑うしかない。


 度量の広さを見せるためだと言えばいい。

 だが、それまでだが。

 とは言え、祖父がそんな死に方したせいで、継承が上手く行かなかった父。

 その基盤はとてもとても弱かった。

 叔父が宗家の相続に色気を出していたのも悪いが。

 クソジジイは家が広がったから、それでよかったのかもしれんとも思う。


 ただなあ、祖父の死で家運が傾いたのも事実なのだ。


 祖父の死は一門衆の分裂を引き起こした。

 連鎖して三河で強かったはずの松平氏は順調に落ちぶれて行った。


 だから少しでも松平の同族の中から頭一つ抜けた現状を維持しよう。

 そう考えたらしい父は、泥臭くもがいた。

 当初は父は吉良の名に縋りついた。

 うーんこの、実に面の皮が厚い行動だ。


 やだな、元カノ頼るダメ男みたいだな……


 が、一度は良くても二度はダメだった。

 頼る父も父だが。

 そりゃそうだ、吉良も馬鹿じゃない。

 なので、父は今度は前々から世話になった今川に頭を下げた。

 

 戦国の世の習いとは言え、祖父のせいで沈んだ家運。

 それを父は浮かばせねばならんかったのだ。 

 例え誰かの力を借りようとも。

 もはや独力で西三河の支配者と言えないなら、やむを得ない選択であろう。


……で、わしの人質となる。


 安いものだ。

 今川へ、嫡男の命を預けるだけでいい。

 それだけで、自家を滅亡の運命から遠のかせることができるのだから。

 しかし、恐らく父は今川を信じきれなかった。

 今川氏に対して謙るも、国人らしく猜疑心を失わなかった。


……それが戸田を巻き込んだ、わしの人質の横流しだ。


 お家大事、今川氏の傘下に組み込まれても生き残れるようにしたと思われる。

 その裏で今川のメンツもつぶせて、織田に利益を出す。

 国人として生き残りの手段として悪くない。

 落ち度は戸田になすれば良い。

 実にスマート。


 そう、わしは理解していた。


 が、話がこんがらがって来たのは、その後の父の意味不明な行動のせいである。


■■■


 屋敷が異様に慌ただしい。

 どうやら、わしの記憶通り織田側が負けたようだ。

 ただ、妙なのは……


「信広さまが手籠めにされた!」


 と、加藤屋敷がやかましくなったことだ。


 これは、一応わしに関係する話ではある。


 信広殿とわしは人質交換の相手だった。

 おそらくその条件で揉めてると思ったのだが……?


 手 篭 め っ て 何 だ よ ? !


 わしは加藤殿に聞いて唖然となった。

 我が父、やりやがった。

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