日曜日。

午前8時。

ぱちっと、すっきり目が覚めた。

そのままうつ伏せになって、猫のように伸びをする。

背中側から何やら不穏な音が聞こえたが気にしない。

「まだ20代なんだけどな…」


今日は1週間で唯一夫と休日が重なる日。

大体近くのスーパーに買い出しに行って、各々好きなことをして過ごして、リビングで映画を観たり何かを共有する。

今日も例によって買い出しに行く予定だ。


冷蔵庫の中や調味料の減り具合、ティッシュやトイレットペーパーといった日用品が足りているかを確認して、裏紙にメモしていく。

こういうところ、アナログ人間だなあとしみじみ思うけど、文字を書くのが好きな私にはちょうどいい。


そうこうしていたら夫が起きてきた。

寝起きから割としゃきっとしている彼には珍しく、寝ぼけ眼をこすっている。

「おはよう」

「おはよう」

「早いね」

「うんすっきり起きられたから買い出しメモ作ってる」

「ありがとう。そう言えばメール来てたよ。例のアレ今日届くって」

「なんですと。なら今日の晩ごはんは決まりですねえ」

「ですねえ」

それならば、とまたメモに食材を追加した。


***


午前10時45分。

目的のスーパーに到着した。

携帯で写真に撮ったメモを見ながら次々カゴにいれていく妻と、後ろでカートを押す俺。

メモはわざわざ手書きで書くのにこういうところはデジタルなんて、少し矛盾を感じるがそんなちぐはぐなところもいい。

「ねえねえ!アボカド安くない?」

「たしかに」

「今日の副菜はアボカドの刺身にしよっか。わさび醤油かごま油かどっちがいい?」

「どっちもという手も」

「ありです!」

親指を立ててぐっとサインを送る。


そう言えば。

ぴょこぴょこ歩く彼女の後ろ姿に投げかけた。

「それ、この前買った服?」

「お!気づいてくれた!」

マスクで口元は隠されていても、向けられているそれは満面の笑みであるということが分かる。

「スーパーだし張り切りすぎかなあとも思ったんだけど、お天気もいいしせっかくだから着たくなっちゃった」

「うん。可愛い。似合ってる」

照れくさそうにえへへと笑うと、また次の品を見つけたようで、とてとて小走りで陳列棚に近づいていった。

我ながら素直になったなと感慨深くなる。

それもこれも妻のおかげ。彼女と出会えて夫婦になれてよかった。


***


午後1時。

せっかくだからサンドイッチとか買ってお花見がてらピクニックしない?という、素敵な提案を受け私たちは今近所の公園に来ている。

ちょうどいいベンチに腰を掛けて、サンドイッチを食べた。

私はヒレカツサンド、彼はハムたまごサンド。


桜は満開ではなかったが、誇らしげに咲く花と、これからだぞと意気込む蕾たち。

うん、こういうのもいい。

川がお日様に当たってきらきらと輝いていた。

「春だなあ」

「春だね」

「私、花粉がなかったら春が1番好き」

「なんで?」

「花たちが楽しそうに咲いて、それを見る人たちもうれしそうで。ぽかぽか温かくてなんだか幸せな気持ちになるじゃない」

「いいね。あと、結衣の誕生日もあるじゃん」

「たしかに。そう思うと我が家は春生まればかりなんだよなあ」

「ああ、渚くんから連絡来てたよ。誕生日のお祝いありがとうございますって」

「ちゃんとお礼が言えてえらい!さすが私の弟だ」

顔を見合わせて2人で笑った。

ほらね、こんなにも幸せな気持ちになれる。

桜たちもそよそよと揺れている。


***


午後5時。

買い物とピクニックから帰宅したあとは、各々好きなことをして過ごした。

私は買ってきたものを片づけてリビングのソファでごろごろ。

彼はお部屋で何かしている。


同じ家にいても、つかず離れずの距離感でいられるのが心地いい。

お互い何かあったら言ってくるだろうという安心感があるから成り立っているんだと思う。

いいなあこういうの。

私は昔から、それこそ学生の頃から結婚願望が強くて、年上の男性と付き合うようになってからは更に加速した。

毎度毎度この人と結婚するかもしれないと思ってお付き合いをするし、あーだこーだ想像してみたりしていた。

夫と出会った頃にも恋人がいた。今思えば大分ぞんざいに扱われていたけど、それでも好きな人で私は一生懸命だった。

そんな彼とも別れて、彼氏なんていらない!私は私のために時間もお金も気持ちも使う!と豪語していた矢先に告白をされてしまった。

されてしまったなんて言い方は失礼かもしれないけど、想定外のことで余裕もなかった私からすると、されてしまった、は適切な表現だ。


「結衣」

「ああごめん。回想の世界に旅立ってしまっていた」

「うん?」

「こっちの話。もうこんな時間かそろそろ晩ごはん用意しよっか」


***


午後7時。

「「いただきます!」」

今晩はすき焼きだ。

野菜もたっぷり、お肉もたっぷり。もちろん溶きたまごも忘れない。

2人で口いっぱいに頬張って食べる。

「んん…しあわせぇ…」

今にもとろけてしまいそうな表情で幸せを噛みしめる妻。

でも手は止めず、ごはんを頬張り、また噛みしめて今度は白菜を放り込んでほくほく熱そうにしている。


「今月はお肉にして正解だったね」

我が家には月に一度、会議がある。

そこで今月のご褒美を決めるのだ。

漫画やゲーム機の月もあったし、旅行やちょっといいお肉、お酒の月もある。

「めちゃくちゃおいしいね」

「しあわせです」

幸せそうな君を見られて俺もしあわせです、とはさすがにキザが過ぎるから言えないけど。

こうやって他愛もない話をしながら、好きな人、愛する妻とおいしいものを食べる。

こんな生活を幸せと言わずになんと言う。

感謝を忘れず、当たり前だなんて過信せずに、これからも守っていく。


***


午後10時30分。

「今日もうれしいことたくさんあったなあ」

「お出かけできて、桜も見られて、おいしいおいしいごはんを食べられて」

「きっと幸せってこういうことだよね」


「俺も毎日楽しいよ」

「感情の共有ができる日々がこんなにも幸せだなんて」

「教えてくれてありがとう」


「こうやって手を伸ばせば抱きしめられる距離に君がいる」

「そんなことを真面目な顔して言えちゃうあなたがいて?」

「やめてよ。恥ずかしくなる」

「ふふ、いつもありがとう。素敵な私の旦那さま」

「こちらこそ。愛してるよ」


「今日はこのあとどうする?」

「映画かゲームか一緒にだらだらするか?」

「いいね、どれにしようか」


***


これが私たち夫婦の生活。

かけがえのない日常。


***


おしまい

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