金曜日。

午前8時。

目が覚めた。

隣に目をやると妻がすーすーと寝息を立てて眠っている。

…と思えばこちらを向いて、わざわざ腕を組んでひと言。

「それはないでしょう」

ん?怒られてる?俺。

困惑していると、おそらく夢の中の誰かが謝罪したのだろう、低い声で「うん」と言い、また穏やかな寝息を立て始めた。

どんな夢を見ているんだろう。怖い夢でないといいなあ。まああんなに高圧的な声のトーンを出せるのだから、きっと夢の中でも妻に頭が上がらない人がいるんだろう。


***


午前11時42分。

小腹がすいたので席を立った。

ついでにそーっと向かいの部屋を覗き見ると、妻はまだすーすーと単調な寝息を立てて眠っていた。

どうか穏やかな夢を見られていますように。


***


午後1時37分。

うーん…よく眠った。

なんだか夢を見ていた気がする。

懐かしい夢。

そうだ、夫と出会ったばかりの頃。

私が彼のいる会社に中途入社したくらいの頃。

当時の夫――笹原先輩――は仕事は的確で早いし、私たち後輩からも信頼の厚い人だった。

人を意図せず観察して分析してしまう癖がある私は、なんだか変だなと思った。だって変なんだもん。

明らかに義理だと分かるチョコレートでさえ受け取れない人。過度に人と仕事以外で関わるのを避けているように見えた。


雨のある日、先輩がピンヒールを履いて、スラッと背の高い女性といるのを見かけた。

見てはいけないものを見たような気持ちになって、足早に通り過ぎたが一瞬会話が聞こえてしまった。

内容までは覚えていないものの、やけに高圧的な女性の声だけが耳に残った。

それからほどなくして、先輩は別れたらしい。というのも、私は私で辞職に伴ったあれこれで忙しかったので、別れたと聞いたのも結構経ったあとだった。


***


午後4時。

思う存分お布団を満喫した私は、大きな伸びをして、コーヒーを2つ用意して向かいの扉をノックした。

「はーい」

「お砂糖1つ、ミルクも1つのコーヒーはいかがですか?」

「ありがとう。いただきます」

「私も少し仕事の準備とか書き物とかしていていいかな」

「もちろん」

コーヒーを置き、資料やパソコンとにらめっこをしながら仕事の準備をする。

チラッと夫の様子をうかがい見ると、こちらもまた真剣な面持ちで仕事を頑張っていた。

よし、私も頑張るぞ。


「ふぅ…」

「お、そっちもひと段落ついた?」

「はい。そちらは?」

「無事、本日の業務終了いたしました!」

「おつかれ様です」

深々と頭を下げてみせる。

「結衣も、おつかれ様です」

彼もまた深々と―――

「さて、ごはん作りますか」


***


午後6時20分。

「ねえねえ、今日はこれ作ってみない?」

某料理系YouTuderの動画をスクショしたものを見せた。

「いいね、じゃあ俺はこの副菜作るわ」

「副菜隊長ね。そしたら私は主菜・汁物隊長する!」

私の大きな独り言に相槌を打ってくれる夫。

うん、やっぱり夫婦っていいな。

いや彼だからいいのか。

お互いの導線を邪魔しないように器用にくるくる回ったりしながら、無事に夕食が完成した。


***


午後10時。

「私、明日早いからもう寝るね」

「ん、俺も行く」

「え、明日休みでしょう?ゲームとかしててもいいのに」

「妻の睡眠を見守るのも隊員の役目ですから」

「なにそれ」

「いいから。ほら布団入りな?」

「はあい」

「羊でも数えようか」

「いらなーい」

「寝る前の結衣、ちょっと子どもっぽいよね」

「そうかな?普段から大して大人じゃないよ」

「そんなことないでしょ。結衣はちゃんとした大人」

「ふふ、ありがとう」


***


「おやすみ、良い夢を」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る