特別

「あなた本気で言ってるの?自分を好きだと思ってくれる人をバカだって!言葉にしたら終わってしまうかもしれないのに...勇気を出して!告白してくれるような人をバカだって!本気で言ってるの!?」


 西野さんが俺に対し、ここまで感情を出すのは初めてかもしれない。それが怒りというのは何というか俺っぽい。


「ああそうだ。醜いアヒルの子のように、嘘という飾りで着飾った俺の内側をみずに、側だけで判断するような人間を、俺は心のそこから嫌いだし、バカだって思うよ。」

「だからなの?私があなたの醜い部分を見付けたから...気付いてしまったから、私を好きになったの...?」

 何でそんなに辛そうな顔をしているのかが俺にはわからない。


「西野さんさ、俺と図書委員で初めて会って、初めて話したときに言ったこと覚えてる?」

 彼女は首を横に振った。


「一目見て"気持ち悪い"って言ったんだよ?全くヒドイよね、普通に見たら。でも俺にとっては違った。その言葉はきっと俺の醜い内側を見て言った言葉。今までそれに気付いた人には出会ったことが無い。だから俺には君が特別に見えた。輝いて見えたんだ。」

 そこまで一気に言うと彼女はさらに辛そうな顔をした。


「そんなのあんまりじゃない...だってつまりそれは、汚いところを知っている人を...自分のことが嫌いな人を好きになるってことじゃない!」


 だからずっと辛そうな顔をしていたのか...

西野さんはやっぱり優しいな...

 俺は何かを諦めているような口調で言う。

「そう...なのかもね。俺がもし恋をしたのなら、それはきっと報われない恋なんだろうね。」

「何でもう諦めてるのよ!一度で良いから恋に本気になって見なさいよ!私を...好きにさせてみせなよ!」


 それは俺の心に深く刺さる。苦しい。どこか遠くで見ていた俺を連れ戻すかのようなセリフだ。


 でも...


「俺は何かに本気になれないよ...どうせ一番にはなれないんだ。思えば政治・経済もどこか本気では無かった。だって学校で一番をとったからどうなるんだ?俺達の通う高校よりレベルの高いとこ何ていくらでもある!どんなに頑張っても"特別"にはなれないんだよ!例えそれが...君一人にとってのものでも...」


 そうだ。大抵の人が抱いてる。自分が何かで特別になりたいと。だが、道半ばで諦める。そもそも特別であれるかどうかのステージにたてるやつが一握りなのだと...その中の一つまみだけが特別なのだと...気付いてしまう。


「あなたは無理だと解って、その上で私に恋をしているの?負け戦に自ら飛び込んでいるの?」

「そうだよ...恋に落ちてから思い出したけれどね、俺は特別にはなれないってことを。」


 恋は理不尽で残酷だ。時に叶わぬ恋をさせられるのだから。


「恋は不思議だ。いつもの俺なら気持ちを隠して...無かったことにして逃げるのに、何故か諦められずこんなしてもなんにもならないようなデートをしている。それで俺に君の気持ちが傾いたとしても、"そっか、西野さんも別に俺の内側を見てた訳じゃないんだ"って思って勝手に失望するんだろうな。」


 そうだ、それが俺だ。期待して裏切れてアホらしくなる。そしてまた1つ諦める。


「あなたが私を好きになってしまったのならもう諦めないさい。恋自体をではなく、逃げることを。あなたもうよく解ってるでしょ?恋は簡単に諦めがつくものではないの。」


 確かにそれは良くわかっている。だが全てをわかったような口で言われるのは腹が立つ。


「何が解るんだよ...バカみたいな期待をして....ちょっとしたことで一喜一憂して...苦しいだけの道から逃げたいって思うことの何が悪いんだよ!こんな思いをするくらいなら!恋なんて知りたく無かった!」

「でもあなたは恋をした。それはもう曲げようの無い事実。だから...」

「俺だってしたくて恋をしたんじゃない!」


 彼女の言葉を遮って叫んだ。反射で出たその言葉を自分が認識したあとに後悔した。


「そう...忘れられると良いわね。私のことを。」


 そう言うと彼女は席を立ち、俺に背を向けた。数歩歩いたところで言っておかなければいけないことが有るのに気付く。それは...


「西野さん」


 顔はこちらに向けず、立ち止まった。


 言いたいことは固まっているのに、言葉が出てこない。こんなに緊張するのか...

 やがて、数分たった後に意を決して発言した。


「好きだよ。君の居ない世界なんていらないと思うくらいには。冗談ではない。好きになる前と後では、俺にとってそのくらい世界が違って見えた。」


 なんも言わずに彼女は去っていった。そうか、告白ってこんな気持ちなのか。


「"早く忘れられると良いね"...か。」


 そうはさせまいと、まるで記憶に残すかの如く派手に花火が上がった。


「一緒に見たかったなあ...」


 俺の呟きと鼻をすする音を、花火がかきけした。

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