花火はまだ上がらない。

日が沈んできた。今のところ今年1の楽しみである夏祭りがやって来た。俺は黒よりのブラウンのスラックスにネイビーのTシャツ、その下に白のレイヤードタンクトップを着て、半袖の黒シャツを着てきた。

 

 まあ無難なファッションだが、彼女相手に取り繕っても仕方がないと思いこれで来た。


 嘘だ。普段はしないネックレスと腕時計もしてきたし、いつもはドライヤーとワックスで済ますセットも、アイロンを使ってなみうちをかけてきた。


「遅刻はしてないからね?」

 集合時間ジャストに彼女は来た。彼女はVネックの少し赤みがかったグレーのワンピース姿。腰はゴムがついていて引き締まっている。シンプルだがスタイルの良い彼女が着ると、どこかのファッション誌のようだ。


「私服の西野さんも凄く良いね。遅刻されてもこれなら許せた。」

「あなたになるべくプライベートファッションを見せたくは無かったから、なるべくシンプルなので来た。」

「そんな人とデートするのってどんな気持ち?」

「前も言ったけどあなた顔だけは良いのだから、正直気分は良いわよ。」


 俺の何かが西野さんの役に立つなら本能だ。たとえ罵倒が混ざっていたとしても。


「じゃ行こうか。手でも引いてエスコートしてあげようか?」

「あなたにされる位なら、一人でテーマパーク行って、一人でカチューシャとかして、一人でアトラクションに乗り"キャー"とか言う方がまし。」

「君の気持ちは解りやすい比喩で教えてくれてありがとう。」


 軽口を叩き合いながら、時々何か買ったりして、屋台を巡る。欲を言えば手を繋ぎたいけれど、私服見れただけでわりと満足だ。


 しばらく回ったあとに見晴らしの良い場所に有るベンチへやって来た。ここで花火を見る予定だ。


「浴衣じゃ無いから下駄で靴擦れしておんぶすることになるとかベタなハプニングが無かったけれど、めちゃくちゃ楽しいな。」

「そうね、あなたが居なければ最高だった。」

「二人きりなのにそれを言われるとなかなか来るものが有るな...」


 彼女は上品にクスクス笑う。


「冗談。正直あんまり楽しみでは無かったけれど、結構楽しめたわ。それにしてもよくこんなところ知ってたわね。」

「好きな人には尽くすタイプなので」


 あんまり伝わって無さそうだが、俺はこのデートを完璧なものにしようと考えたので、あらゆる最悪の想定をして、めちゃくちゃこの辺りを調べたのだ。そしたらたまたまここを見つけた。それだけだ。


「良い雰囲気だし、1つ聞いても良いかしら?」

「俺が西野さんの頼みを断るわけないじゃ無いか。」

「そう...なら聞かせてもらう。私のどこを好きになったの?」


 意外なことを聞かれたのでちょっと驚く。だが、それは何度も考えて来たことだからすぐに答えられる。


「少し長くなりそうだけど、大丈夫?」

「かまわないわ。あと10分は花火まで時間あるし。」

 

 一度深呼吸をしてから話し始めた。


「俺さ、少し前に西野さんが言ってたようにちょっとモテるんだよ。とはいえ告白された回数は人生で五回。途中からはやんわり脈なしということを伝えられるようにもなった。」

「好きな女の子の前で武勇伝を語りたかったというわけでは無いよね?」


 そんなわけが無いと首を振る。


「好きだと思ってくれたり、何か良いなって思われるのはもちろん悪い気はしない。でもさ、そんな人達を見る度にこう思うんだ。」

 こんなことを思ってる自分が一番醜いんだと自覚をしながら思う。


「見る目が無いなって...俺なんかを好きになるなんてバカなんじゃ無いかって」

「あのさ.....その言い方は無いんじゃない?自分を選んでくれた人を...好きだと言ってくれた人を!どうして貶すようなことを言えるの!?」


 まるで光輝く花火を強調させる準備をするかのように、空が暗く...いっそう暗くなったような気がした。

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