触らぬ神に祟りなし。既に触っている場合はどうにもならぬ
舞明はようやっと手に付けた宿題を前に、ぼーっと空を眺めているが、当然のようにそこを飛んでいた天使や悪魔は一切目に映らなかった。
(本当に、終わったのね……)
なんだか、あまり実感が湧かない。一か月というのはとても短い期間だったが、その間に自分がいた状況があまりにも濃すぎて……今後どんなに年老い記憶を失っていったとしても、これだけは忘れられなさそうだ。
面倒事が終わった。それは良い。だがほんの少し、残念でもある。ヘルツの恋物語はここから動くのだろう、それを見る事が出来ないのだから。
さて、事が済んだ次の日はそうして宿題をやっている風に過ごし、そろそろ出かける時間だと準備していたカバンを取る。今日は、四人で打ち上げをする事になっているのだ。とは言え、近所のファミレスでご飯を食べるだけなのだが。
約束の時間。待ち合わせ場所の公園に行くと、他の三人は既に集合していたようで、優雷が「やっと来た!」と、さも舞明が遅刻したかのように言ったが断じて遅れてはいない。時間ピッタリだ。
優雷のそのおふざけにジト目を向ける舞明に、沙宵がふわりと笑う。なんとも可愛らしい笑顔だが、そんな彼女が着ている服はカラフルさでごり押した正直ダサい物だったが、顔が良いせいで全てが誤魔化されている。
「じゃあ、みんな揃ったし行こうか」
「うん」
先に一歩を進んだ。舞明も付いて行こうとすると、そんな三人に優雷が「待って」と声をかける。
「折角打ち上げなんだから、いいとこ紹介してあげるよ」
どこか楽し気に口角を上げた優雷。あまり外食をするイメージはない女だが、美味しくて安い店を知っているのだろうかと、舞明ですらそう思っていた。
しかし、忘れてはいけない。この創火花優雷という奴は、予想の斜め上を行く女だと。
遠いけどそう時間はかからないと、一見意味不明な事を説明されながら付いて行くと、不意に覚えのある眩暈に似た感覚が体に過る。次に意識がはっきりとした時、四人がいたのは上品ながら高貴さのある、それでこそ高級レストランのような室内だった。今目の前にある丸テーブルは、部屋に合わせて白基調となっており、金の装飾が施されている。まぁ要するに、お金がかかっていそうな内装の場所だ。
色々と心配になる。今舞明が持ち合わせたお金は、精々三千円だ。
「え、ここどこ? え、大丈夫優雷。これって、ドレスコードとかあるタイプじゃない?」
「だいじょぶだいじょぶ。気にせず好きなモンたのみな」
澄麗が近くに添えてあるメニューを手に取る。高級レストランにありがち(イメージでの話だが)な、よく分からないこじゃれた料理名で何か全く分からないと言った事はなく、名前こそ聞いた事がないような料理ではあるが、しっかりと写真が載せられているから何かは分かりやすくなっている。しかも、ご丁寧にどんな料理に近しいかと言った類の事まで記されているのだ。
例えばこの、ホワイトハンルークと示された奴だが、つまりはホワイトソースをかけたハンバーグだ。
なんだろうか、こちらに合わせてくれているメニュー表で親切なメニューなのだが、覚えがあるような気がするこの感じ。澄麗はどこか引っかかりを覚えたが、面倒な事になりかねないと見なかったフリをして食べる物を決める。迷うことなく決め、沙宵に渡す。その向かい側の席で優雷は「うちはもう決まってるから」と、見る事すらせずに舞明に流した。
澄麗は白身魚のマリネに夏野菜サラダのセットを、沙宵は生ハムのパスタとコーンポタージュを選んだ。優雷はどうやらミィキュイと言うらしいサーモンの刺身料理とムニエル、舞明はホワイトソースハンバーグと、全員が料理を選んだ所で注文をする。
ウェイトレスの男性も、なんとも上品な身なりで如何にも高級レストランらしい……と、思うと同時に、舞明は気が付いた。ウェイトレスの彼の胸に飾られたブローチ、見覚えのある天色の宝石――
「ん。ねぇちょっと待って、お兄さん」
「はい、何でしょうか」
思わず呼び止めてしまい、彼は振り返る。向けられたその瞳も、これまた随分と見慣れた青く澄んだ目で、舞明は一種の確信を持ちながらも、問いかける。
「名前、教えてもらっていい?」
「えぇ。わたくしは天界中心世界の上級天使及び星神アーテル様の執事を務めております、ミシュと申します。料理につきましては、シェフの蘭におききくださいませ。それでは、失礼します」
頭を下げると、ミシュと名乗ったその天使は一瞬にして姿を消す。
今の聞いたか、やはり天使だそうだ。星神アーテル様とやらが誰かは知らないが、マキャーも名乗る際に「心の中級天使及び心の大神様の側近」と言っていたそれと同じだろう。
天使が去った後、諸々察しが付いた沙宵は、前屈みになって優雷に尋ねる。
「つまり……天界ってこと?」
「うん。ここは天界中心世界、ミシュが言ってた星神アーテル様……まぁつまり、地球の一番偉い、地球そのものである神様の住んでいる場所で、ここは普段アーテル様が食事とか、宴会をする所。打ち上げについて話したら使っていいって言ってくれたからさ。借りちゃった」
なんでごく普通に神様の食事所を借りているのか。色々と衝撃的に思っている沙宵と澄麗。舞明は、慣れた親友の桁外れさに呆れを含んだ微苦笑を浮かべる。
「アンタ、マぁジで斜め上の事して見せるわねぇ……」
そんな時、丁度良く料理が運ばれてくる。
ただ近所のファミレスで食事をするつもりが、思わぬところで神が口にするような高級料理にありつけるとは。何だか今日はラッキーだ。
上質な肉で作られたハンバーグを食む。肉質的でジューシーながらしつこくない脂の味、料理の良しあしがよく分からない舞明でも分かる、これは美味しい奴だ。
それぞれが頬を緩ませ、歓談もしながら食事をする。そんな風に女子会をして満足をしてきた頃、三人は近づく「光の力」を感じ取り、扉の方を見やる。この感じ。相手は「一人」ではない。仮にも神と契約を交わし、天使のような状態になっていた彼女等にとって、それを察知するのは容易い事だった。
「あぁ、そうだ。言ってなかったね。実は、打ち上げについて話した時、アーテル様が是非会いたいって言ってくれてね。ついでに他の神様も打診してきたから、とりあえずオッケー出しといたからさ」
「……は?」
澄麗から漏れ出た「は?」は、心底からのモノだっただろう。
ほぼ同時に、扉が開かれる。そこから「失礼するぞ」と入って来たのは、水色の髪を一本に結った神と、ほんの少し跳ねた短い黒髪の神、と……一人一人紹介すると長くなる為省略するとして、合計十四名の神様達だ。
突然の神様ご一行の驚く三人を他所に、神様達の自己紹介連打が始まる。
「優雷、昨日ぶり。それに光の子よ。初めまして、私はこの地球の星神アーテルだ。あまりピンと来ないかもしれないけど、要するに地球そのものを表す神さ」
「あぁ、そういう事だ。俺は同じく星神、魔界の統治をしてるデアルだ。この中じゃあ唯一闇を使う神だから、覚えやすいだろ?」
「では次は我が行こう。概念神が一人、時と運命の三大女神、の運命を管理しておる女神ディアである。この名、しかと覚えるのだぞ」
「ディアが名乗ったのなら次は私が名乗ろうか。私は時と運命の三大女神の時の担当、ポンだ。ついこの前は、私達の光の子が世話になった。礼を言うぞ、光の子」
「じゃあ次はわたしだね! わたしはきなこ、時と運命の三大女神のー……んー、説明は難しいからなしねっ。ディアとポンの妹分だと思えばだいたい正解だからね~」
「うむ。光の子よ、であれば妾の名前もしかと覚えるがよいぞ! 妾は千登勢、主に女の生と死を管理しておる生命の女神じゃ。とは言え、ほぼこの弟に仕事はやってもらってるのじゃがの!」
「えぇ、その通りで……。あぁ、僕はイータだ。こちらのお方の弟であり、男の生死の管理をしている。が、姉上は大抵仕事をやらないから、ここ最近は女の方も僕が管理している」
「あ、じゃあじゃあつぎはみらいが自己紹介ね! みらいはみらい! えっと、とと様とかか様といっしょに、小さい子どもの生死を管理している……えーっと、」
「未来は『幼生命の女神』だ。僕と姉上の娘だ、こう見えてお前等より年上の女神だから、不敬はないように」
「んじゃ流れ的に次はオレだな! オレはな、輝夜ちゅう性別の神だ。ま、大体男女の比率の管理だなっ。オレ自身は男にも女にもなれるんだぜ? なんなら今見せてやる、これが女神のオレだ! ちなみに彼女募集中だからなっ、かわい子ちゃんなら人の子でも可だ! んでもって俺の好みは、」
「もういい、我が名乗ろう。我は麗、霊界の神だ。我は、『概念神』ではなく『世界神』故、間違えぬように。貴様ら人類が死後辿りつく魂の保管所を管理している。我は死者の行いの記録から待遇を判別する故、注意しろ」
「あぁ、そうだな。貴様は我の管理下の記録を『勝手に』見た上、元の場所に戻さぬ。はぁ……光の子、我は軌跡の神、奈々だ。この星の出来事全てを記録し管理している、最初の概念神だ。麗より断然長生きしている故、我の方が偉い。よく覚えておけ」
「そんな兄さまの弟が、このぼく! 軌跡の子神、デンリだよ! 光の子ちゃん想像以上にかわいい子で、ぼくうれしいな!」
「…………あ。そうか。後、光の子が知らないのは、わたしだけか……。わたしは、和露。未知の神。未知をね、管理してるの。っていっても、わからないかぁ……バイレン、説明して」
「いや、俺お前がどんな仕事してるか知らねぇんだわ」
ついに初顔の名前を全て聞き終わった所で、舞明は今の九割を頭の外に流してしまっていた。無理もない、だって一気に知らない情報をつらつらと連ねられたのだから。さっきさらりと近親相姦で生まれた子がいた気がしたのだが、気のせいだろうか。そんな雑念のせいで猶更に。一方澄麗は、彼等の名前と役職こそ覚えられていたが、如何せん状況が状況だ、表情の割には混乱しており、沙宵もまた同じ。
そんな彼女等に、見知った心の大神は愉快そうに笑い、寄っていく。
「つい昨日ぶりだな、光の子」
「はいはい。もう契約終わってますから、光の子じゃないですよー」
どこか適当に流そうとする舞明。何かを企んでいそうなニヤニヤ顔が微妙に気に食わないのだ。そんな風に思われているのを分かった上でやってくるのだから、本当に人が悪い。まぁ、人ではないのだが。
色々な意味で訳が分かっていない三人。バイレンは意味深にも笑いながら、一人だけ理解をしている優雷に問いかける。
「優雷、お前は何となく気づいてるだろ? 答えてみろ。今俺達は、なんの用でここに来たと思う?」
「ははっ、大神様。そう勿体ぶらずに、契約書を見せてくださいよ」
「流石だ優雷。話が早い」
どこからか現れた四枚の紙は、食器の片付けられたテーブルにふわりと着地する。真っ先に見えたのは、個性を感じる筆跡で書かれた十四名分の署名。読めない文字だが、恐らく今あそこにいる神々のものだろう。そして肝心の本文だが、これまた読めない。そもそも読ます気はないのだろうか。なんとなく澄麗に助けを求める視線を求めたが、流石の彼女も天界の文字は読めないようだ。
困っている三人に気付いたのだろう。アーテルも机の傍までやってきて紙に書かれたものを確認すると、苦笑を浮かべる。
「バイレン、意地悪しないの。人の子に天字が読めるわけないだろう? きちんと翻訳してあげないと」
彼が手を添えると、浮かんだ文字が日本語に変換される。そうする事で本文を読めるようになったが、読めた所で理解は難しかった。
「わあ……なんか、すっごい、ザ・書類って感じ……」
「ま、要するに。契約のお誘いって事だよ」
頭を抱える舞明に簡潔な説明をしながら、優雷は一緒に渡されたペンで名前を書く。
澄麗は日本語でさえあれば難しい言い回しで書かれている文でもしっかりと読めたのだろう。
契約期間は、百年。契約書ではこれを「一時契約」だと書いてある。そう言えば、最初にバイレンから渡された契約書には「短期契約」と記されていたか。
しかしだ、まず神にとってどうかは知らないが、人間にとって百年はこれっぽちも「一時」ではない。一生を過ごせる。そして今回この契約では、前の時のように明確な目標がないとも書かれており、ただ単に「再び天使としての力を持てるようになってもらいたい」という事のようだ。
澄麗はしっかりと理解し、その上で問う。
「ちなみに。拒否権は?」
「逆に、あると思うか」
それは、清々しい程の即答だった。
「何、お前等にとって不都合はねぇだろ。ただ、正式に『俺達』の光の子になってほしいだけだ。今回の契約は、お前等に何かを頼むわけでも試したい訳でもないんだ。そうだな、言うなれば……」
「逃げられると思うなよって事だ」
バイレンは良い笑顔を見せながら、そんなオブラートもクソもない言葉を言い放つ。
ここで澄麗は、昨日のマキャーの言い草の訳を察した。
顰めた表情になる澄麗に、優雷はケラケラと笑った。
「ま、仕方ないねぇ。それが神様だから」
神にとって、光ある魂はイコール自分達の内誰かのモノ。下界に放たれ産まれてしまった、少しでも天使の素質があった魂が、一度契約により光を持てる者となった。これはもう、光ある魂と同義だ。であればまぁ、こうなるのは必然で。
「沙宵は、するの?」
「うん。まぁ、断る理由もないかなって」
見れば、沙宵は既にサインを済ませていた。相変わらず心が広い子だ、この理不尽を受け入れるのか、と。こう見えて、澄麗は感心していた。
「なら、やる」
そして同時に、意見をくるりと変える。
「あぁ、これ結局その流れね……」
この場で自分だけ否と答えるのは、空気が読めていない奴みたいで嫌だった。だから舞明も、自身の名前を契約書に書き示す。
まんまと乗せられてしまった。そんな彼女等に、一部の神は少し心配していたのだが、当人は知る由もない。
だが、最初に四人に目を付けたバイレンは心配なんてする訳もなく、思い通りに進んだシナリオに口角を上げて手を差し出す。
「ま、そういう訳だ。またよろしく頼むぞ、光の子」
「もう。こうなったら、やるしかないわよ!」
舞明は出されたその手を取り、握手を交わす。
世間には、触らぬ神に祟りなしといった言葉が存在するようだが。しかし、彼女等は既に神に触っていた。その契約は祝福となるか祟りとなるか……そんな事はまだ分からないが、一つ言えるのは、彼女等は正真正銘の「光の子」であると言う事だ。
四人は契約を終え、アーテルの術により元にいた公園に返される。
「それじゃあ、またいつか会おうか。光の子」
アーテルより言い渡されたその一言が、あの場所での最後の記憶だ。微笑みを浮かべた彼はなんとも美しかったが、舞明はそれを素直に「美人なイケメンだなぁ」とは思えなかった。アニメキャラであればそれなりに推していただろうが。
「ねぇ、沙宵。澄麗。さっきの神達の名前、覚えてる?」
「覚えてはいる」
「わたしは、全員は少し危ういかなぁ……」
「ははっ、その内覚えられるよ」
頭を抱える友人に軽く笑い、いつの間にか手にあった天色の宝石をひょいと投げ、見事キャッチする。宝石は太陽の光を反射し、キラりと輝いた。
「ま、契約したとは言え何をする訳じゃないからね。ただ、神様や天使とか悪魔と繋がりが出来たってだけさ。だから……」
「これから、愉しくなるぜ?」
相変わらず愉快気な優雷に、舞明は多少苦みを含んだ笑みを浮かべる。
「ほんと、よく言うわ」
どうやら、彼女等の「光の子」しての生活はまだまだ続くようだ。
〇
時空の狭間に存在する一軒の屋敷。その玄関で、ラキは靴を履いて出発の最後の準備をしていた。手荷物はそもそも持ってきていなく、彼が持って帰るのは契約時に渡された赤銅色の宝石だけだ。
「それじゃあ、ヘルツ様。五年間お世話になりました」
見送りの為そこに立っていたヘルツに、ラキは頭を下げて挨拶をする。
「あぁ。五年間ご苦労、お前もよく活躍してくれた。感謝しよう」
「ラキ、頼る事を恥だと思うな。一つの心が独自で制御できるモンには限りがあるんだ、全てを背負う必要はない。ダメそうなら俺を頼れ。それに、優雷はもう怒りや悲しみに耐えられない程弱くはないぞ」
「まぁなんだ……いつでも帰ってこい。ここも、お前の居場所だ」
ぽんと優しく置かれた手から、暖かな力を感じた。ラキはそのぬくもりに目を細め、「ありがとうございます」と口にした。
これ以上帰るのが遅くなるのは後が怖いと、闇の子達が寝ている今のうちに立ち去る。時刻は夜中の十一時、恐らく優雷も寝ているだろうが。
「ユウも寝てたりしないかなぁ……」
懐かしく感じる自宅の前で、そんな事をぼやいてみるが、十中八九アイツは起きているだろう。ラキは鍵のかかっていないドアノブをひねり、そっと開ける。
「遅い」
「あはは。やっぱ待機してたかぁ……」
開口一番に放たれた不機嫌な一言でお怒りを察したが、残念ながら逃げる事は出来ない。
「お前には常々言いたい事が山ほどあるんだ。いつもいつもなんやかんやではぐらかして……今日こそは全部聞いてもらうぞ、覚悟しろ」
「そうなると思った」
こうなったら避ける事は出来ないだろう。ラキは無駄に何かを言う事はせず、後に付いていく。
と、そこで一つ思いだした。少し前に、優雷が教えてくれた「ユウくん、ホラー特番取りだめていたよ」という情報。
「ユ、ユウ。ボクが悪かった、何も言わなかったのは謝るから。ね? だから、その……止めない?」
「お前が悪いのが大前提だ! お前が優雷から話を聞いたってのは知ってる。どうにかできないかとボクの機嫌をとれるお土産を探してた事も、今日は朝から闇の子に絡まれて結局用意できていない事も、全部知ってる。何でか分かるか? ボクが、優雷の『記憶』だからだよ」
「ラキ。この期に及んで逃げられると思うな」
非常に残念だが、ここに逃げ道は残されていなかった。ユウがやると決めたらやりとげる性格だという事はよく知っているのだ。だからラキは腹をくくって、テレビ前のソファーに座ったのだ。
八時間分のホラー特番が流れ終わった頃、
「ははは……あ、案外、怖くないね、うん!」
ラキは、そんな事を言いながらもユウの腕に引っ付いて未だ離れていなかった。
「そういう事はボクから離れてから言ったらどうだ?」
そう言ったが、彼は突き放すことはしなかった。嘘偽りなく恐怖に震える、そんな「心」の素顔が、彼の望んだ物だったから。
「心は記憶から生じ、記憶を構成するのは心だ。ボクだって感じていたさ、あの時優雷がどれ程泣いていたか、お前がどれ程苦しかったか、ボクも分かっていた。だと言うのにお前は、一人で全部受け持ちやがった」
「お前だけが我慢すれば、全てが丸く収まるかと思ったか? それでお前が壊れたら元も子もないんだぞ。……どうして隠す? お前の弱みも、どうせボクには伝わっているんだ。見せてくれたっていいじゃないか」
ユウの中にあったのは怒りだけではない。悲しみも苦しみも、分かち合える存在なのに隠されてしまう。心が苦しいと叫んでいる事は分かっているのに、その心自身が何でもないと笑って苦みを呑み込んでいる様子を、何も出来ずに見守るだけで――そんなの、嫌ではないか。
「……プライドだよ。多分ね」
ラキは手を放し、そっと距離を取る。
頼る事を拒むのも、自分がと意地になるのも、全部が全部彼の、元を辿れば優雷の「心」が持つプライドだ。ユウは何となく、それも知っている。
「だからお前、ヘルツ様に闇取ってもらう時に子どもになってたんだな、身体」
小さく笑い飛ばした瞬間、ラキは動きを固め、ぎこちない動きでユウに顔を向ける。
「…………ユウ。覗き見は、趣味が悪いんじゃないかい?」
「無言で出て行ったお前が悪い。そのくらいで傷つくのが回避できるプライドなら安いもんだろ」
「緩和してるだけだよ、あれでも結構恥ずかしいんだから」
「そういやお前、思春期女子だもんな」
ラキが「それは心外だ」と返答するその直前、リビングにある螺旋階段から優雷が降りてくる。まだパジャマは着たままだが、寝起きではなさそうだ。
「あぁ、優雷。ごめんね、起こしちゃった?」
「ううん、大丈夫。それより先に黒星と白星の会話で起きてるから、ラキくんが帰って来たタイミングくらいで二人も来てさ。ま、そんな事より。ラキくん、お帰り」
ユウの問いかけに答えながら、彼女はソファーの空いてるスペースに座る。
「ただいま、優雷。ごめんね、長い事留守しちゃって」
ぽんと優しく撫でてくるラキの手。彼がいなかった五年間は、神にとってはあっという間の短い時間だろうが、一人の少女にとってはそれなりに長かった。かつてランドセルを背負っていた彼女は、あの頃より少し大人らしくなっていて、既に大人の一歩手前だ。
「大きくなったねぇ……ほんと」
「別にそんな身長は伸びてないよ?」
感慨深げに呟いたラキに、冷静に言い返す優雷。しかし、ラキにとってはそういう問題ではなかったのだろう。
「ま。ラキくんのお陰で、うちは凄く元気だよ」
優雷は笑った。とても楽しそうに、嬉しそうに。そんな彼女に釣られ、ラキも思わず笑みを浮かべた。少なくとも、今の彼に闇は無かった。もうしばらくは大丈夫だろう。自身の感情に心の奥すら苛まれ、理性を見失う事はない。優雷は、人の姿を持った自身の心に手を添え、もう一度「おかえりなさい」と言ってやった。
ラキだけではない。彼のように人と同じ形を持っていないだけで、心は皆に宿っている。そのどれもが闇と光を抱えているだろう。残念な事に、人はそれらを統治する事が出来ない。極論、理性で感情を制御できるのであれば、戦争なんて起こらないのだ。
故に、「心の神」は存在する。だがこれまた残念な事に、心の神、もっと言えばその更に大親玉である「心の大神」が人類を好いておらず、寧ろ嫌っているお陰で人類はこの様だ。
だが、その大神は、ほんの少しだけ人類を見直してくれた。「光の子」と言う、愚か者の中に産まれた希望が、人類の存在価値を証明したからだ。もしかしたら、少しだけ下界は平和になるかもしれない。まぁ、あまり期待しない方がいいだろうが。何せ――
「おい、親父……これマジで、今日中に全部捌けって訳じゃねぇだろうな?」
「だ、大丈夫ですよ兄様。三人がかりでやれば、多分、三回日が回るまでには終わります」
「ははっ、まぁゆっくりやればしいだろ。どうせ有効期限は切れてるんだ。形式上さばいときゃ、アーテル様に怒られる事はない」
彼は、五年分仕事を溜めているのだから。
書類の山を前に、呼び出されたヘルツは大きなため息をついた。
「はぁ……こんなになるまで溜めてんじゃねぇよ。だからラキみたいな奴が出てくるんだろうが」
「おいおい、ありゃ特殊事例だぞ? それにラキの世話はお前がしてたろ。この中に優雷関連は一切ねぇからな」
「一応目ぇ通してたのかよ! だったら調印くらいしろ!」
「調印して更に仕分けないといけないんだ。何で手間暇かけてあんなのを世話してやんなきゃいけねぇんだ、めんどくせぇったらありゃしないぜ」
「だったら調印だけしといてだな……もうっ、んな事言ってる場合じゃねぇか。ライツ、とっととやるぞ」
「はい、兄様。どうにか終わらせましょうか」
さて、この書類は何時間で全て無くなるだろうか。この様子を見る限り、下界が平和になるのはもう少し時間がかかりそうだ。まぁ、この「もう少し」は、神等の感覚で言うもう少しなのだが。
さてはて、ヘルツが手伝いを終わらせるまで、どれ程かかるだろうか。彼の側近であるローブァイトは、短くとも明日の夜を想定していた。
一つの部屋に闇の子全員が集まっていると、まぁなんとも賑やかしい。ローブァイトは、ピアノの音を聞きながらコーヒーを飲んで、そんな子ども達を見ていた。
マタールとレチャーの兄弟は、カーチャルと三人で対戦ゲームを永延とやっている。そんな横で、セーシャとレナは男子達を一切気にせずファッション誌を広げどれが似合いそうかと女子らしい会話をして、先程から聴こえているピアノは、エレンとバマルが連弾で弾いているモノだ。
丁度一曲弾き終わったようで、エレンは最後の一音の余韻が消え去ると同時に息を突く。
「ふぅ……バマル、また少し上達したんじゃない?」
「結構練習したからねぇ。エレン、これ出来るようになったら今度はバイオリン教えてよ~」
「いいよー」
そう話した時、妹との話に区切りが付いたセーシャがエレンに言う。
「貴方、それだけ何でも出来てどうして運動だけからっきしなのよ?」
「そ、それは、仕方ないでしょ。運動は別枠さ。大体、セーシャこそピアノ弾いてみなよ、それだけ長くて綺麗な指あるんだから。暴力にばっか使わないでさ、もっと優雅な事に使ってほしいね。そしたら少しは女性らしくなると思うんだよね」
「私のどこが女らしくないですって? お望みならまた投げてあげてもいいのよ、エレン」
この如何にもな女の手から、どうして骨の鳴る音が聞こえるのだろうか。鳴らした拳を今振るわないだけ、彼女の優しさだろう。
エレンが殴られるその前に、ゲームでの一戦を終えたマタールが話に入ってくる。
「ははっ、ダイジョブダイジョブ! セーシャも十分可愛い女の子だぜ! な、兄貴」
「ん。まぁ、そうなんじゃないか?」
「レチャーが拒絶しない時点で、ちょっと危ういんじゃ……」
言葉の途中でセーシャから向けられた笑顔から何かを感じ取ったようだ。カーチャルはコントローラーを放り、慌てて弁解しだす。
「って、違う違う! そういう意味で言ったわけじゃない! そういう意味で言ったんじゃない! 『一目で分かる中身までいい女』って意味! ぼくはそういう意図で言ったの!」
「あら、分かってるじゃない」
笑顔はそのまま、手を引っ込める。免れた事にほっとした矢先、目の前でエレンが投げ技を決められているのが見え、しれーっと目を逸らした。
「そういう所だよ、君が美しくないのは!」
エレンの抗議を他所に、セーシャはふっと小さく笑い飛ばす。それらの一連の流れから、レナは不意に気になったようで、レチャーの横に近寄ってこてんと首を傾げる。
「ねぇねぇレチャー。レチャー的に、レナはどうなの? イヤじゃない?」
「そりゃ、妹みたいなもんだからな」
「よかったぁ」
レナは安堵からにぱぁっと明るい笑顔を浮かべ、その場にごろんと横になる。
「レチャー。まさか貴方、私まで妹と見ている訳じゃないわよね? 私、年上よ?」
「んなわけ無いだろ? セーシャが大丈夫なのは、あれだ。えっと……」
全体的に男勝りな部分があるからそんな嫌な感じがしない、と言うと自分まで投げられそうだと、レチャーは必死に言葉を考える。セーシャの一撃を食らわず、この場を上手い事切り抜けられる言葉は……。
「そうだ、サバサバ系だ!」
「それだぁ!」
閃くと、同時にバマルにもピンと来た。強ち間違った言葉選びではないだろう。だがしかし、今彼等が見せたこの反応が間違いだった。これじゃあ、「怒られないように表現を必死に考えました」と言っていると同じだ。それはイコール、言えない事を考えていたという訳で。
その事に一早く気付いたローブァイトが、彼等に突っ込もうとする。
「おい、お前等……」
だが、それよりも先に、セーシャの鉄拳が野郎二人を襲撃したのだった。
「セーシャ姉つよぉい」
「はっ。男は馬鹿正直で分かりやすくて良いわ」
今この場に、痛みに悶えている男が三名。セーシャは手を払い、最初と同じ位置に腰を折ろす。そして、開かれていた雑誌のぺージを見る。
「あら、このお洋服レナに似合いそうじゃない?」
「ホント!? レナ、これいいなぁって思ってたの!」
何事もなかったかのように女子トークを始める姉妹。概ね、いつもの光景だ。見慣れたそれと違う所と言えば、
「あ、じゃあじゃあレナちゃん、セーシャちゃん。今度一緒にお買い物行こっ! せっかくだし、私も新しいお洋服ほしいの」
マリスという一人の天使が加わっている事だ。
こうも馴染むのが早いのは、彼女の天性の明るさのお陰だろう。五年ぶりの生きる心地を楽しんでいるというのもあるだろうが。
ローブァイトは、待ち望んだ妹の無邪気さを目に誰にも気付かれずに小さく微笑んだ。
「マリス、買い物は良いが買い過ぎるなよ。クローゼットは一つまでだからな」
「えー! お兄ちゃんは分からないかもだけど、女の子はクローゼット三つ分お洋服持ってるものなんだよ! ねっ、セーシャちゃん?」
「クローゼットの大きさにもよりますわ。だけど、確かにお洋服は溢れかえりがちよねぇ」
「だから買い過ぎるなと言ってるんだ。どうせ『やっぱ違うな』とか言って着なくなって、かと言って捨てるのも勿体ないしいつか着るかもしれないって溜まっていくんだぞ」
「それでもいいのー! これもあれもってショッピングしている時間が楽しいんだからっ」
正論は求めちゃいないのだと、頬を含まらせるマリス。友達とのショッピングで買うのは、物ではなく思い出だと。
「あ、じゃあさお兄ちゃん。ヘルツが帰ってきたら皆で下界のショッピングモールに行こうよ! 私達は三人でお洋服見てるからさ」
「え、何それ楽しそう! 行く行くー!」
マリスの提案に真っ先に食いついたのはマタールだった。器用にもキャラを操作しながら振り向くと、他の闇の子も話に乗ってくる。
「いいですね。丁度、画材切らしてたんです。買い足したさないとなって思ってたのですよ」
「マリス様。僕、行くなら大きめの本屋があるところがいいです」
「ぼくは、今は欲しいの特にないかなぁ……そうだ新刊の発売明日だ! ぼくも本屋見たいです!」
「あ、アリカーのダウンロードコンテンツも明日辺り発売じゃなかったか?」
「あぁ! そうじゃん! ローブァイト様、買って!」
乗り気の男子達。こうなれば勿論、女子もその気になっている。
なんだろうか、小さい子どもにせっつかれてるような感覚だ。ローブァイトは、今更ながら闇の子の精神が数歳幼くなっている事を感じていた。気のせいだろうか、どちらにせよ否とは言いづらい。闇の子もそうだが、マリスのおねだりする時のうるうるとした表情に弱ってしまうのだ。
まぁ、マリス本人はそれを知ってやっているのだが。もっと言えば、ローブァイトも妹のその事を解られていると知った上で拒否出来ずにいる。心の天使ではよくある事だ。
「分かった、分かった。ヘルツに訊いてからな」
多分、アイツは「あー……いいんじゃね? 行ってこい」と答えるだろうが。そう言って来たら、返す言葉は決まっているようなもの。
「――いや、お前も行くんだよ」
案の定、二日後に予想通りの会話をする訳だ。
帰って来たヘルツにおかえりを言う次に話を切り出せば、彼は思っていた通りの返答を思っていた通りのテンションで返してきた。まぁ、疲れているのだから仕方ない。
「明日な明日。こっちはほぼ寝ずに親父の仕事捌いたんだ、休ませろ」
疲労困憊のヘルツは、最早会話するの面倒なのだろう。
「それは分かってる、何も今日とは言ってないだろ。お疲れさん」
「本当に労う気あんのか?」
「お疲れ様ですヘルツ様。今日はごゆっくりお休みください。何かありましたら、なんなりとお申し付けくださいませ」
「気色悪い、止めろ」
「じゃあどうしろってんだよ」
お望み通り誠心誠意労ってやればこの態度だ。全く理不尽な主だと密かに申し立てられた不服は無視したヘルツだが、次に出迎えてくれたマリスに「おかえりなさ~い」と抱き着かれ満更でもなかったのは言うまでもない。
「ただいまマリス。出迎えありがとな」
「うん!」
ローブァイトは、そんな彼に呆れ半分の目を向けていた。感じようとしなくとも伝わってくる今の彼の感情、このシャイは昔から色恋だけは隠せない男なのだ。疲れている今は猶更だろう。だとしてもだ、この対応の差は頂けない。……とは言え、マリスに接するような態度で対応されたら、それはそれで気色悪いのだが。考えるだけで悍ましい、本当に気色悪い。
そんなローブァイトの思考も、勿論向こうには伝わっている。
「お前も人の事言えねぇな。俺は寝る」
一つそう言うと、自室に向かって歩いて行く。
「うん! おやすみ~、ヘルツ」
「じゃあ同意で伝えとくからな。おやすみ、ご飯の時間には起きてこいよ」
「へいへい、分かってますよーお母様」
「だから、俺はどちらかと言えばお兄様だ」
振り向かないままの適当な返事に、ローブァイトは何度か言った覚えのある事をぼやく。
一晩寝れば闇の子と遊ぶ気力も戻るだろう。まぁ明日の一日で回復した分は使い尽くす事になりそうだが。
「なんだかあれだね、子ども育ててるみたいだね。ヘルツがお父さんで、お兄ちゃんがお母さん! それで、私がお姉ちゃん!」
とても楽しそうに語る妹に、ローブァイトは微苦笑を浮かべる。
「その例えにすると、マリスは俺の娘になるぞ? まぁ、子育てっぽいのは否めないが」
術の精度を上げる為一日の大半を籠っていたヘルツが日中仕事をする父で、その間の諸々の世話をしているローブァイトが母と比喩されるのは無理もない。
利便上「闇の子」とは呼んでいるが、契約形式を考えると「子悪魔」の状態だろう。その世話をしていれば、それは必然と子育てと同義になるのだ。心の大神バイレンが人の子と結んだ契約とはまたちょっと違うのだから。
そう、彼等はもう人の子ではない。
「ねぇ、お兄ちゃん。『人の子』が神様と契約して、人間じゃなくなるってさ、良い事なのかな?」
静かな廊下で、マリスはぽつりと問いかける。他意はない、ただの疑問だ。
良い事か、そう訊かれると困ってしまう。しかし、少なくとも彼等は助けを欲した。人生の深い穴に落ち、どうにも出られない闇の奥底で助けを求めた。救い代償が人の輪からの遺脱なら、それは安いのか高いのか……人ではないローブァイトに計り知れる事ではない。
彼が見やった続く廊下には、闇の子達の部屋が並んでいた。今は気配が沈んでおり、皆寝ているのだろう。
「まぁ、神に目を付けられた時点で何かしらは人の子の輪に外れてるって事だ、同じようなモンだろ」
良いか悪いかは、敢えて言わなかった。
しかし、バイレンですら「神にとっては短期」だとか言って百年の契約を結ばせつつ、飽くまでも人の身からは外れない短期契約をしたと言うのに。何も知らない人の子と、しかも良し悪しの判断も付かないであろう状況下で「永年契約」を持ちかけるとは……自分の主は、ある意味大神よりあくどい手を使う。
まぁ、マリスに問われる前にこの事に気づけなかった自分も自分だろうが。
それに、良かろうが悪かろうがもう闇の子は後には戻れないのだ。問うのも今更だろう。いくら触らぬ神に祟りなしでも、神から触れてきた場合は例外だ。この場合、人の子には回避不能だろう。
幸い、これは祟りではない。ある種の祝福だ。「人の子」がどう感じるかは、話が別だが。
どちらにせよ、彼等にはもう関係ない事だ。
さて、時は流れそろそろ夏休みも終わる頃。四人の少女は、優雷の家に集まって女子会をしていた。とは言え、その中にはマキャーもいるのだが。
「それで、君達宿題は終わってるのかい?」
マキャーは口にしたクッキーを飲み込み、彼女等に尋ねる。
「勿論」
「うん。今年は少し多かったから、少し時間かかっちゃったよ」
「流石にねぇ。いくら多くても、人格総出で手分けしてやったら直ぐ終わるよね」
優雷にいたっては完全にズルをしているが、これを指摘した所で「人格は自分だからノーカン」と言われるだけだろう。舞明は文句を言いたくとも言えず、そして「終わっていない」とも答えられずにいる。
しかし、沈黙もまた答えだ。心の天使を相手にしていると猶更にそうなる。
「まぁ、提出するのだけ遅れないようにね」
「う、うん。大丈夫。今日中の夜には終わる量よ」
逸らされた目は、それすら危うい事を顕著に示していた。よくまぁ遊びにこれたなと言いたげな澄麗の目が痛い。
そんな会話をしている時、
「なんなら俺が教えてやろっか?」
どこから湧いて来たのか、いつの間にかマキャーの後ろに立っていたバイレンが笑いながらそんな事を言い出す。
「わっ、大神……! どうしているのよ」
「どうしてって、来たからいるんだろ。全く、相変わらず無礼な奴だなお前は。なぁ、マキャー?」
「えぇ、全くその通りです。大神様」
バイレンに問われ、マキャーは迷うことなくそう答える。見慣れたパターンだ、最早テンプレートに感じてくる。
「アンタ、事あるごとにマキャー味方につけるんじゃないわよ……百パーアンタに同意するんだから」
「それが普通なんだよなぁ」
「ホント、神界隈のその常識だけは一生理解出来そうにないわ」
腕を組んでジト目を向ける。もうこいつ等がそういう生物なのは分かったが、理解できるかは別だ。
「同意」
珍しく、澄麗が自ら口を開いて意見した。
「逆にそれ以外は理解出来るんだな。お前等、その時点で結構適応してるぞ」
バイレンは苦笑いでそう告げ、マキャーに少し開けて貰ったスペースに腰を下ろしたついでにスナックを一つ摘まむ。
「下界は食い物だけは悪くねぇよなぁ。マキャー、帰りにこれ三箱くらい買って帰るぞ。この味、ライツが好きそうだ」
「承知しました」
「あぁそうだ。お前等、今度時間ある時少なくともアーテル様とデアル様には挨拶行けよ。話すときは礼儀を持ってな。特に舞明、俺はその態度でも構わねえけど、ディアとポンは確実に怒るぞ」
バイレンから言い渡されたそれは、端的に言えば契約相手へ挨拶回りをしろと言う事だろう。三人は知らない事だが、天使は産まれたその時に主である神に会いに行くようだ。それと似たような物だろう。
「えっと、あいさつ回りって事ですか?」
「そういう事だ。あと、ついでにヘルツにもな。契約相手には入ってねぇけど、俺の子だからなぁ」
「面倒……」
澄麗の馬鹿正直な感想がぽつりと漏らされた。心なしか顰められた表情が、その一言を顕著に表している。
「まぁそう言うな。神に好かれといて損はねぇぞ」
「そうそう、好印象持たれて悪い事は起こらないよ。強いて言うなら、人間じゃなくなる可能性が出てくるってくらい。ま、大した事じゃないね」
優雷は元より判定が危ういから、こうも平然と言えるのかもしれない。が、舞明からすればそれは立派な「大した事」だ。
舞明は勢いよく立ち上がり、声を上げる。
「代償がデカい!」
「安心しろ、今お前等をどうしようって考えてる奴はいねぇよ。ま、百年も契約してりゃ、次こそ誰かしらの世界に産まれてくるだろ」
澄麗はその言葉で契約の狙いを察した。神側になんのメリットのない契約を出してくるなと思っていたが、そういう事かと。あれは、後に生じる利益の為のモノなのだ。気付いたところで結んだ契約は解除できない。
だが、来世が神々の目論見通りになったとしてもそれは遠い未来の事だ。来世の自分がこの事を覚えているとも思えないし、今の自分には関係ない事だろう。まんまと嵌められた感は不服だが。面倒事は御免だ、そもそも、沙宵がいなきゃ最初の時点で契約などしなかった。
そんな彼女の内心を分かって、沙宵は小さく笑う。
「まぁまぁ、澄麗。お友達も増えるし、いいんじゃないかな?」
「沙宵は、人が好過ぎる……けど、そうだね」
彼女の笑みに答え、澄麗も微笑んだ。こうなったらもう、腹をくくるしかないのだ。
そう、彼女等は「光の子」。下界に産まれた光ある魂の持ち主。ほぼ人と同じ姿をしながら人ではない人外がその目に映り、その気になれば魔法のような力を駆使して戦う事も出来る、少し特別な人の子だ。
マジカル! ダサ・キラ ――「一時契約」満了につき、これにて終了とする。
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