第四章.女.

貴方に呼び出されたのはこれで何回目だろう。


夜、綺麗な街並みを私独りだけで歩いている。

貴方が隣に来るまで、私はずっと独りぼっち。

迎えに来て欲しいだなんて言えない。

貴方はもう、私の彼氏じゃないのだから。

貴方はまだ、私の夫じゃないのだから。

それでも、どうしても期待してしまう私は馬鹿で滑稽な女だと思う。

不安を拭うために、お酒を飲む。

体内をお酒で充満させる。酒で溺れれる様に。


そこら辺で買った缶チューハイは、いつも私が飲んでいるものよりも度数が低い。酔いは来ないがお酒というモノ自体は変わらないから、それに縋るしかままならない。

アルコールを素早く体に回す。


大きな時計台の下。夜の街を背景に、貴方が光って見える。

私が貴方の目の前まで行くと、唇に煙草を挟んで、微笑みを向けてくれた。その笑顔がこれからもずっと、私だけのものだったらいいのに。

そんなことを言ったら貴方は無理だときっぱり言ってしまうでしょう。

だから、私が自力で私だけのものにする。

それしか方法は無い。

首を少し傾げ、雰囲気いつもと違うねと一言かけてくれる貴方は、やっぱりいい男。

女心をよく理解して、実際に言葉にして、行動にして。

それでもまだ私たちの天秤が釣り合わないのはきっと、絶対、相手が私という女だから。


「今度はお互い溺れ合おうよ」


私が既に溺れているのを知ってか知らずか、貴方はその言葉を口にした。それとも、本当は貴方が私に溺れているのか。


どこか遠くで、高い椅子に腹を出してふんぞり返っている、名前も知らない評論家が言った。

「復縁はやめた方がいい。何度も同じ人と喧嘩したり別れたりしてしまうのは、それだけ相性が悪いということ。それだけ悪い所が見えた。それだけ長続きしない。それだけ一緒にいる価値のないと判断できるほどの人間だった、過去の人間だ。」


でも、私はそうは思わない。

復縁はしたかったらすればいいと思う。

何度も何度も復縁をするのは相性がいいから。

それだけ良い所が見えた。それだけ長続きしている。それだけで、長い人生の長い部分をあげれるほどの人間であって、今隣にいる人間だ。

そう思える。

他人からの評価なんて気にしないで、たった二人だけの世界に沈み込んでいけばいい。どろどろとお互いしか見えないようになればいい。


私にとって相性が良くて、良い所が沢山あって、人生の長い部分をあげれるほどの人間であり、今隣にいるべき人は、貴方。

これは決定事項だし、否定しないし、否定させない。

私達の恋愛観なのに、どうして他人がわざわざ介入して来るのか理解できない。


二人っきりでいいのに。

誰にもあげないのに。


「いいアイディアね、二人っきりでね」


別の女なんか、連れて行ってやらない。

口に咥えていたセブンスターを奪い取って、ひと口だけ吸う。

そして、そのまま投げ捨てて、煙を貴方の顔に吹きかける。

煙草の煙を顔に吹きかけるの、確か意味があったはず。忘れてしまった。貴方がよくやってくるから、真似っ子してみただけ。


驚いて大きくなった貴方の目を見つめながら、口付けをする。

深く。深く。

ライターの火ではなく、貴方自信の恋の火で、今、この瞬間、私の心は燃えている。

被っていたはずのお酒なんか、とっくに蒸発していたのにも関わらず。

黒いコンクリートに火花を上げて転がった煙草は、私たちの足元を照らしていた。


つい、浮かれてしまった。イメージ通りに、煙草が貴方の斜め後ろに転がってくれたから。

これでもう、逃げられない。


愛を確かめあって、唇を貪りあって、夢中になって、貴方は気が付いていなかった。気がつけなかった。ほんとに想像通りに貴方が嵌ってくれて、馬鹿で、阿呆で、可愛らしくみえた。


小学生の頃、火は危険だと教えられて知った。

中学生の頃、酒と火は相性がいいと知った。

高校生の頃、恋は火と同じだと知った。


大人になり、煙草の火は野草と相性がいいのだと、身をもって体感した。


そうだ、意味思い出した。

以外とロマンチックかもしれない。

──今夜お前を抱く──


足元に燃え広がり始めている火に、気が付かないふりをした。


貴方は私を愛している。だから貴方の恋の火が私の心に移って、お互いの心が燃えている。

私をクラクラ酔わすなんて、ほんとに罪な男。スピリタスにも勝てそうな勢いで私を飲み込んでいく。


「貴方はお酒みたいね。世界で一番度数の高いスピリタスかしら」


そう言ったら貴方は、私になんて返すと思う?私はこう言うと思う。


「俺がスピリタスなら、君はセブンスターだね」

人生最後の言葉にピッタリ。


焦げ臭い匂いがし始めて、貴方が疑問に思って唇を離そうとした。

それだけは絶対に許せなくて、目を片手で覆った。もう片手は顔に添えて動かせないようにした。


今この瞬間だけは、私だけを見て欲しい。

一生忘れられないキスをしたい。


足元が熱くなりはじめて、貴方の力が強くなった。

それがただただ、痛くて。痛くて。

だから、背中を掻き抱いてさらに強く貴方にしがみついた。


歪んだ眉毛、潤む瞳、荒い呼吸、汗ばんだ額、揺れる瞳孔、震える身体、重なっている唇、怯える貴方。


火が足に触れて、嫌な音と香りが漂い始める。


私の気持ち、今なら分かるよね。

貴方が別の女の匂いを纏って、家にそれを持ち込んで、汚して、心底嫌だった。


火が上がってきて、貴方の筋肉質な胴体が焼け始める。


私の気持ち、今なら分かるよね。

別の女を彷彿とさせる身体で腰を抱き寄せられるのが、心底気持ち悪かった。貴方に触れられたところが爛れるみたいだった。


暖かい火に包まれて、唇を貪り合って、私達は愛し合っているんだと実感できた。


貴方は、私を愛しているんだと、やっと分かれた。

貴方もきっと、私が誰を愛しているのかが分かったでしょう。


唇をゆっくり離すと、貴方は声を上げて悶えだした。今まで聞いたことのない声だった。

私の知らない貴方を見れた。


背中に回っていた腕は離れて、火はゆらゆらと妖艶に動いていた。まるでクラブで初めて会った貴方のように。


皮膚が溶けて、肉が見えて、段々と貴方が消えていく。私の目の前で、私を見ながら。


貴方は私と一緒に燃えている。体を半分燃やしながら、恍惚と私は貴方を見つめる。

お互いがお互いを見つめあっては、火を激しく燃やす。


人体は燃えにくいと世間では言われている。けれどもし、それがただの火ではなくて、恋の火だったら。ただの恋でも死にたいと思うくらい苦しいのに、それが実際に火だったら。

世の中のほとんどの人は、苦しみもがいて消えてしまいたいと願うでしょう。でも、一部の人間はきっと、喜ぶでしょう。

私も一部側の人間。


貴方の全身が私の恋の炎に包まれたとき、やっと、私の心は満ちた。私と同じになったから。


その炎はとてもやさしいでしょう。貴方を燃やしているはずなのに、この世界のどこよりも温かくて、貴方を必要としてくれて、そっと包み込んでくれているでしょう。

貴方が炎の中心なのに、そこから出て行ってしまったら、その炎は無くなってしまう。だから、どこにも行かせない。だって、その炎は貴方を表しているから。私と一緒にいたいから。


この場所で燃え尽きて。

それが運命。

私とだったら燃え尽きてもいいでしょ。

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