第一章.女

こんなにも綺麗な黒色のウエディングドレスに包まれるだなんて、小さい頃の私は想像もしていなかった。

幼い頃の私は、真っ白で、ふわふわしていて、キラキラお星様みたいに輝いていて、北極狐みたいなウエディングドレスだと、勝手に思い込んでいた。

笑顔で周りの人達に祝われて、とっても素敵な大人のお姉さんになっていると信じきっていた。

でも、夜に溶け込む黒狼のような貴方とお揃いにできるのなら、喜んで過去の思想なんて手放してしまう。


ルビーを施したメイクとドレス。貴方が似合ってるよって言ってくれると思ったから着た。

左手の薬指にあるお揃いを見ながら、あるたったひとつの考えが頭によぎった。


「ねぇ、過去の私の気持ち、話したい」

この二人っきりの空間で、誰も聞いていない今この瞬間に、全部全部始まりとしたかった。

過去の私では、貴方に向かって絶対に言えない言葉。それでも、今なら安心して言える。

確信も何も無いのに当然のようにそう思えた。


貴方を愛しているから。貴方が誰を愛しているのか知っているから。


貴方の笑顔がどれほど私を苦しめたのか。

今なら教えてあげられる。

貴方を愛しすぎて、大好きで堪らなくなっていったこと。

素直に可愛くなれない自分がどんどん嫌いになっていったこと。

だけど、貴方との愛を確かめあった今なら、素直になれる気がしたの。

今でも鮮明に思い出せる。


全てが印象的で刺激的な日々だったから。


全てが印象的で刺激的なあの日だったから。


ゆっくりと薄く赤い瞼を閉じて深呼吸をした。



目が覚める前に、セブンスターの香りがした。貴方の香りがした。セブンスターは貴方の一番大切なものだっけ。

重い瞼を開くと、細くて、それでいて筋肉質な上半身が見えた。朝日がまだ登る前の透き通った空気の時間、貴方は私と目を合わせてくれた。

「おはよう」

ボクサーパンツ一枚だけの寒そうに見える貴方は、白い煙と色気を纏って私の髪を撫でる。

素肌にふわふわの羊毛布団はとても気持ちがよくて、ひとつ唸り声をあげて挨拶も返さず潜り込む。貴方の手が離れてしまうのは悲しいけれど、それと同じくらい貴方が眩しいの。

どこかに行ってしまいそうな儚げなあなたの存在は、いつも私を不安にさせる。その癖して、私に一線を引かせるようなオーラを身に付けている。本当に、これが罪な男というものなのだろう。

こうして一緒に居れるとも思っていなかったのに。貴方と過ごせるなんて思うことすら烏滸がましかったと感じていたのに。

煙草の灰を押し付ける音がして、私のウエストから背中にかけて角張った手が当てられるのが分かった。撫でるように這い回る手つきは、嫌に手馴れていた。

欲張りな男は嫌われると言うけど、悲しいことにひとりの女の全てを掻っ攫うように動く男はモテる。モテてしまう。

この男になら囚われてしまいたいと、強く思ってしまうから。

人間の本能かただの馬鹿か。そのせいで悲しむ女が増えるというのに。

少し髭が生えた横顔に手を添える。大きく綺麗な黒い瞳に私の顔が写って、照れくさい。

それでも逃げずに頑張って、貴方の唇にキスをする。そうすれば、妖艶に笑った貴方の顔が見れるのを私は知っている。

それでも。

その顔がいつまで見れるのか、私は知らない。



お互いを一身に愛し尽くしていた恋人。

心を許し、体を許し、時間も忘れて相手を見続ける。

そんな時間がいつまでも続けばと願っている。

愛し合っているのに不安がどうしても拭えないでいた。


──不器用だった二人の少し刺激的なお話──

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