柴田勝家

 武田勝頼出陣との一報は織田信長の本拠地岐阜にも届く


 岐阜城の御殿で朝食をとっていた信長は近習からその一報を聞くと、御膳に食事を残して広間へと向かい重臣を集める


 主だった重臣が揃ったところで上座にて胡坐をかく信長が口を開いた


 「皆も知っていると思うが、武田が動いた。斥候からは敵の目標に関する話がまだないが、わしは今度こそ長篠城だろうと思う」


 武田軍が過去に織田徳川方の予想を裏切って高天神城を攻めたことを今回に対する布石の意味もあるだろうと読んでいる信長は、さらに話を続ける


 「わしは以前より武田軍を山間部に誘い込んで殲滅する策を考えていたが丁度先日、より良い策を思いついたところだ」


 ここで信長は立ち上がると近習に目配せをする

その合図を受け取った近習は細い筒状のものを持ってきた


 それは鉄砲である

戦国中期に伝来した最新兵器であるが、この時代の鉄砲は火縄銃といって連射ができず、一発撃つと次の銃撃まで時間と手間を要し使い勝手が良くない


 そんな火縄銃はこれまで戦場において接近戦前に撃ち合って敵を脅かす程度にしか使われていなかった


 信長が火縄銃を自信満々に見せるので、織田家随一の猛将、柴田勝家しばたかついえは不安を覗かせて尋ねる


 「しかし上様、火縄銃は連射がきかず不便なものです。それを活用するには限界があるかと」


 だが、信長はニヤリと笑うと新たに近習に2丁の鉄砲を運ばせ、合計3丁の鉄砲を揃える

 そして、信長が1丁の銃口を勝家の頭上に向けた


 「う、上様。一体なにを・・・」


 勝家が怯えた声を漏らした刹那、信長がその銃を撃ち勝家の頭の上をかすめるかのように銃弾が進んでいき、最後は中庭の木の幹に当たった


 勝家がホッとしたのも束の間、信長の隣で鉄砲の弾込めをしていた近習が信長に準備万端な鉄砲を手渡し、もう一発


 さらにもう一人の近習も信長に鉄砲を手渡し、三発目も発射された


 3発の銃弾はいずれも中庭に着弾。勝家は額から冷や汗を吹き出して、まともに息もできないほど呼吸が乱れてしまった


 「どうだ、勝家。弾込めにはかなりの時間を要するが、こうやって工夫をすれば限界を上げられるんだぞ」


 信長は自慢げに勝家に語り掛け、またこれ以外にも鉄砲を活用する手段を考えているということを重臣らに伝えた


 すると、重臣の丹羽長秀にわながひでが信長に質問をする


 「鉄砲の有用性は十分にわかりましたが、果たして何丁の鉄砲を持っていくお考えでしょうか」


 信長は長秀の質問に「何丁だと思う?」と質問で返した

質問返しに困り果てた長秀だが、想像を膨らませて答える


 「千丁、でしょうか」


 だが、信長は言う。千丁を3段に分けたら威力がまだ足りないと


 「うーむ、まさか3千」


 「その通りだ」


 信長は千丁ずつの鉄砲を三回に分けて発射したいと考えていたのだ

しかし、現状織田家が保有する鉄砲は2千丁余りであり、足りない


 「我らが織田家が保有する鉄砲ではそこまで集まらないだろう。しかし、不足分の千丁を保有している勢力がある」


 「それは雑賀衆さいがしゅうだ」


 信長の言った雑賀衆とは紀伊国(今の和歌山県)の有力な勢力であり鉄砲を多数所有している

 織田家に従属はしているものの彼らは独立心が強く、命令として呼んでも簡単に来る人達ではなかった


 長秀が問う


 「上様はどのようにして雑賀衆に要求を飲ませるお考えですか」


 これに信長は顔に影を浮かべながらこのように返した


 「わしの要求は絶対だ。断ったら我々が保有する鉄砲2千丁を全部向かわせて皆殺しにするとでも伝えておけ」


 これに長秀は内心ゾッとしながらも、


 「承知しました」


 とだけ答えた


 雑賀衆もそこまで言われては応じるよりほかなく、信長は見事3千丁の鉄砲を集めて出陣への支度を整えるのであった―



 ※人物紹介


 ・柴田勝家:鬼柴田の異名をとる猛将

 ・丹羽長秀:織田家重臣では勝家に並ぶ格

 ・雑賀衆:紀伊国の勢力。棟梁の名前である雑賀孫六は歴代の棟梁がその名を付けた。織田家とは対立と関係改善を繰り返し、時には織田軍を苦しめたが、最終的には豊臣秀吉に滅ぼされた

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